第12話 付き纏うイト1


桃花ももか、今日川村くん来る?」


 ど迫力の赤髪スパイラルパーマがトレードマークの凛華りんかが、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらやって来る。凛華は、桃花の幼馴染の陽太ようたを気に入っている。


 川村陽太かわむらようたはガチガチの理系人間で、いわゆる陰キャと呼ばれる部類に属する。本人にもその自覚がある。興味を持ったことが出来ると集中しすぎるあまり、周りから話しかけられても全く答えなくなるようなタイプだ。

 コミュニケーションよりも自分の興味の方が大切で、会話をせずに生きられるならそうしたいと真剣に願っている。


 凛華には、そんな陽太のことが珍獣のように見えるらしく、どうしても仲良くなりたいからと言っては、距離を縮めようとして頑張っていた。


「陽太は飲み会には来ないよ。よっぽど興味があることが起きない限りね」


 それを聞いた凛華は、髪をクルクルと指に巻きつけながら頬を膨らませて「ええー?」とむくれていた。凛華は、とても陽気で明るい。それこそ、陽太とは真逆のタイプにあたる。桃花には、どうして凛華は陽太にそこまで執着するのだろうという疑問が、いつもあった。


「なんでそんなに陽太じゃないとダメなの? なんか面白そうだなーってだけなんでしょ?」


 雨野桃花あめのももかは、ここ最近のこのやりとりに飽きてきて、あからさまに嫌な顔をしながらそう訊いた。凛華はそれに気が付いてはいるものの、めげずに話を続けようとする。


「だって川村くんみたいな人、私の知り合いにいないんだもん。穏やかで口数少なくて、笑う時なんて微笑む感じじゃない? そんな人、今まで見た事がないから。みんなガハガハ笑う、雑な人ばっかりだったからさー」


「あんたねえ。これまでの知人一同に謝りなさいよ。それ、私も入ってるでしょ!」


 桃香が凛華の額を指でピンっと弾くと、えへへと笑いながら凛華は頭を掻いた。


「確かに陽太は穏やかに見えるからね。でも、興味が湧くとものすごい前のめりになるよ。それこそこっちが引いちゃうくらい」


「えー、それなら私にそれくらい興味持ってくれたらいいよねえ」


 桃花は、身を捩りながらそう言い切る凛華の姿に、少し呆れてしまった。色恋以外の話なら、凛華と桃花はとても気が合う。ただし、いざ恋愛の話になると、どうしても合わないと感じるところがあった。

 そもそも凛華には、とてもかっこいいと評判の彼氏がいる。それなのに、わざわざ陽太に近づこうとする理由も分からない。


「凛華って彼氏いるでしょう? なんでわざわざ陽太に近づかないといけないの?」


 何気なくそう訊くと、凛華は顔を曇らせた。そして、突然語気を荒げて桃花に噛みついてきた。


「彼氏がいるのに違う男の話をしてるってことは、うまくいってないってことでしょ!」


「えっ?」


 その勢いの強さに、桃花は驚いた。話したくないことがあるのなら、深入りしない方がいいかも知れない。それでも確認しておきたいことはある。陽太に遊びでちょっかいを出されては困るのだ。


 陽太は、桃花にとって大切な幼馴染だ。凛華が気まぐれに近づこうとしているのなら、それは阻止しておきたい。陽太は異性に慣れていない。桃花以外とは、挨拶を交わすことも難しい。


 事務的な話や発表など、目的のある場合はそれでもどうにか対応出来る。ただ、雑談となるとかなり難しい。事前に詳細を聞いておいて、陽太を少しでも傷つける可能性があるなら、相手がどんなに自分と仲のいい友達であっても、絶対に紹介はしないようにしている。


「別れたってわけじゃないんでしょ? 陽太は人間関係が得意じゃないから、あまり揉め事に巻き込みたくないんだけど……」


 すると、桃花の返しが気に入らなかったのか、凛華は桃花を睨みつけた。そして、いつもの凛華であれば絶対に言わないであろう言葉を、桃花へと投げつけてきた。


「別に川村くんはあんたのものじゃないでしょ!」


 桃花は、凛華のあまりの怒りように呆気に取られてしまう。これまで一度も見たことがないような憤り方に、凛華に何かあったのかと心配になって来た。


「いや確かにそうなんだけど……。ねえ、なんか怒り方激しくない? 凛華らしくないよ」


 一般的な幼馴染という程度であれば、確かに出過ぎた真似かも知れない。それでも、陽太の人嫌いの程度を考えると、これくらいの口出しはしても大丈夫だろうと桃花は思っている。


 たとえ恋人じゃなくても、大切だと思う人は出来る限り守りたいと思うものだろう。桃香がそう考えていると、凛華が今度は突然ボロボロと涙をこぼし始めた。感情の浮き沈みの激しさに、桃香だけではなく、凛華自身も驚いているように見える。


「えっ!? ちょ、ちょっと、どうしたの? 何があったのよ。陽太の話はいいから、自分のことをちゃんと話してよ」


 桃香は、子供のように嗚咽を漏らす凛華に歩み寄った。普段の凛華は、あまり感情の波が負の方へ寄ることは少なく、いつもカラッと陽気に笑っているような子だ。


 それがこんな泣き方するなんて、よほどのことがあったに違いない。そう思って、彼女に手を伸ばした。手を握ろうとしてそっと触れた瞬間、凛華はぎゅっと目を瞑り「うっ!」と呻き声をあげた。桃花はその異様な痛がり方に疑問を持った。逃げようとする凛華の手を掴むと、そのままぐっと引き寄せる。「痛い!」と喚いた凛華の服の裾を、強引に少し捲り上げた。


「何、これ……」


 そこには、大小様々なあざがあった。まるでそういう模様の服を着ているかのように、隙間なくひしめき合っている。それが全て、服を着ていれば人に見られないような場所にばかりあることが、そのあざの異常性を物語っていた。


「凛華、これ…」


「ケガしただけよ、なんでもな…い、か…ら…」


 凛華はそう言いながらも、突然フラフラと不安定な状態に陥った。体が左右に大きく揺れている。そして、視線も定まらず、左右に大きく振れていた。


「めまいがするの? 大丈夫?」


 そう言って彼女を支えようとしていると、突然凛華の体から力が抜け、倒れ込んでしまった。


「凛華! ねえ、凛華!」


 桃花は座り込んで、凛華の体を支えた。その顔を見てみると、いつの間にか顔にまであざが浮かび始めていた。


——あれ? この模様どこかで……。


 体にあるあざをじっくりみる事は出来なかったけれど、顔に出たことでその模様に気がつくことができた。桃花はどこかで見たことがあるその模様を思い出そうと、記憶を辿る。


「あ、これ……」


 思い至って、左腕の袖を捲った。そこに、一つだけではあるけれども、似たようなあざがあった。


「え? これ、よく見たら全く同じ?」


 桃花は背筋に冷たいものが這うのを感じた。何か恐ろしいことが起きようとしているように感じる。


 あざだらけで情緒不安定な友人、左腕に現れている全く同じあざ。それが意味するものはなんだろうかと思い悩んだ。


「病気? ケガでできたあざなら、こんなに同じ模様になるなんて不自然すぎる」


 そう思いどうしようかと考えていると、後ろから男性に声をかけたれた。


「桃花ちゃんだよね?」


 桃花が振り返ると、そこには長身で赤い髪の男性が一人立っていた。



 ふっとそこで映像が途切れた。貴人たかひとが頭上から手を話すと、桃花は縋るような目つきで貴人様を見つめた。


「あの、どうしたらいいですか? 凛華はまだ眠ってて……」


 貴人たかひとは、もう一度桃香の頭に手を置くと、その頭をそっと撫でた。そして、ふわりと微笑む。


「心配せずとも良い。いいか、今から元いた場所に戻れ。そして、あの娘を医務室に連れて行ってやれ。あとは私が片付けてやる」


 そして、桃香の額をトンっと指で突いた。すると、桃花は夢を見ているような半眼になり、そのまま無言でもといた場所へと戻って行った。


 貴人様はその様子を確認すると、短く息を吐いた。そして、額に手を当てて思い悩むような仕草をした。


「……イトか。全くあいつらは本当に懲りないな」


 そう呟くと、スウっとその場から姿を消した。

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