第八話奇妙な出会い
☆☆☆
登校初日、今日は入学式の後、少しオリエンテーションを行って終了だ。
登校から下校まで凡そ3時間。午前のうちに学校が終わった。特にうちのクラスは人数が少なく、自己紹介も直ぐに終わった。
他のクラスと比べても非常に早く解放された俺たちFクラスは、周りにいるクラスメイトに話しかけることもなくそれぞれが教室を出ていく。
まだ、一日目。友達0人だが、焦る時間ではない。
「ちょっとお待ちになって!」
教室を出た俺を廊下で引き留めたのは一人の女子生徒だった。
クリーム色の髪色をした生徒。
Fクラスにはいなかった顔だ。
他のクラスはまだ、オリエンテーション中だし、別の学年の生徒か?
俺の疑問が伝わった訳ではないだろうが、少女は疑問の答えを口にする。
「Fクラスはもう下校なのですね。
Aクラスは入学日から授業が始まるので少し羨ましいですわ。」
「(そうか)そうなのね。」
「ところで、私のことは覚えていますか?
リンデン・ビバーナムです。ビバーナム商会の一人娘の」
「(リンデン?ビバーナム?)ごめんなさい。どこかであったかしら?」
「…そうですか。
では、3年前にビバーナム商会に訪れたことは覚えていますか?」
「(すまない。覚えていない。君と俺は一体どういう関係なんだ?)
いえ、覚えていないわ。
さっきから何が言いたいのかしら?はっきりと言ってくれない?」
心の中で口にした二倍くらい火力の高い言葉。それを受けたリンデンさんの表情が大きく崩れる、ということは無かったが、近くで見ると、眉間に皴が寄り、手を強く握りしめているのが分かった。
予想は出来ていたが、俺は彼女に恨みを買っているらしい。
「三年前、あなたはビバーナム商会に立ち寄り、父に屈辱的な暴言を吐いて帰っていきました。
…私の父が用意したお茶を飲めたものではない。雑草で淹れているのかと思った、とそうおっしゃったのです。そしてビバーナム商会を指し、人の来る店ではないと言い店を出ていった。」
…そうだったのか。覚えていないけれど、かつての
むしろ、似たようなことを方々で言っているような気さえする。
「けれど、あなた曰く、泥水を啜って育った私がAクラスに割り振られ、公爵令嬢としてそれはそれは良い暮らしをしていたであろうあなたがFクラスに割り振られた。
あなたが馬鹿にした私のお父様と、お父様の商会があなたよりも優れていた、ということかしら?
まぁ、Fクラスでは勝負にすらなっていないけれど」
「(そうか…今まで努力を重ねていたんだな)
おめでとう。そうね。あなたの言う通り、公爵令嬢として育った私よりもあなたが勝っていた。完敗だわ。」
アイリスの体が勝手にパチパチと手を叩く。
それを見てもリンデンさんの表情は険しいまま。当然と言えば当然だろう。
恐らくだが、リンデンさんは俺の悔しがる顔が見たかったはずなのにアイリスの顔は涼しいまま。肩透かしもいい所だ。
「…それではコリアンダー公爵令嬢。
父への侮辱、撤回してくださいますか?」
「(それは勿論!すまなかった!)ええ、いいわ、あなたのお父様への侮辱、謝罪いたします。
まぁ、何を言ったかももう覚えてはいないのだけど」
相変わらずこの体は一言多い。
マウントを取られたままでは気が済まないのだろう。
謝ろうにも背筋はピンと伸びたまま、鋼でも入っているのかというくらい、びくとも動かない。
リンデンさんの方に意識を向けてみれば今すぐにでも殴りかかってきそうなほど、気が立っているのが分かった。
「…謝罪は受け入れます。
けれど、覚えていてください。
努力もせずに人を小馬鹿にした態度ばかり取っていたら、いずれ馬鹿にした人が凄い出世をしてやり返してくることがあると」
「(…ごもっともです)忠告ありがとう。肝に銘じておくわ」
肩を怒らせながら帰っていくリンデンさんを見送りながらも、俺は内心でキリキリと痛む胃を抑えていた。…先が思いやられるな。
☆☆☆
入学日からリンデン・ビバーナムはモヤモヤを抱えながら過ごすことになった。
理由は当然、アイリス・コリアンダーとの一幕。
リンデンは一時だってアイリスのことを忘れたことは無かった。
彼女から受けた父の屈辱を晴らすために、魔法の勉強に明け暮れた。自分を甘やかすことなんて無かった。
お陰で、Aクラスに配属されるに至ったが、肝心のアイリスはリンデンの話を聞いてもどこ吹く風、まるで眼中にない、というような素っ気ない対応を返してきた。
まるで、空気と喧嘩しているような、空回る感覚。
見返すはずが、袖に振られ、更なる屈辱を与えられた。
(でも、いずれはあいつも悔しがる筈!だから今は努力を)
モヤモヤとした感情を抱きながらもリンデンは勉強に集中する。今努力することが自分の将来、そして二度と誰にも馬鹿にされない強いビバーナム商会を形作るのだ。
気持ちを切り替えられる筈は到底ないが、それでもリンデンは器用にも授業内容を聞き逃すことなくノートにメモを取っていた。
学校帰り、クラスの生徒と少しだけ交流を深めたリンデンは学生寮へと帰る。
平民の学生寮は貴族の学生寮とは別棟であり、二人部屋が基本だ。
リンデンのルームメイトは彼女の幼馴染であり、出来の悪い妹のように思っているプラティー・コウドン。
彼女の父はビバーナム商会の幹部であり、その
(まぁ、同室なら勉強も見てあげられるし、私としても悪い条件では無かったけど)
プラティーはいい子ではあるのだが、少々要領が悪い所がある。クラスも違うし、部屋も違うとなると中々会いに行ける機会がなく、とても心配になってしまう。
「プラティー帰ったわよ~」
学生寮の扉を開けて中に入る。
すると、必死に机に向かい何かを書いているプラティー。
(勉強かしら?偉いわね)
「プラティー、何の勉強をしているの?」
「あ、リンデンさん。これは…その、き、今日、までの課題を忘れてしまっていて…」
「は?」
課題を、忘れた?
それも初回の?
リンデンの思考が少しの間止まる。
いや、分からなくはない。初回だから、忘れてしまった、というのもあったのだろう。新しい環境に合わせて色々と準備をして、考えて、結果として、重要な課題が頭から抜けてしまう。リンデンからすればあり得ないが、プラティーならやりかねないと容易に想像できた。
想像は出来たが、運が悪いことに今のリンデンは腹の虫がすこぶる悪かった。
機嫌が悪いからといって人に強く当たってはいけないというのは当たり前のことだが、その当たり前のことを実践するのが難しい、というのが人間という生き物だ。
特に相手に非がある場合は猶更。
「プラティー?
あなた只でさえ、私が教えたのにCクラスに配属されて、宿題まで忘れたの?」
「ご、ごめんなさい。で、でも、それ以外に忘れ物は無かったんですよ?」
「そんなの当然でしょう?」
「は、はい」
「あなたが努力をしているのは知っているつもりよ?でも努力というのは結果を得るための過程なの。
料理の良し悪しを測るのに、火を起こせたと褒める人間はいないでしょ?」
「そ、そうですね」
何時ものリンデンであれば、ここら辺で言い過ぎたと思って、謝罪し、宿題を手伝い。
最後にやり遂げたことを褒めたかもしれない。
けれど、今のリンデンに誰かを思いやる心の余裕は残念ながら無かった。
「あなた、もう少し、実になる努力をなさい。
将来あなたを雇うことを考えると不安でならないわ」
「そ、そうですよね。ごめんなさい。今から別の就職先を探しておかないとですかね?」
「ふふっ、そんな場所あるわけないでしょ?
あなたと縁のあるうちの商会以外であなたみたいな人間雇う訳ないわ
だって、あなたに仕事を振るよりも、私が一人で仕事をこなした方がよっぽど効率的だもの。私以外の人間もきっとそう思うわ」
「そ、そうですよね。
へへへ。
…変なこと言っちゃいましたね。
そ、そうだ。私ちょっと外の空気吸ってきます。課題に行き詰ってたんですよね」
「ちょ、ちょっと!」
課題なら私が一緒に見ればいい、そう言おうと思ったのだが、それよりも早く、プラティーが去って行ってしまう。
「言い過ぎた、かしら。
でも…この世界は実力が全て…そう実力が全てなの」
頭をよぎるアイリスとのやり取りを首を振ることで、頭の中から追い出そうとする。
そして、自分に言い聞かせるようにリンデンは呟いた。
☆☆☆
寮を出たプラティーはそのまま人目を避けるようにどんどんと学園の僻地へと足を進めていく。誰とも会いたくなかった。
会えば、きっと自分の存在がもっと嫌になる。
他の人が当たり前に出来ることが出来ない自分が嫌いだった。
嘗てそのことをリンデンに打ち明けた際は、ずっと努力を続けられる人間なんてそうはいないのだから、プラティーは他の人がサボっている間も努力し続ければきっと他の人よりも凄い人になれる。
そう、慰めてくれた。
けれど、プラティー自身は慰めてくれて心が軽くなったと思うよりも前に――、
「他の人が当たり前に出来ることが出来ない私って、何のために生まれてきたんだろう?」
という疑問が頭に浮かんだ。
苔むした噴水に腰掛けながら、プラティーは意味もなく空を見上げる。とてもいい天気だ。
いい天気だが、どれだけ気持ちのいい天気であったとしても空はプラティーの悩みを解決してはくれない。
世の中には天気が良くて喜んでいる人がいるのだろうか?その人はきっと農家だったり、漁師さんだったり、世のため人のため一生懸命働いているのだろう。胸を張って、自分とは違って。
「はぁ」
思わず、ため息が零れる。
こんな所で空を見上げていたって課題が終わるわけじゃない。でも、あの場所には今は戻りたくない。
リンデンが嫌いな訳ではない。
けれど、今のリンデンと話をしてもどんどんと自分が惨めになるだけだ。
彼女は間違いなく、プラティーの地雷を踏みぬいていた。
地雷を踏みぬいたからといって怒っている訳ではない。唯々自分自身が情けなくて仕方がない。
噴水の水面を除けば、かっこ悪い自分の姿が映る。白い髪。涙が溜まっている青い瞳。同世代と比べても頭一つ分小さい弱そうな体。
「プラティアの花言葉は物事に動じない。だから私も泣かない。」
親が付けてくれた名前に恥じない自分にならなければ。
袖で涙を拭う。
拭う。拭う。
でも、何故だか、涙が零れて止まらない。
動じちゃだめなのに。心はどうしようもなく揺れ動いている。平静を保てていない。
悲しみがプラティーの芯を地震のように揺るがしている。
「ちょっと、私の席で辛気臭い顔しないでもらえる?」
涙を拭っているプラティーに話しかけてくる生徒が一人。
黄色い髪に紫色の瞳の少女。後ろには側使えのメイドがいる。
お貴族様だろうか?
プラティーは頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。今どきます」
「ええ、そうしなさい。」
「こ、ここが、指定席だと知らなくて…ご、ごめんなさい」
「それはそうよ。ここは指定席ではないのだから」
「え」
「でも、例えそこが浴場であったとしても、厨房であったとしても私が座ると決めた瞬間から、そこが私の指定席よ」
(す、すごい横暴だ。)
プラティーは心の中で不満を募らせるが、貴族相手に口答え出来る訳もない。
そそくさとその場を後にしようとし――、
「ちょっと待ちなさい。」
「はい?」
「何故、あなたがそんなにも悲しそうな顔をしているの?話ぐらいなら聞くわよ」
呼び止められた。
貴族に目をつけられた。
本当はこんな態度の大きい人に自分の悩みを打ち明けたくはないが、打ち明けないで帰った場合、何をされるか分からない。
故に渋々ながら、プラティーは自分の悩みを目の前の、容姿だけは整っている貴族に話すことにした。
大体30分ほどのプラティーの語り。
貴族は意外にもその話を静かに聞いた。馬鹿にすることもなく。途中で打ち切ることもなく。時々相槌を挟みながら、プラティーに先を促すにとどめていた。
五分を超えたあたりからは隣に座るように言ってきたが、要求はそれくらいだ。
全てを聞き終えた貴族はプラティーに目を向けると頭を撫でてきた。
年上なのだろうか?
「あなたが頑張っていることは良く分かった。
Cクラス。いいじゃない。全校生徒の中で最も多くの生徒がCクラスに在籍していると言っていたけれど、その生徒たちは全員貴族よ。
一流の家庭教師をつけられ、効率のいい勉強をしていた連中にあなたの努力が届いたの。
それにね。中にはFクラスの生徒だっているのよ」
「でも、Fクラスの生徒って本当に魔力の魔の字も知らないような生徒ですよね。
貴族様にもFクラスになった人がいたそうですけど、きっとその人も全く努力してなかったんですよ」
「…そうかも、しれないわね」
「はい、それにCクラスで課題を忘れたのも私だけで…。
やっぱり私、他の人と比べて抜けてるんです…」
「でも、その人たちがあなたよりも成績が良いとは限らないわよ」
「それは、凄い努力してきたし、努力の差で勝っている人もいるかもしれないですけど」
「努力も才能のうちよ。それにね。才能って一つじゃないの。当たり前のことを他の人よりも完璧にこなすのも才能だけれど、他の人が出来ないことが出来るのだって才能よ。
それこそ、あなたの継続する力とかね」
「そう、ですか?」
「ええ、そうなのよ」
最初は嫌々だった会話に少しずつ熱が宿る。目の前の貴族との会話に居心地の良さを感じていた。
プラティーは今までの悩みや辛かったことを自然と目の前の貴族に話していた。
「あ!もうこんな時間!課題やらないとなので、私は失礼しますね」
「そう、分かったわ。私は…いえ、何でもないわ。何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るわ」
「はい!ありがとうございます!」
貴族は何かを言いかけるが、直ぐに濁した。
プラティーもそれどころではなかったため、手を振って、寮へと戻っていった。
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