最終章王立才華学園 願いと絆と後悔と

第七話魔法試験

 ノエルが専属使用人になってから一年弱が過ぎた。

 今俺は王立才華魔法学校の実技試験を受けている。この学校の一年次のクラスを決める重要な試験。当然俺も本気で挑んでいた。


「〈炎〉+〈増殖〉+〈整形〉

 炎槌!!」


 目の前にある藁人形を炎の大槌を振り下ろすことで木っ端微塵にする。

 魔族すら十人単位でぺちゃんこにする規模と威力だ。藁で出来た人形など一瞬で消し飛ばすことが出来る。


 周りの様子をちらりと確認すれば教師陣は皆唖然としている。ここまで有望な生徒は他にいまい。

 Aクラス行きは間違いない。

 …一応言っておけば俺はクラス分けなどに興味はない。全然興味はない。女の子から「え?あの人ってAクラスの…」な~んて呼ばれることを期待している訳ではな断じてない。


 ま、まぁ、恩返しみたいな?これまで育ててくれた両親への親孝行みたいな?そんな感じである。


「…アイリス・コリアンダー君」

「はい」

「Fクラス!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 え、えふ?

 Fクラス?威力が足りなかった?それとも発動速度?素行は関係ないよな?この体になってから確かに口が多少…多少どころか相当悪くなってはいるが…。

 じ、自分で考えていても仕方がない。直接聞いてみよう。


「(あ、あの、何故自分がFクラスなんですか?)納得がいきませんわ!

 このわたくしがFクラス?冗談は三つ編みだけにしなさい!」


 おい!先生になんて言葉遣いだ。俺!

 確かに少し、ほんの少しだけ、髭を三つ編みにしてるのはお洒落なのかな?あんまり似合ってないかも…って思ったけれど、口の利き方に気を付けろ!俺!

 俺が暴言を吐いてしまった教師。髭を三つ編みにしている教師はニッコリと微笑むと、三つ編みを弄りだす。


「お主の魔法からは魔力を感じん。

 魔法では無かろう?どんな手品を使ったのかは知らんがな。

 それよりお主、口が悪いとよく言われんか?」

「(はい、すいません)あなたは頭が悪いとよく言われませんか?」

「儂は別にお主をFクラスではなく退学にしてもいいんじゃぞ?」


 不味い。本格的に不味い。三つ編み教師から殺気が漏れ始めている。一触即発。

 俺も謝りたいのだが、体が頭を下げることを拒否していてどうしようもない。

 一年たったのに一切成長のない体である。


 そんな、俺の心の中でのSOSに気が付いた訳ではないだろうが、側使いとして後ろで俺のことを見守っていたノエルが俺の口を手で塞いだ。


「も、申し訳ありません!お嬢様は緊張すると少しだけ言葉が強くなるところがあるのです!今回の件は何卒水に流してはいただけないでしょうか!」

「…ふむ、お主も苦労するな。

 良かろう。今回のことはが口にしたこととして水に流そう」


 ノエルの助け舟を出してくれたことで今回のことは多めに見て貰えた。本当に良かった。

 後でノエルにお礼を言わなくてはいけないな。


 ☆☆☆


 学生寮の一室。魔法試験を終え、二人っきりになった俺はノエルに頭を下げた。

 何故か、ノエルの前でだけ少しだけ素直になれるのだ。

 他の人がいれば何時もの高飛車な態度に早変わりだが。


「(ノエルさっきはありがとう)ノエル。さっきはありがとう。私も少々熱くなりすぎてしまったわ」

「いえ、お嬢様は情熱家で少々シャイな部分がありますからね。それをフォローするのも私の役目でございます。」


 少々シャイ?あれが?

 随分プラスに受け取ってくれているようだ。

 それもこれもこの一年で関係を進展出来たからだと思っておこう。俺がノエルの立場ならこのお嬢様口悪って驚くけどな。


「(それにしても、なんで魔法と判断されなかったんだろう?)

 私の魔法から魔力を感じなかったとはどういう意味だったのかしら?」

「申し訳ありません。」

「(どうしてノエルが謝るんだ?)

 どうしてノエルが謝るのかしら?」

「実は私もお嬢様の魔法からは魔力を感じたことが無かったのです。てっきり私が未熟だからお嬢様の魔力を感じられないのだとばかり思っていたのですが…」

「(ふむ)ふむ」


 俺の魔法から魔力を感じない。なんてこと普通はない筈だ。当然俺の魔法も魔力を元にして発動している訳なのだから。実際俺自身は自分の魔法の発露に気が付ける。

 一体何が原因なのだろうか?

 首を傾げ、色々と仮説を立てていると、ノエルが控えめに手を上げる。


「(どうしたんだ?ノエル)どうしたの?ノエル」

「実は私に心当たりがあります。」

「(心当たり?)いいわ、言ってみなさい」

「以前、お嬢様は勇者であったとお話ししてくださったことがありましたよね」

「(ああ)ええ、あったわね」


 この一年で俺自身も、俺の体もノエルに心を開いたのか、生い立ちについて話すことが出来たのだ。

 初めは驚いていたノエルだったが、実力面や俺の態度が急に変わったことに得心が言っているようだった。


「実はお嬢様の話を聞いていて、不思議に思っていることがあったのです。」

「(そうだったのか)ふ~ん?」

「勿論、信じていないという訳ではないのです。ただ、野菜だけでなく肉も畑から取れるという話は少なくとも私は聞いたことがないもので…」

「(え、は?)じゃ、じゃあ、肉は一体どうやって収穫するのよ?」

「肉は動物を殺して得ます」

「(ド、ドウブツコロス?)動物ってあの…モンスターみたいなやつ?」

「モンスター、魔獣のような存在という意味ならそうです。馬車に乗る際に良くお嬢様が威嚇している生き物、馬も動物です」

「(ま、まじでか、モンスターじゃないのか…というかあれの肉も食ってるの俺?)えっと?つまり、私はあの動物の肉を剥いだものを何時も食べているの?」

「いえ、そういう訳ではありません。

 動物の中にも家畜と呼ばれる存在がおり、その家畜の肉を食べて私たちは暮らしています。」

「(そうなのか)そうだったのね。うん、そうだったのね」

「お嬢様の中にはモンスターを食べるという発想は無かったんですよね。」

「(当たり前だ。モンスターは粒子になって消えるからな)当り前よ。モンスターは粒子になって消えるのだから」

「…全然違いますね。」

「(言われてみればそうだな)違うわね。

 亜人もいなければ、魔族もいない。」

「はい、この世界にはお嬢様の言う所の人族しかいません。


 つまり、世界そのものが別。お嬢様が使う魔法もこの世界の魔法とは根本的に違うと考えることは出来ませんか?」

「(そうだな)そうね。そういうことなのかもしれないわ。

 でも、それなら私はどうすればいいのかしら?」

「…それだけ素晴らしい力を持っているお嬢様には酷なことだとは思いますが、一からこの世界の魔法を覚えるしかないかと…。

 私もこの一年お役に立てればと思い多少魔法の勉強をしているので一緒に頑張りましょう!」

「(そうだな。頑張ろう)ええ!ノエルと一緒ならきっと大丈夫だわ。一緒にあの三つ編みを見返しましょ!」


 正直勉強はそれ程得意ではないが、ノエル優しいし、きっとノエルとなら魔法だって覚えられるさ!


 ☆☆☆


 アイリスが試験会場を後にしてから暫くして新しい生徒、生徒候補が入室してくる。


「リンデン・ビバーナムじゃな。」

「はい!」

「この試験のルールは簡単じゃ。あの藁人形に自分が最も得意な魔法を使うだけ。出来るか?」

「当然です!

 土の精霊よ!我が魔力を贄とし、顕現せよ!

 鍛え抜かれた鋼を我が手に!全てを受け入れ、全てを貫く大地の牙は担い手たる我が目前を切り開く!《鋼弾スチールバレット》」


 リンデンの指先に、彼女の指より一回り大きい鋼の爪が現れ、藁人形に一直線に飛んでいく。藁人形の胸を穿つ一撃、目で捕えることが難しい程の速度。

 一流の魔術師でなければ、アイリスの時同様、イカサマと捨て置かれていただろう程高度な魔法。土属性に位置するSランク魔法の金属生成。学校に入学する前の子供の所業とは思えないが、この場にいる教師は荒れ狂うリンデンの魔力から彼女が自らの実力で成し遂げたことだと確信していた。


「リンデン・ビバーナム!Aクラス」

「!ありがとうございます。」

「うむ、ここでの学びを活かし、より優れた魔術師になるのじゃぞ」

「はい!」


 リンデンは幼い子供らしく、両手を胸に当て満面の笑みで喜びを表現していた。

 しかし、彼女はその直ぐあと、ハッとしたように教師陣に顔を向けると、顔色を窺うように質問を投げかけた。


「答えられないのなら、いいのですが…アイリス・コリアンダー公爵令嬢は何クラスですか?」

「ふむ、コリアンダー公爵令嬢とは友人じゃったか?」

「い、いえ、ただ勝ちたいな、と」

「それなら安心せい。あやつはFクラス。お主の圧勝じゃ」

「こ、校長、生徒の個人情報を勝手に!」


 他の教師が三つ編みの教師。この学校の校長に苦言を呈するが、校長はどこ吹く風。それどころか――、


「じゃってあやつ儂の髭を馬鹿にしおったのじゃ。このくらい当然じゃ!」

「そ、そんな子供みたいな理由で」


 唇を突き出し、ぶうたれている。

 大人とは思えない情けないやり取り。リンデンもこれを見ればこの学校に入って果たして大丈夫なのかと不安になる一幕。残念ながらその一幕はリンデンの目にはもう映ってはいなかった。


 リンデンはそれどころではなかった。


(勝った!勝った!アイリスに勝った!)


 有頂天とはまさにこのこと。人目が無ければ踊り始めていたくらいにはリンデンは上機嫌だった。

 アイリスに勝った、という事実はそれだけリンデンにとっては大きい出来事なのだ。

 念のために言っておくと、アイリスとリンデンは良きライバルなどではない。むしろその逆。リンデンはアイリスを心の底から憎んでいた。


 それもこれも、彼女がまだ幼いころ。アイリスが傍若無人を地で言っていた頃の出来事だ。


 商家の一人娘であり、当時いたずらっ子であったリンデンは父の仕事が見たいあまり、扉の隙間から、父親を観察していたことがあったのだ。

 その時に接客していた相手がアイリス。まだ小さい少女だったアイリスだ。


『何よこれ!ほんっと貧乏人は気が利かないわね。

 私が来たのだから、最高級のお茶で出迎えるのが礼儀でしょう!』

『も、申し訳ありません!コリアンダー公爵令嬢!

 で、ですが、私共が出せるお茶はそれが最上級、それ以上のお茶は当店にはございません!」

『は?これが最高級?

 あなた達、何時も泥水でも啜っているの?これだって雑草で淹れているのかと思うほど不味いのに…。

 まぁ、いいわ。』

『申し訳ありません。』

『もう帰る』

『はい?』

『ここは人間が来る店じゃないわ。だから帰る。次来るときまでには人間の接客方法を学んでおくことね。ま、私がこの店に立ち寄ることはこれから一生満に一つもないけどね』


 ケラケラと笑いながら、平然と他者を傷つける言葉を使うアイリス。

 幼く、怖いもの知らずの子供。それも貶されたのが実の父であったのなら怒るなという方が難しいだろう。

 扉を力強く開けたリンデンは、アイリスに殴りかかった。

 殴りかかったが、拳がアイリスに到達するよりも前に父に首根っこを掴まれ、一緒に頭を下げさせられた。

 アイリスは気にした様子もなく、一言二言小言を言って帰ったが、リンデンの屈辱は推して知るべしだろう。


『なんで!なんで!お父さん謝ったの!酷いこと言われたんだよ!』


 涙目で父を問い詰めるリンデン。彼女の頭を撫で、父はゆっくりと口を開いた。眉尻を下げ、申し訳なさそうに、しながら。

 リンデンはそんな顔が見たかった訳ではないのに。


『リンデン。暴力はいけないよ。パパのことを思うのなら、実力で見返しなさい。』

『実力で?』

『そうだよ。リンデンは大きくなったら王立才華学園に入学することになる。きっと、コリアンダー公爵令嬢も入学すると思う。だから、そこでコリアンダー公爵令嬢よりいい成績を取るんだ。

 パパはそれが一番嬉しい』

『おうりつさいかまほうがくえん』


 それが何をする所か、なぜ自分がその学園に通うのか当時のリンデンには良くわからなかったが、一つだけ分かったことがあった。


(魔法をいっぱい勉強すればあの子にごめんなさいさせられる!)


 そして、時は流れ、当時の誓いを果たし、リンデンは教師から最高評価を与えられたのだった。

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