第6話罪と罰と新たな関係

☆☆☆


〈整形〉により、壁全体と床の一部に真空の板が形成され高い防音性を獲得した薄暗い部屋、ノエルと俺はそんな俺の自室で互いに向かい合っていた。

他の人間はいない。

そもそも屋敷の人間は俺が帰っていることにすら気づいていないだろう。


わざわざ見つからないように、コソコソと庭を移動し、窓から自室へと入ったのだ。

気づかれては困る。


このような行動を取った理由は一つ、出来るだけノエルの本音を聞ける場を整えるためだ。

後顧の憂いがないようにお互い腹を割って話して起きたかったのだ。


……起きたかったのだが、何故か俺はベッドに腰掛け、ノエルは床に座っていた。決して強要したわけではないのだが、ノエルは俺がベッドに座ると、然も当然のように床に腰を落としていた。たしかブルーム王国でセイザと呼ばれる、怒られる際に親にとらされる座り方だったと記憶している。


こうすることで即座に奇襲をかけることが出来なくなり、また、長時間のセイザは足が痺れるため、罪人を死刑台に送る際に使ったのが起源だと言われていた、気がする。


俺はやらされたことは無いし、今日初めて見るのだが……。


これで本当に腹を割って話すことが出来るのか……。俺は心の中で頭を抱えていた。

抱えていたが、まぁ……取りあえず話を聞いてみよう。


「それで?私の食事に毒を盛ったのは一体どういうことだったのか、話して貰おうかしら?」

「はい………………えっと……」


それから、一通りの経緯を聞き、俺は押し黙る。

つまり、ノエルは俺の態度に対して苦手意識を持っており、それが理由でかなり精神的に疲弊していた。

休日気晴らしに外に出かけたらいつの間に路地裏に入ってしまい絶体絶命。

そこにあの男が現われノエルを助け、更にノエルの相談にも乗った。

男はノエルに甘言を吐くと共に毒の入った瓶を渡した。

俺がその毒でベッドに伏せってノエルの精神が安定し、歪な成功体験が生まれ、より男を信頼するようになった、と。


う~ん、成る程、俺にも悪いところがあるし、かといってノエルが悪くないとは言えない。

落としどころの難しい問題だ。

まぁ、ただ一つ言えることは。


「(別にそんなに気にしてないぞ?)ふんっ、勘違いしているようだから言ってあげるけど、貴方の悪意なんてこの私からすれば小蠅が目の前を飛んでいるに等しいことよ。

気にするだけ無駄だから忘れなさい。」


そう、別に態々落としどころを探すほど大きな問題でもない気がする。

なぁなぁで済ませても良いだろう。


特に被害も無かったわけだし。


……壊れた家屋以外。


俺がそんな風に楽観的に考えていると、ノエルが俯き、いや、床に手を置き、おでこが床に付くくらい深々と頭を下げた。

これは確かドゲザ。

このブルーム王国では古くから使われている最大級の謝意を伝えるための謝罪方法。


セイザを応用して生み出されたこの謝罪は相手に敵意がないと知らしめると共に、視線を外し、首をさらすことでいつでも首が切れる状態、つまり、生殺与奪の権利を相手に譲渡するという意味も込められている、そうだ。


そして、ノエルはドゲザをした態勢のままこう告げた。


「お嬢様、どうか、私に罰をお与えください。許されないことをしたこの私を罰してください」

「(と、言われてもな……)なに?あなた、縛り首とか鞭打ちが希望なの?」

「お嬢様がそれを望むのであれば」


ノエルはビクリと肩を震わせながらも力強くそう答える。

う~む、難しい。

罰と言われても、勇者と令嬢の記憶を合わせてもそのくらしか思いつかない。

とはいえ、ノエルの言う罰とは実際の罰と言うよりも一つの区切り、けじめをつけてほしいということなんだろう。死にたいとか、傷つきたいとかでは無いはず。



う~ん…………正直……冷たい言い方をしてしまえば、それはノエルが楽になるための逃げ道でしか無い。

俺がノエルの言い分に従う必要なんて微塵も無いし、むしろ罰を与えないことこそが彼女にとっての罰となるだろう。


そう素直に言ってあげることも出来る。叱るのにもエネルギーと時間を要し、罰を与えるのにはそれ以上の手間がかかる。

決して楽なことではないのだ。そんなことをするくらいならもっと別のことに時間を使うべきだし、不穏分子は罰を与えるよりも切り捨てた方がいい。


面倒ごとに首を突っ込んでもより大きな面倒ごとに発展するだけ。


仮にそんな状況でも怒るとしたらそれは怒る相手に特別な思い入れがあって、間違って欲しくないと、正しい道を歩いて欲しいと思う時だけだ。

だから、ここで突き放して社会の、人間関係の厳しさを教えてあげるのがこの子のためになるのかもしれない。


……それが大人として正しい行動なのかもしれない。





だが!!

だが!!!


前世で全くといって良いほど女性と接点の無かった俺がメイド服のぼっきゅっぼんダイナマイトボディを持った美少女の提案を断れるだろうか?


否、そんな訳はない!!



俗物勇者で申し訳ないが、これがおっさんであったなら、罰を考えるのも面倒くさいし、適当なことを言って有耶無耶にしている所だった。


だが!女の子であれば話は別、むしろ声も可愛いから、『俺の目覚まし時計になってくれないですか?』って頼みたい所だ。


だが、流石にそれは時期尚早。

恋愛指南書には『女の子と仲良くなる際は先ず無難な間柄から少しずつ距離を詰めていきましょう』と書いていた。

つまり、俺が選ぶべきベストアンサーは!!!!


「(お、俺と、お友達になってくださいませんか?)はぁ、なら、貴方には今日から約6年間私の専属使用人として働いて貰うわ。

当然、来年から通うことになる王立才華魔法学校にも付いてきて貰います。



良い?私はいつ噛みついてくるかも分からない者をずっと隣に置くつもりは無いわ。



この6年で私の信頼を勝ち取ってみなさい」

「ッありがとうございます。」


少女は頭を下げたまま……ドゲザの状態を維持したまま、俺にお礼を言ってきた。

これで俺が彼女を侍らせる口実が出来た。

勝負は約6年だ。

この期間で俺は彼女のハートを勝ち取ってみせる。


少女が何やら覚悟を決めている横で俺は邪な考えを抱く。

いや、別に邪じゃ無いから、これは男の子として当然の感情だから!


俺は頭を振るい、俺の中の善意を追い出す。


これで一件落着、かな?

取りあえずの着地点を決め、俺は肩の力を抜く。




……いや、まだ、俺が謝っていなかった。

俺にだって悪い点があったのだから、そこをなぁなぁで済ますのは違うよな。

頼むぞ、俺の体、今だけは、今日だけでも良いから、ちゃんと謝ってくれ。

彼女と同じように俺も地面に座り、頭を下げる。


人生初のドゲザをした。


「(俺の方もすまなかった、いやすいませんでした。君を追い詰めてしまった。)その……私も、えっと、…………わ、悪かったわね!!

少しは反省しているわ!!!!!」

「………………お嬢様?……い、いえ、いえ、私が、私の、私の方こそ、その…………」


ポタポタと水滴が落ち、絨毯が濡れる。

少女が座っている場所が濡れていく。俺は自然と顔を上げ少女の方を向いていた。


目の前の少女は、泣いていた。


水滴は、彼女から溢れる涙の雨は徐々に勢いを増す。


いつの間にか少女はワンワンと子どもの様に泣いていた。

両手で涙を拭って、それでもボタボタと流れてくる涙を両手で必死に拭っていた。



それを、俺は、ぼやけて、歪んで、何だかとても熱くなっている両眼で見つめていた。





まだまだ、解決してない問題もある。ノエルを襲った男の背後関係は分かっていないし、目的だって判明していない。

王権への反逆が目的なのか、それとも、そういった思想を持つ人間を操ってもっと別の大事を起こそうとしているのか……。


だけど、今は彼女と、ノエルと和解できたことを喜んでも良いんじゃないだろうか。


傍から見れば何にも解決していなくても、私たちの中で一番大きなしこりが取り除かれたんだから。


俺はいつの間にかノエルの頬に触れていた。


「?お嬢様?」

「えっと、私と、お、お、お」

「お?」

「そ、そういえば、私の〈整形〉という魔法でノエルの顔を直したのだけど、ちゃんと元に戻っているかしら?」


そう言うとノエルから離れて足早に化粧台の元まで移動する。

引き出しを開けていつも使っているお気に入りの手鏡を手に取り、ノエルにそれを押しつける。

ノエルは困惑しながらも手鏡を受け取ると顔を確認し始める。


「何だか、前よりも鼻がシュッとしてて、可愛くなった気がします」

「そ、そう?私には分からないのだけれど」

「全然違います。………………あ、お嬢様のその顔ってもしかして……」

「私の顔は天然物よ!!」

「ふふっ、知ってました。お嬢様の昔の写真を拝見したことがありますから。

それに、この屋敷に来てからお嬢様のことずっと見ていたので」

「何よ、それ」


俺はむすっと頬を膨らませてそっぽを向いていた。




その顔を見てノエルは小さく、百合のように淑やかに、純粋に私を想って笑みを浮かべる。

それが、薄暗い部屋の中、そっぽを向いていても何故だか分かった。


そっぽを向いた先、窓の外から差し込む夕焼けが目に入り、私は思わず、顔を背ける。


背けた先には当然だけど、ノエルがいて、笑みを浮かべている。

差し込む夕日に照らされて、ノエルの涙がキラキラと光る。影が晴れて彼女の笑みがよく見えた。


「綺麗」


自然とその一言が口から零れていた。


「お嬢様はもっと綺麗ですよ?」


ノエルがそう言って、私の頬を撫でた後に手鏡を返してくる。

私は自分の顔を鏡で確認する。



……涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていてとても綺麗とは言えない顔。

間違いなく人生でこんなに酷い顔をしたのは生まれて初めてだ。


「……ノエルの嘘つき」

「私は今までのお嬢様の顔で一番好きです。」

「……ノエルの変態」

「ふふっ、私は変態なので可愛い可愛いお嬢様をギュッとしてしまいす。」


そう言うとノエルは私のことを両手で抱きしめる。

私の顔はノエルの豊かな胸の中に沈み、優しくて、温かくて、花のような甘い香りに包まれていく。


いつの間にか私もノエルを抱きしめ返していた。

ノエルが優しく頭を撫でてくれる。


ずっとこうしていたい。



私たちの抱擁は暫くの間続いた。


そう、お父様が部屋に入って来るまで。





お父様!!!!!!!

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