第2話
広間に市民たちが集まっていた。
俺は首から名札をぶら下げている。市長が手書きで用意したもので、そこにはこう記されていた。
「お祭り実行委員長」
市長が胸を張って大声を張り上げる。
「今日! 勇者アレン様を称える祭りを開く! そのための会議に集まってもらった! では、実行委員長のアレン、まずは挨拶!」
「……」
――実行委員長? それ誰だ?
俺のことらしいけど、耳がその言葉を拾っても、脳が処理を拒否していた。
「Hey ゆうしゃ!」
市長が、まるでどこかのAIに呼びかけるみたいに声をかけてくる
思わず俺も「ピコン」と返事しそうになり、慌てて立ち上がる。
「ご紹介にあずかりました、アレンです。どうぞよろしくお願いします……」
広間に拍手が広がった。市長はニコリと笑って、
「任せたぞ!」
ほっと息をついたのも束の間、市長はさらに続ける。
「さて! まずはワシがやりたい出し物を発表する! 飯! ビンゴ大会! 花火! 以上! これを何とか実現するために、みんなで動いて欲しい!」
俺は思わず眉をひそめる。
「……いや、これ会議なのか? 俺の知ってる会議って、あーでもないこーでもないって意見を出し合うものだろ?」
すると市長は胸を張って答えた。
「普段は皆の声をしっかり聞く素敵な市長のワシだが、今日は時間がない! なぜなら、どこぞの勇者様がご多忙のため、今日中に祭りを実施しなければならん!」
「……なんか俺のせいになってないか?」
机の上に並んでいるのは、干し魚、曲がった人参、少しの穀物だけ。どう見ても祭りのごちそうには程遠い。
「勇者さまを祝うのに、これじゃ……」
人々が肩を落とした。
そのとき、俺は口を開いた。
「みんな、もう魔物はいない。この街の周りは安全だ。外に出ても大丈夫だ」
言った瞬間、自分で驚いた。妙に“勇者っぽい”セリフだ。
実際に勇者だから間違いじゃないけど、こういう場面で言うと、やけに気取って聞こえる。
どよめきが広がる。長い間、城壁の外は“死地”とされ、誰もそんな発想を持てずにいたのだ。
「山に行けば山菜やキノコが採れる」
「川には魚が戻ってきているはず」
「漁港の街とも、もう道がつながったはずだ」
俺の言葉に、人々の顔に光が宿っていく。
「念のため、俺も護衛につこう。安心してくれ」
あ、まただ。気づけば勇者っぽいセリフを口にしている。
わざとじゃないのに、カッコつけてるみたいで頬が熱くなる。
「山へ行ってみよう!」
「川に網を仕掛けてみる!」
「海沿いの村とも交流できるぞ!」
そして誰かが叫んだ。
「隣の町に知らせに行こう! ここが安全になったと伝えれば、一緒に祭りを祝ってくれる!」
大広間が一気に沸き立つ。長く断たれていた道が再びつながり、人と人との往来が戻る。それは魔物退治の勝利を、何よりも実感させる出来事だった。
「これで勇者さまを祝える!」
「そして俺たち自身の再出発も祝えるんだ!」
広間には笑い声が響き、祭りが始まる前から熱気に包まれていった。
その瞬間、市民たちは次々と手を挙げ、宣言しては会議室を飛び出していく。
「任せとけ! ワシら大工組が舞台を組んで、ビンゴの仕掛けも作ってやる!」
椅子をガタガタ鳴らしながら、大工たちは勢いよく駆け出していった。
「料理はあたしらに任せて! 勇者様に食べてもらえるごちそう、絶対作ってみせるよ!」
香辛料の匂いをまとったコックたちが、白衣を翻して廊下へ消えていく。
「ビンゴ用紙なら学校に山ほどあるぞ!」
先生が手を挙げて言う。
「古い裏紙を切り分けて番号を書き直せば、立派なビンゴカードになる!」
そう言うや否や、先生も駆け出していった。
「景品は任せろ!」
鍛冶屋の親方が胸を叩く。
「倉庫の鉄くずを打ち直して、勇者アレンの剣や盾のレプリカを作ってやる!」
力強い声を残し、工房へ走っていく。
「なら、あたしも景品を!」
腰の曲がったおばあちゃんが立ち上がった。
「余った毛糸で勇者さまの人形を編んでやるよ。ちょっと丸っこいが、かわいいはずさ」
毛糸玉を抱え、のんびりと歩み出していった。
「ぼくたちもやるー!」
子どもたちが元気よく叫ぶ。
「勇者アレンの似顔絵を描いて飾るんだ! かっこよく描くぞー!」
小さな足でドタドタと駆け出していく。
一斉に宣言して、そのまま行動に移すシステムらしい。議事録はたぶん誰も取ってない。書記も俺か?
……気がつけば、会議の場には俺と市長だけが残っていた。
「……なんだこの“宣言して即行動”システムは?」
ぽかんとつぶやくと、市長は満足げにうなずいた。
「よしよし! いい会議だったな」
確かに、駄目な会議って言うのはもっと喋って時間を無駄にするやつだろう。
「そういえば……花火を準備する人がいなかったな。よし、ワシがやるか!」と市長は広場から飛び出そうとする。
「ちょ、待て待て待て!」俺は慌てて引き止めた。
「じゃあ俺は? 実行委員長の俺は何をすればいいんだ?」
市長はヒラヒラと手を振って言い放つ。
「知らん! 自分で考えろ! 指示待ちの勇者なんて、誰もプレイしたくないわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます