祭りの実行委員は勇者様

@saru2000

第1話

魔物の群れを退け、姫を救い出した翌朝の街は、まだ昨日の匂いを残していた。煙と瓦礫と、誰かが落とした焦げたパンの匂い。倉庫の扉は壊れているし、市場の棚はまるでダイエット中の冷蔵庫みたいに空っぽだった。

 そんな惨状を前に、市長は広場に立ち、市民に向かって演説を始めた。いや、演説というよりも、半分は八つ当たりに近かった。


「良いニュースと悪いニュースがあります」


 この前置きで、悪いニュースから始めた人間を俺は知らない。だいたい、良いニュースで安心させてから、後に突き落とすのが人間ってやつだ。案の定、市長もそのパターンを踏襲した。


「良いニュースは、昨夜未明に勇者アレン様が闇のモンスターを倒してくれたこと! ありがたい!」


 広場が拍手に包まれる。俺――アレンは、頭をかいて曖昧に笑うしかなかった。勇者が「まあまあ」とか言ってる時点で頼りなさ全開なのに、誰も気にしないらしい。


「で、悪いニュースだ!」


 市長は顔を真っ赤にして叫ぶ。落ち着け、市長。まるで大人が駄菓子屋で欲しいお菓子を買ってもらえなかった子供みたいだ。


「この勇者が、わが町のお礼の祭りを断って、次の町に行くとほざいておる! 闇討ちの後の夜逃げじゃ!」


 ざわめく市民たち。いや、俺は夜逃げなんてする覚えはない。夜逃げってたしか借金取りとかに追われてる時に使う言葉だろう。


「勇者様を祝う祭りを開かせてくれ! 全ての食料がなくなってもいい! 明日からは働くから!」


 市長は拳を振り上げた。まるでギャンブルで「次こそ勝つ」と言っている負け組の叫びだ。俺はそれを横で聞きながら、昨夜の魔物よりも、この人の方が怖い気がしていた。


「いや、市長……明日からもみんな生活があるから」

アレンは困惑していた。魔王軍の影響で、まだ街には食料も物資も十分に行き渡っていない。明日をしのぐのに必死な家族も多いのだ。ここで宴を開けば、人々の士気は確かに上がるだろう。だが、その分、生活はさらに苦しくなる。


「勇者様を祝えるのは今しかない!お前はどうせすぐに出発してしまうんだろ!復興した後に勇者なしの祭りをしても、テンション爆下げじゃないか!」

市長はわめいた。


「やらないなら、お前が魔王を倒した時に出来るこの街の銅像はパンツ一丁にしてやる。堅実な男の像と命名する」と市長は凄む



 その脅しに、市民たちは大笑いした。けれど俺は本気で震えた。パンツ一丁の勇者像が後世に残るなんて、魔王に呪われるよりタチが悪い。


「……そこまで言うなら、お願いします」


 観念して俺がそう言うと、会場が一気に沸き立つ。けれど次の瞬間、市長の追い打ちが飛んできた。


「それでは勇者様を、祭りの実行委員長に任命する!」


 いや、なんでそうなるんだ。俺を祝う祭りなのに、俺が幹事? ご褒美だと思ったら罰ゲームでした、みたいな展開はやめてほしい。

 しかし市民の目は期待で輝いていた。誰も俺の反論なんて聞いていない。


 こうして俺は、不本意ながら祭り実行委員長になった。

 問題は山積み。食料はないし、装飾もない。モンスターに荒らされた街で、祭りなんて開けるのか。


 剣を置いた俺は、仕方なく頭と体を使うことにした。勇者としてじゃなく、人間として。

 祭りという名の戦いが、ここから始まった。

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