Dear 2
「なににやにやしてんだ?」
声に顔を上げると、長身で強面の男がこちらを見下ろしていた。
サイドを刈り上げワックスで流した短髪。今日は少し肌寒いからか、黒い革のジャケットを羽織っている。相変わらず一つしか年が違わないとは思えないほどの貫禄がある。
「優くん、久しぶり。しばらく見ないうちにまた背ぇ伸びたね」
「伸びてたまるか」
呆れたように笑い、俺に移動を促す。
座っていたベンチから腰を上げ、程よく賑わう駅前通りの道を歩き出した。
「久しぶりっつっても、通話してっからそんな気がしねえな。にしても変わんねえな、慶介は。制服着たらまだ全然学生に見えるだろ」
「それ慧太にもよく言われるよ」
「おー、元気か? 慧太は。実家寄ったんだろ? ギターは続けてんのか?」
「元気かな、とりあえずは。ギターもコソ練してるっぽいし」
「なんだよそれ」
「お兄ちゃんにはなーんも言ってくれないんだもん」
「ははっ、そりゃ、おまえの弟だしな」
およそ一年ぶりの再会だというのに、そんな他愛のない会話をしながら並んで歩く。
青く澄んだ春風が吹き抜ける。木々の葉擦れと、周囲の賑わう声がまるでアンビエント音楽でも聴いているかのように、心地よかった。
駅前のロータリーに停まったクロスオーバー車の前にたどり着くと、優くんがジーンズのポケットから見覚えのあるキーチェーンを出して、ロックを解除した。運転席に乗り込むのを確認して、俺も助手席へと続く。
「何読んでたんだ? さっき」
エンジンをかけながら、優くんが訊ねた。
ジャケットの内ポケットに忍ばせた存在を思い出し、ごく自然に口元が微笑みのかたちになるのがわかった。
「ラブレター」
車がゆるやかに発進する。答えた俺を優くんが一度だけ横目に見て、そりゃ羨ましいな、と笑った。
十分ほど地元をドライブし、目的地より手前の時間貸駐車場に車を停めた。せっかくの陽気だ、と優くんに降ろされ、街路樹の桜を見上げながら歩いていく。
「なんだかんだ一年ぶりになっちゃったなあ」
変わっていないようで変わった地元の景色。降る花びらと共に見るでもなく見ながら、ついぼやいた。
「もっと早く帰りたかったんだけど……」
「仕事忙しそうだな、相変わらず」
「忙しいよ~。もう辞めるかも」
「はあ? おまえな~……めちゃくちゃ大手入っといて……」
「あははっ、そんなすぐは辞めないよ。でも、視野には入れてるかな。ちょっとやってみたいこともあるし」
「……ま、しんどかったらいつでも戻ってこいよ。あれだ、シェアハウスしようぜ、三人で」
「四人じゃない?」
わざと含みを持たせた笑みを向ける。
優くんは虚を衝かれたような表情の後、すぐに照れくさそうな苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
目的地である緑地公園へ入る。
木陰のベンチに腰掛け花吹雪を降らせる桜を見上げている彼女へ、優くんが声を張った。
「怜!」
すぐにこちらを振り向き、犬のように駆け寄らんばかりの勢いの彼女を、優くんが慌てて制した。凛とした美しさがあるのに、相変わらず元気でうれしい。
「久しぶり。怜ちゃん」
あの頃より少し短くなった黒髪を、今日は後ろでひとつに結っている。
久しぶり、と、怜ちゃんはまるで少年のような顔で笑った。
「あんた、いつ見ても変わんないよね」
怜ちゃんの俺に対する率直な感想を聞いて、途端に優くんが吹き出した。
「そんなことより」
ほら、と待ちわびたように、怜ちゃんがその腕に抱くものを示すようにやさしく揺らす。
そっと覗き込んだ。まだなんにも知らない澄んだ瞳が、二十五の俺の姿を歪みなくうつす。それだけで、胸がいっぱいになるようだった。
小さく笑って、その無垢な存在へ声をかける。
「……はじめまして」
俺たちの頭上で、空を泳ぐ飛行機がキンと音を立てた。
End.
Blue18 きみのマリ @kimi_mari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます