Key of complicity
高校を卒業できればそれでよかった。すでにいっこ下と授業を受けている現状で、留年なんてしたくない。
だから、べつにクラスに友だちと呼べる存在なんていなくてもよかったのだ。淡々と必要な勉強をして、たまに煙草が吸えたらよかっただけなのに、どうしてこうなったんだろうな、とぼんやり考える。
だけどまあ、なってしまったものはしょうがない。
それにこうやって風に当たりながら煙草を吸えるんなら、悪くないか。
「優くんが恥ずかしいこと考えてる~」
フェンスに細身を預け、慶介がにやにやしながら茶化してくる。その手には、俺のものとはまた違う匂いを漂わせる煙草。
眉を顰め、細く煙を吐き出す。
「……考えてねえ」
「あはは、ごめんごめん。そうだね、恥ずかしいことないよな。俺も優くんと友だちになれてうれしいよ」
「“俺も”ってなに? 誰がそんなこと考えたよ」
「優くん、あいしてるよ」
「あ゛~……なんかゲロ吐きそ……」
「吐くんならちゃんとトイレ行ってくださ~い」
煙草を挟んだ指先が屋上の出入口を指す。たしかに、ここでは吐けない。
ため息となって吐き出されるセブンスターの煙が、曇天へ昇ってとけていく。
午前最後の体育の授業は、顧問の先生が病欠のため、教室で自習に変更となった。
これ幸いとポケットの中のボックスを弄りつつ例の男子トイレへ行こうと教室を出たら、勝手についてきた慶介が俺に見せてきたのは、見覚えのない鍵だった。
子どもが好きそうな黒猫のキャラクターのチャーム(なんとなく持ち主に似ている黒猫である)が付けられたそれを、指先で器用にくるくると回してみせる。
「なんだそれ、どこの鍵だよ?」
「屋上の鍵~」
意外とあっさり答えてくれた。
だが、答えを聞いた俺は怪訝に思い、眉を顰める。屋上は立ち入り禁止のはずだ。
「なんで慶介がんなもん持ってんだよ」
「ん~? 知りたい?」
「そういうのいらんからさっさと言え」
そっちから見せてきたくせに勿体ぶんな。苛立ちのままに急かせば、しょうがないなあ、なんてチェシャ猫のような顔をしながら慶介は、ろくでもない種明かしをしてくれた。
「俺、ずっとこれが欲しくってさ~。で、偶然職員室のキーボックスが開けっぱだったから、ちょっとパクって、コピっちゃった。あははっ」
あははっ、じゃねえよ。
一気に真顔になった俺は、聞くんじゃなかった……とひどく後悔した。つうかなに猫のチャームなんか付けてんだこいつは、正気か?
授業バックれて喫煙しに行こうとしている俺が言うのもなんだが、さすがの俺も学校のものを盗んで複製するなんて悪行は働いたことはない。
「大丈夫だよ、原物ちゃんと返却済みだし。そんでこうやって~、かわいいチャーム付けちゃえばバレないバレな~い。てかこのニャンコちゃんうちの弟に似てない? ……って、ははっ、優くん引いてんね?」
「ドン引きだわ。いやもういっそ清々しいわな。こういうふうにふわっと日々犯罪って起きてんだな」
「飛び降りるときはいっしょだよ」
だから語尾にハートを付けんな、腹立つ。
言いたいことは正直めちゃくちゃある。しかしながら、起こってしまったことはどうしようもない。
すべてを諦めた俺はため息を吐き、ポケットのボックスの存在をたしかめながら、天井を仰ぐ。
「……死ぬ前に空が見てえな」
「遺書に『便所より青空の下で吸ったら煙草が美味いと思いました』って、書いとかなきゃね」
チャリッと金属音が鳴る。まるで共犯の合図のように。
弄んでいた鍵を掌に収めて、それはそれはうれしそうな笑顔を向けられる。いよいよドン引くのも馬鹿らしい。まあたしかに、便所で吸うよりずっと美味いだろうな。
「……今日曇ってっけどな」
「ははっ、いいじゃん」
晴れるかもしれないよ、だなんて、隣に並んだ男はテキトーなことを抜した。
重い扉が開く音が聞こえた。
「うわ、ほんとにいる」
二人でちょうど煙草を仕舞ったタイミングで、ふいに開いた屋上の扉から顔を覗かせたのは怜だった。
長い黒髪をなびかせて、ここへ来る前の俺同様怪訝な顔でこちらを見ている。
「あ? 怜、なんで俺らがここにいるってわかったんだ?」
「俺がメールしちゃった」
いたずらっぽく言って、慶介が怜にひらひらと手を振った。
怜は、まるで警戒している野良猫のようにこちらへ近づいてくる。その様子からおそらく、慶介は俺たちがこの場所にいることだけを端的に伝えたのだろう。表情から怜の言いたいことは容易に察せられる。
なので、俺は視線を逸らして黙秘することにした。実行犯は隣にいる。
「なんで二人、こんなとこいるの? 屋上立ち入り禁止でしょ。まさか鍵盗んできたの?」
「作っちゃった」
「は……?」
ますます不審そうにする怜に、慶介が平然と猫のチャーム付きの鍵を見せた。
慶介の犯行を察したらしい。そしてやっぱりさっきの俺同様、スン……と真顔になった。
「これで怜ちゃんも共犯だね」
「……あんたの思考マジで怖いんだけど」
「怜ちゃんに言われると照れるな~」
「褒めてねえ。あと怜ちゃんって呼ぶな」
「そういや、女子の体育って何やったの?」
「体育館でバレー」
「マジか、見たかったな~」
「あたしは見学したけど。生理でお腹痛くて」
「え、大丈夫? 俺、鎮痛剤持ってるからあげよっか?」
「いいよ、さっき飲んだ」
なんで男女二:一の比率で女子同士の会話が繰り広げられてんだ。
勝手に気まずくなり、俺は逃げるように二人から背を向ける。
「購買で昼飯買ってくるわ」
「あ、俺メロンパンでいいよ」
「あたしカレーパン。あとなんかお茶もほしい」
「怜ちゃん、カフェイン入ってないあったかいやつにしな?」
「おい俺パシリか? おまえらの分まで買ってくるとは言ってねーぞ」
「え~、優のケチ」
「もう、しょうがないなあ優くんは。意外と寂しがり屋なんだから……」
慶介が身に覚えのない発言をしたかと思えば、肩に腕が回り、無理やり引き寄せられる。
「優くんってば……ダメじゃん。生理中の女の子にはやさしくしなきゃ」
ね? と慶介が耳元で囁く。
解せない。なにがって、犯罪者に正論を説かれるこの状況が、だ。
「なに二人で内緒話してんの」
背後の不服そうな怜の声に、胸の内で舌を打つ。
「……カレーパンな。あとなんか……あったかいお茶?」
「え、ほんとにいいの?」
「優くん、俺のメロンパンも~」
「ざけんな、テメーもいっしょに来んだよ!」
「え~? もう、しょうがないなあ優くんは~」
慶介の肩に腕を回して連行する。
またしても背後で、怜の「超仲よしじゃん」という声が聞こえた。
マジで解せない。
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