第3章
鈴香たちは、弦楽部での調査を終え、総合高校を出て帰路を歩いていた。
すると、前方に一人の女子生徒が佇んでいるのが目に入る。女子生徒は少し緊張した様子で、しかししっかりとした視線を鈴香に向けていた。
「……神戸鈴香さんですよね?」
鈴香は一瞬、立ち止まり、視線を合わせた。
「はい……えっと、どちらさまで?」
女子生徒は軽く頭を下げ、控えめに自己紹介した。
「私は佐伯香澄といいます。弦楽部の副部長です……少し、お話ししたいことがありまして……」
鈴香は突然の申し出に驚きつつも、佐伯香澄と名乗る女子生徒の真剣な眼差しから、重要な情報に違いないと判断し、軽くうなずいた。
「わかりました。お話を伺いましょう」
鈴香たち四人と香澄は、近くのファミリーレストランへ足を向けた。
街路を抜け店内に入ると、五人は窓から温かな光が差し込むテーブル席に腰を掛けた。
室内は穏やかな雰囲気だが、鈴香の中には緊張感が張り詰めていた。
香澄は軽く息を整え、指先をテーブルの縁に触れ、言葉を選ぶように口を開く。
「私……部長――美月のことが心配で、美月には黙ってお話しすることにしました」
視線を一瞬落とす香澄の様子からは、ためらいと強い覚悟が同時に伝わってきた。
「美月は、工芸高校ロボット部への神戸家の支援の話を聞いて、とても羨ましがっていました。美月は……誰にも言えない気持ちを抱えているんです」
颯太は、綾音がいつもどおりタブレットに情報を記録しているのを一瞥すると、慎重に言葉を選んだ。
「もっと詳しく教えてもらえますか」
香澄は少し身を乗り出し、声を潜めて答える。
「最近、美月は思い詰めた表情をしていることが多くて……二学期に入ってから、突然学校にバイオリンを持ち込むようになったんです。まるで、何か重大な決心をしたかのように……」
その声は少し震え、目は伏せられていた。眉間に小さな皺を寄せ、ためらいながらも、どうしても伝えたい思いがにじんでいる。
鈴香はうなずきながら、事件の背景を思い巡らせた。
――高価なバイオリンを突然学校に持ち込むようになった美月、不満や戸惑いが垣間見える部員たちの表情、羨望と反発が絡み合う美月と部員の関係……。
(事件の鍵は、盗難現場の状況だけではなく、こうした背景や部内の人間関係にもあるに違いない……)
「それに、顧問の山本先生とも何か頻繁に話し合っているようなんです。でも、私がそのことを聞いても大丈夫っていうだけで……」
香澄はテーブルの端を指先で軽く弄り、言葉を続けた
「とても不安なんです。美月が大きな事件に巻き込まれているんじゃないかって……」
四人は静かにうなずき合う。それぞれ香澄の言葉を心の中で受け止めた。
鈴香は小さく微笑み、優しく声をかける。
「香澄さん、ありがとう。あなたが気にかけてくれたこと、きっと美月さんにも届きますよ」
颯太も軽くうなずきながら付け加える。
「そうです。話してくれたことは、すごく助かります」
周平と綾音も、そっと香澄の背中を押すように微笑み返す。自然と空気が和らいだ。
香澄は少し肩の力を抜き、安堵の表情を見せ、頭を軽く下げた。
香澄が店を後にし、四人がテーブルに残った。
周平がそっと口を開いた。
「二学期に入ってから水沢部長がバイオリンを持ち込むようになったのは、偶然じゃなさそうだな」
綾音も慎重に意見を述べた。
「ええ……水沢様には、何かはっきりとした目的や考えがあるのでしょう」
「今日はもう遅いから、続きは明日で。明日は事件についてより深く整理していきましょう」
鈴香はそう切り出すと、カップに残った紅茶を飲み、ゆっくりと視線を落とす。店内のざわめきが遠のき、外の夜風が窓越しに差し込んでくる。胸の奥に、不安と期待が入り混じる感覚が広がった。
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