第26話 覚悟
決勝まではあまり時間がない。
テントに戻ってマッサージをする。
足首の重さがさっきより気になる。
膝も熱を持っているようだ。
あと一本。
インターハイで優勝?
それもできるだろう。
そんな、嘘みたいな夢だって、信じられるようになった。
がむしゃらに生きてくのがかっこ悪い
そんな、自分についていた嘘すら、嘘だったのかもしれない。
嘘のような真実、真実のような嘘。
夢のような現実、現実のような夢。
なんでだろう。
その境界が曖昧になってしまった。
いや、もともとそんなものに境界線なんてひかれていなかったのかもしれない。
不可能?
可能?
そんなものに境界線をひいていたのは僕だったんだ。
不可能だと思える夢を、嘘という衣で包んで見ないふりをしていたんだ。
必死になって、自分ががむしゃらになっていたことを隠そうとしていた。
余裕の笑みをたたえた仮面を被り続けていた。
緑ヶ丘でやっていた週二回の陸上クラブでのきつい練習。
夜中まで予備校に行って勉強していたこと。
僕の心に閉じ込めて、必死に嘘の衣と余裕の仮面で隠して誰にも言わなかった。
I decided to count on myself, not luck.
(運ではなく、自分自身を信じることに決めた)
この前、古屋とイオンに行ったときに、手に取った英語の参考書。
パラパラとめくったページの例文にあった言葉。
その時は、何も感じなかったけど、なぜか買ってしまったんだ。
自分の中で、何かがひっかかったのかもしれない。
変わってしまったんだ。
嘘と真実の境界線が。
夢と現実の境界線が。
僕から漏れ出していた熱を持った匂いは、僕の熱情。
焦げるような匂いは、嘘の仮面が熱さに耐えられなくなって焼け崩れていたんだ。
それをあいつは、感じていたんだ。
勝ちたい。
負けたくない。
みんなに讃えられたい。
全て、僕だ。
それを全部ひっくるめて、僕なんだ。
嘘の衣を脱ぎ捨てて、余裕の仮面は焼け落ちた。
そんな、感情をむき出しにして、戦うこと。
それが、僕なんだ。
テントの中で、立ち上がったとき、LINEの通知音がなった。
さっきから大量のメッセージが届いていた。
インハイを見ている友達からの通知だろう。
だけど、その通知音だけはなぜか、あいつからのような気がして、スマホを手に取った。
メッセージは古屋からだった。
「おう。田中のこと、大変だったな。
あいつ、先生に自分がやったって言ったらしいぞ」
バカな。
「それで、学校を辞めて、引っ越すらしい。
遼も仲良かったから知らせておこうと思って」
はあ?、
こんなLINEを送ってくるぐらいだから、古屋はインターハイのことしらないのだろう。
「それで、連絡が誰もつかないんだ。家にもいないらしくて。遼なら知ってるかな?」
あいつ…
「マジで?」
頭が混乱して、それだけしか返せない。
「遼も知らないか…。なんか、家に電話してみたんだけど、“うちゅうに行く“って書き置きあったって。大騒ぎになってる。あいつ変なこと考えてなければいいけど」
僕は頭を抱えた。
宇宙、
宇宙人…
僕とあいつだけの、秘密。
ずっと、他の人たちには言わないようにしていた。
秘密が、まとっていた羊毛を突き破って、出てきてしまった、そんな光景が頭に浮かんだ。
嘘をつきすぎてしまった大和は、真実を語るより嘘をつくことが楽になってしまった。
それも、真実とも嘘とも言えない嘘を。
誰にも信じてもらえない孤独。
信じてくれる人がいないという確信。
それを、嘘の羊毛でひたすら包み込んだ大和。
あと10分で招集時間になった。
僕は、確信がある。
あいつは、僕のことをどこかで見ている。
絶対。
あれだけ、友達でいたいって、言っていたんだから。
あの顔は、あいつの真実だ。
泥で髭を描いた顔。
扇風機で宇宙人の声を出した時の顔。
酢漬けイカを食べながらそう言っていた顔。
放課後の教室で夕陽を浴びた顔。
僕だけが信じられる。
今、あいつを信じることができるのは僕だけだ。
そして、あいつだけが僕の仮面が、ぶすぶすと焦げてはがれ落ちようとしていたことに気づいてくれた。
僕がそんな仮面を脱ぎ捨てたくてしょうがないことに気づいてくれたんだ。
こんな土壇場にこなければ気づけなかった。
自分が自分であるために何をしなければいけないかを。
今度は僕があいつに伝えなければならない。
あいつは、どこかで僕のことを見ている。
伝えなければならない。
僕はあいつのことを信じていることを。
宇宙人だって、
タルサス星人だっていい。
匂いの能力があってもいい。
一緒に過ごした時間が真実で、ただひとつ、僕は大和のことを信じているということを。
僕は決めた。
この地で、走るのは三笠遼だ。
三笠遼は自分を証明するために走る。
そして、三笠遼は、自分を信じてくれた田中大和のために走る。
インターハイの決勝の舞台を、そんな個人的な感情で走って何が悪い。
山梨県代表のテントの中で、大きな扇風機が音を立てながら回っている。
真夏の太陽を遮ったテントの中は、もう、外に出たくなくなる気がするほど涼しくて、外界の喧騒と夏の日差しに浮かされた熱量とは一線を画している。
だけど、僕は証明するために、走らなければいけない。
今までは、嘘の仮面を剥ぎ取られないように走っていただけだ。
今は、ただ、走りたい。
大和は、僕を信じて、僕のことを見ている。
そして、真実を証明するために走ることができるんだ。
僕は、動かないトーク画面を表示したスマホを、バッグにしまって、立ち上がった。
天幕が太陽の熱量を遮り、扇風機によって冷気を届けられる空間から、そのまったく対極にあるといっていい空間へ。
生まれてこのかた覚えたことがないような、強い覚悟をもって、僕は足を踏み出した。
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