第5話 匂いで勘づかれる?
「起きた?」
目を擦りながら起き上がると、目の前にはピンク色のエプロンをしたねむ先生の姿があった。
天国にいるのかと思った。
窓から差し込む光が心なしか、ねむ先生にスポットライトを当てているような感じになっている気がする。
「おはようございます」
「うん、おはよっ。よく眠れた?」
肩を何回かグルグルと回す。
(軽い……!)
今まで不眠症の影響からくる疲労で体中が重かったのだが、今日は違う。
今ならなんだってできそうだと思えるくらいに体が軽い。
睡眠って大事なんだな、と改めた感じた。
「ねむ先生のお陰で久々に長時間眠れました」
「それは良かった。光夜くんって寝言とか言うんだね」
ねむ先生は顔を赤らめながらそんなことを言った。
俺が寝言を……?
どんな夢を見たのか思い出せないけど、変なこと言ってないよね?
でも、ねむ先生が顔を赤らめるってことは何かとんでもないことを言っていたんじゃ……。
「俺、寝言言ってたんですか?」
「うん、ちょっとだけ」
「変なこと言ってないですよね……?」
何故かねむ先生は目線を逸らした。
え、やっぱりとんでもない寝言を言っていたのか?!
少し間をおいてから、ねむ先生は答える。
「…………私のこと呼んでた」
かあっと顔が赤くなるのを感じた。
耳まで赤くなっているかもしれない。
俺が寝言でねむ先生のことを呼んでた?
しかも、それが本人に聞かれたって。
恥ずかしすぎるって……っ!!!
「それ以外には何もない……ですよね?」
「う、うん。何度か「ねむ先生……」って私のことを呼んでただけだから……」
「うっ……」
「どうしたの?」
「恥ずかしくて……」
「あ、そうだよねっ。言わない方が良かったね。ごめんっ」
ねむ先生は深々と頭を下げた。
慌てて顔を上げるよう言った。先生に頭を下げられる生徒とか嫌だよ。
「謝らないといけないのは俺のほうですから! 迷惑……でしたよね……」
「そんなことないよっ! むしろ、嬉しかったから! ……って、私何言ってんだ!」
ねむ先生は頭をブンブンと横に振り、変なフォローを入れ始めた。
自分が変なことを言っていることに気づいたねむ先生の反応を見て、思わず笑ってしまう。
「無理にフォローを入れなくてもいいんですよ、ねむ先生」
「ごめん~。でも、迷惑じゃなかったのは本当だから!」
「はい、ありがとうございます」
「そ、それじゃ、とりあえず朝食にしよっか」
「はいっ」
ねむ先生は恥ずかしくなったからか、無理やり話題を変えた。
本当に可愛らしい先生だ。
ま、そんなことを考えているのがバレたら怒られそうだから絶対に言わないけど。
♢
朝食を終えた俺はねむ先生よりも先に学校へと向かうことにした。
一緒に登校して変な噂が流れたら、ねむ先生に迷惑が掛かってしまうからね。
あ、ちなみにねむ先生の作った朝食はどれも美味しかった。本人は卵焼きが少し焦げてしまっていたことに落ち込んでいたけど、俺からしたらプロ級の美味しさだった。
「それじゃ、先に行きますね」
「うん、気を付けてね」
「はい、また学校で会いましょうね」
「うんっ」
花が咲いたような笑顔で見送られ、俺は学校へ向かった。
♢
「あかり、おはよう」
学校に着くと、あかりが俺の顔見て首をかしげる。
「また顔色良くなってる。ここ最近で一番良い気がする。本当に何があった?」
あかりは俺の周りを何周もしながら不思議そうにしている。
他人から見ても分かるくらいの変化。
嬉しいな。
ずっと不眠症のせいで顔色も体調も悪かったから、こうして顔色も体調も良いまま学校へ通えるのは幸せなことだ。
だけど、どうしてこうなったのかという理由はいくら幼馴染相手でもまだ言えない。どこから噂が広まるか分からないからね。
俺とあかりが話しているところに聞き耳を立てているクラスメイトがいないとも限らない。
念には念を、ってやつだ。
「久々によく眠れたんだよ」
「ふーん、なんかきっかけがあったの?」
「保健室の先生のカウンセリングを受けたからかな」
「なるほどね。やっぱ天使先生は凄いね」
「そうだな」
ねむ先生のことは
呼び方でバレるか可能性もあるからね。
何とかバレずに済んだか、と思ったのも
(急になんだ!?)
そして、「うーん」と何か考えながら俺に疑いの目を向ける。
「なんかいつもと違う匂いがする」
「えっ……?」
違う匂い……。
もしかすると、昨晩はねむ先生と寝て、今朝まで一緒にいたからねむ先生の部屋の匂いが付いたのかもしれない。
間違いなくいい匂いではあると思うけど。
俺とあかりのいる空間は、突如として緊迫した空間へと変わった。
「光夜って一人暮らしのはずだよね?」
「そ、そうだけど」
「昨日誰かと一緒にいた?」
「え、べ、べつに一人だったけど!」
「ふーん、それじゃあ、なんでいつもと匂いが違うんだろう」
「あ、柔軟剤を新しいやつに変えたからかな?」
上手くいくかどうかは賭けでしかなかった。
「なるほどね! それでいつもと匂いが違うのか!」
「あ、ああ、そうなんだよ!」
なんとか誤魔化すことに成功した。
(た、耐えたぁ~!)
心の中でガッツポーズをした。
「花の匂いの柔軟剤?」
「え、うん。たぶん」
「たぶんって何よ。その匂い私も結構好きだからあとでどの柔軟剤か教えてね」
「お、おう」
花の匂い、か。
これは間違いなく、ねむ先生の部屋の匂いだな。
バレなくて良かった。
ホッとして胸をなでおろした。
体育でシャトルランをした時よりも疲れた気がする。主に精神が。
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