第4話 初めての添い寝
「それじゃ、早速寝よっか」
「……はい」
先生と同じベッドの上。
ほんの数十センチ先に先生の顔がある。
過去の俺に言っても信じないだろう。
今、保健室の先生と添い寝しているなんて。
部屋の照明は落とされ、スタンドライトの柔らかな光だけが壁を照らしている。
静かな時間。
聞こえるのは時計の針の音、先生の穏やかな呼吸音、そして自分の明らかに早く鼓動する心臓の音。
(落ち着け落ち着け落ち着け……)
自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いた。
俺の心臓の音、先生に聞こえてたりしないよな。
「緊張してる?」
「そりゃ、してるに決まってるじゃないですか……」
隣から聞こえる優しい声に、心臓が跳ねた。
「ふふっ」と先生が笑う声が聞こえてくる。
先生は緊張しないのかな。
「まさか保健室の先生になって一年目から生徒と添い寝することになるとは思ってなかったよ」
「普通は何年目でも添い寝しないですよ」
「たしかに、それもそうだ」
何気に新情報を得た。
先生は今年が保健室の先生になって一年目なのか。
この学校の保健室の先生になったのは今年からだと言うのは知っていたが、他の学校での経験もないのか。
たしかに、先生は明らかに若いもんな。
先生の部屋にある本棚へと視線を向けると、そこには保健室の先生になるための参考書などが沢山並んでいた。多くの
きっと、俺には考えられないほどの努力をしてきたんだろうな。
「保健室の先生になるために沢山勉強したんですね」
「あ、本棚見ちゃった?」
「はい。見ちゃマズかったですかね?」
「いや、そんなことはないけど少し恥ずかしいなぁって」
「誇るべきだと思いますよ。少なくとも俺には真似できないですから」
「凄い褒めてくれるんだね。まぁ、努力したお陰で大学卒業してすぐに保健室の先生になれたんだし、光夜くんの言う通り恥ずかしがらずに誇って行こうかなっ」
先生は「ありがと」と俺の頭を優しく撫でる。
「子ども扱いしないでください」と言いたかったが、嬉しそうな先生の笑顔を見ているとそんなこと言う気にはならなかった。
それに、こうして先生に撫でられているととても落ち着く。ずっとこうしていたいと思わされる。
(ん……? ちょっと待てよ……)
突如、ハッとしてあることに気が付いた。
大学卒業してすぐに保健室の先生になった……?
つまり、今年の三月までは大学生だったってこと!?
若いとは思っていたけど、俺との歳の差五歳くらいしかないんじゃ……。
気になって本人に尋ねようかと思ったが、女性に歳の話をするのはご法度だとどこかで聞いたことがある。
たしか、あかりに言われたんだったかな。
とりあえず、俺の憶測は恐らく当たっている。
そう考え、先生に直接聞くことはしなかった。
「先生……」
俺が先生のことを呼ぶと先生は「はぁ」とため息をついて、少しムッとした表情をした。
何も変なことを言ったつもりはないけど。
もしかして、歳のことを考えていることがバレたのだろうか。女性の勘は鋭いって言うし。
「先生、どうかしましたか?」
「さっきから私は君のことなんて呼んでる?」
「え、光夜くん……ですよね……?」
「そう。それで光夜くんは私のことなんて呼んでる?」
「……先生」
「なんでよっ」
「え?」
「私は名前で呼んでるのに、光夜くんは名前で呼んでくれないの?」
先生がムッとしていたのはそういうことか。
俺が名前で呼んでくれないからムッとしていたのか。
何の疑問も持たずに「先生」と呼んでいたけど、自分は名前で呼ぶのに相手からは名前で呼ばれないって言うのは少し悲しいか。
かと言って、先生相手に呼び捨てするわけにもいかない。
となると――
「わかりましたよ、ねむ先生」
「そうっ、それでいい!」
俺は『ねむ先生』と呼ぶことにした。
月見先生と呼ぼうかと思ったが、俺のことを下の名前で呼んでくれているし、俺も下の名前で呼ぶべきだと思い『ねむ先生』と呼ぶことにした。
ねむ先生は満足そうに「ふふん」と笑顔を見せた。
本当可愛いな、この人。
「光夜くんは本当に良い子だね」
ねむ先生はまた俺の頭を優しく撫でた。
この人は撫でる行為が好きなのかもしれない。
落ち着くし、段々と眠くなってきた。
「ねむ先生」
「うん? どうしたの?」
「ちょっと眠くなってきたかも」
「そっか。それじゃ目を
ねむ先生はスタンドライトの明かりも消した。
真っ暗な部屋で先生の声だけが鮮明に聞こえる。
俺を落ち着かせ、夢の世界へと
段々とその優しい声が遠のいていき、眠りについた。
眠りについたのは深夜零時を回ったくらいの時刻。
そこから朝日が昇り、エプロン姿のねむ先生に肩をトントンと軽く叩かれるまで俺が目を覚ますことはなかった。
ここ最近の平均睡眠時間が約二時間の俺からは考えられないくらい長時間ぐっすりと眠れた。
やはり俺の不眠症に効くのは、ねむ先生だけなのかもしれない。
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