第8話 透子さんの避難先
透子さんが、日暮れ前にどこへ向かうのか――
なんとなく興味はありつつも訊けないまま、一週間が過ぎていて、次に会った時には訊いてみようかな、なんて考えていた矢先。
ふとしたきっかけで、僕はそれを知ることとなる。
きっかけそのものは、何ということもない。夜型人間あるあるなのだとは思うけれど、夜中にお腹が空いてしまい、しかもめぼしい食べ物の備蓄がゼロだったのだ。
自宅から一番近いコンビニでも、自転車で十分強かかる。僕は明かりの乏しい、深い暗がりを自転車を走らせ、向かった。
透子さんを発見することとなる、その場所は道の途中にあるので、行きにも通りかかってはいたはずだ。けれど、僕が彼女に気づいたのは、コンビニでカップ麺とかスナック菓子を購入したあと、その帰り道でのことだった。
自転車をゆるっと漕ぎながら、ふとそちらへ顔を向けた。
煌々と明かりの灯る、二十四時間営業のコインランドリーだ。
ガラスの自動ドアのむこうに、見覚えのある人影(?)を認めて、コインランドリーをほんの少し通過した位置で僕は慌ててブレーキをかけ、自転車を止めたのだった。
足で道を蹴って後退し、コインランドリーの真横に移動。
改めて見て、僕はそれが目の錯覚などではなかったことを確信する。
自転車から降り、買い物の袋をカゴに入れたまま歩道を横切り、中へ入っていった。
「……何やってんですか……透子さん」
ベンチシートに腰掛ける格好で、手持ち無沙汰にしている彼女に声をかけた。
(……バレたかー)
実際、いたずらを見つかった子供みたいな顔で、ぺろっと舌を出してみせる。
可愛い――
なんて、思っている場合じゃない。
(ま、そーだよね。遅かれ早かれバレるよね、こんなとこにいたんじゃ。どこかに隠れてるってわけでもないもん。むしろ夜なら目立つもんね、明かりあるし)
「何してんですか」と僕は質問を繰り返す。「毎日、夕暮れになると移動してる場所って、ここだったんですか」
(うん、そう……毎日、ここに移動してるんだ。んで、明け方まで過ごしてる。明け方になったら出て、家に帰ってる。……って、今はきみの家だけど)
「なんで」
透子さんは困ったように笑い、
(怖いんだよね……暗がり)
そう言った。
(昔っから、そうなの。夜とか、暗い場所とか、すっごい苦手で……だから、暗いうちはここで過ごすようにしてる。YOROZUマートも八時に閉まっちゃうし……コンビニとかでもいいいんだけど、いちおう座れるからさ、ここなら)
幽霊でも座れたほうがいいのか――そんなふうに思うが、家で目にする透子さんが、決まって座っているのを思い出して何となく納得した。生前の習慣によるところもあるのかもしれないけれど、やはり座った姿勢でいるほうが楽なのかもしれない。
体はないわけだし、精神的に――かな。
「勝手な解釈だと言われればそうなんですけど……俺、幽霊の集会所とか交流の場があって、そこへ行ってるのかと思ってました」
(アハ、そうなんだ……でも、正解は、これでした)
「どうしてそう言わなかったんですか」
自転車を引いて歩きながら、横をふわふわと歩く透子さんに尋ねる。
コインランドリーから彼女を連れ出し、僕は仄杜町の暗すぎる夜道を二人で並んで歩いているのだった。
説得は、それほどむずかしいことではなかった。彼女は暗闇を恐れている。だから暗闇が訪れる前に、明かりの確保された場所へ行ってしまう。
それなら、こちらで明かりを確保してやればいい――まあ要は、一晩中明かりをつけっぱなしにすることを許してあげる、ということだ。
まったくもって大したことではない。
(んー……だってさあ)と透子さんは口ごもる。(だって……カッコ悪いじゃない)
「夜とか暗がりが怖いってことがですか?」
うなずく透子さん。
僕は溜め息をつく。
「あの……まず前提として、夜や暗がりが怖いってことがそんなに恥ずかしいものだとは俺は思いません。大の男が言うならともかく、あなたは女性だし」
(で……でもお……)
「それに」と僕はぴしゃと反論しかけた透子さんを遮る。「まったく馬鹿げてますよ。覚えてないんですか、透子さん。ホラー系のものとか苦手って言ってたじゃないですか、昼間。もうそこであなたがそういう耐性ないってことはカミングアウトされてるんですよ。夜だの暗がりだのが苦手とか、俺に言わせりゃ今さらですよ」
お化けなのにお化けが苦手とかも言ってたし。
べつに口調をきつくしたつもりはないのだけれど、ふと見ると透子さんが何だかしょぼんとしてしまっていたので、焦った。
「あ……すみません、その……言い過ぎました、かね」
すると、透子さんはかぶりを振った。
(そうじゃないの。ごめんね、気ィ遣わせちゃって。夜とか暗がりに対する恐怖心って、私にとって、ちょっと他のものに対する恐怖心と一緒くたにできない事情があってさ……だから、そこだけ人に言うの抵抗あったりするんだよね)
「はあ……」
(ね、宗介くん! 好意ついでにお願いがあるんだけどさ……腕、掴んでていい?)
いきなりそんなことを言い出す。
僕は条件反射のように軽くドキッとしつつも、
「そりゃ、構わないですけど……でも、その……無理、ですよね」
(もちろん。だから、ふり。腕を掴むふり。人と並んで歩いてても、やっぱ夜道は怖いや。ふりだけでもそうしてたら、またちょっとちがうかも)
「まあ、はい……どうぞ」
すると透子さんは反対側にすーっと移動し、僕のややうしろへ来た。
手を伸ばし、僕の肘のあたりを掴む。
もちろん実際にそうできるわけはなくて、掴むふりだ。彼女の手は僕の腕をすり抜けている。僕自身、何を感じるというものでもない。
「暗すぎますよね、仄杜町……財政難で街灯の設置ケチってるんですかね」
(かもねえ)
ほどなくして、むかいから一人の幽霊がやって来た。わりと若めの太った幽霊で、
(こんばんはー)
(あ。ど、ども……)
美人からにこやかに挨拶されてか、照れた様子を見せつつ、すれ違う。
「……お化け、怖くないんですか」
少し歩いた先で、訊いてみた。
(ん? 怖いよ?)
「なんかフツーに挨拶してましたけど」
(ああ、うん……私が言うお化けっていうのはさ、怨霊とか悪霊とか、そのたぐい。四谷怪談のお岩さんとか、ああいうの)
「なるほど」
それは誰でも怖い。苦手なものにカテゴライズするのがそもそもちょっと違う気がする。
「それにしても……ほんと多いですね、幽霊」
(だよねえー)
あなたも、だけど。
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