第7話 仄杜町の秘密①
この一週間で、何度か幽霊を見かけた。どれも昼間だ。
一度目は、YOROZUマートへ向かう途中で通りかかる公園だった。まわりを林に囲まれた、ブランコと砂場しかないような狭い公園だけれど、そのブランコに座ってうなだれていた。厳密には座っているのではなく浮かんでいたのだろうけど、少なくとも傍目には、座っているようにしか見えない。三十代ぐらいの、ひどく痩せた男の人だった。
二度目は、YOROZUマートの出入口近く。八十過ぎと思しいおばあさんで、花壇の縁に腰掛けるような格好で、ほぼ無人の通りをぼんやりと眺めていた。目が合ったので会釈すると、わずかに口角を持ち上げて返してくれた。
他にも、時と場所を問わず、何度かあった。
結論――仄杜町には幽霊が多い。
(忌地って言われてるらしくてね、このあたり……昔っから)
そんな話をすると、透子さんはそう言った。
まもなく昼を迎えようという時刻だった。僕は居間の、庭に面した格子戸を開け放し、雑草だらけの庭を眺めるとも眺めながら昼食のカップラーメンを食べていた。あぐらをかく僕のむかいに、透子さんが、足を伸ばして座っている。
宣言どおり、彼女は引っ越し翌日にも姿を見せたし、それは毎日続いた。昼近くに起床して居間に行くと、決まってそこにいた。足を伸ばして座っている、というのも毎度のことだ。
「イミチ……ですか」
聞き馴染みのない単語を口にし、カップラーメンを啜る。何ですか、それ。
(ひとことで言っちゃうと、霊魂の集まりやすい土地)
透子さんは、庭を眺めながら言った。
端整な横顔が、柔らかな晩秋の日差しを浴びて景色に映えている――と、言いたいところだけれど、幽霊だから当然、日差しを浴びるということにはならない。それでも景色に映えているように見えるのは、素材そのものの持つ力だろう。
(日本中、あちこちにあるよ。理由や原因はいろいろだけど、ここって処刑場とか首塚とかがあった土地らしくてね、昔。それが理由だって言われてる。土地そのものに霊魂の残滓が染みついちゃってて、それが霊魂を呼んでるの)
「そうなんですね」
(反応薄っ!)と目を剥いて僕を見やり、それから、呆れ交じりに笑った。(もうっ。もっと他にさあ、ないの? 「ええぇっ! そ、そうなんですかあぁ!?」とか、「うわああ怖い、もうボク夜眠れないですうぅ!」とかさあ)
「すみません……ホラー耐性あるんですよね、昔から」
(へえー。それは羨ましい)
「苦手ですか?」
(苦手も苦手! 大の苦手! できたら怖いの見たくない聞きたくない!)大げさに手を振りながら叫んだ。(お化けとかも嫌! 私の前に現れないでーって思う)
「はあ……」
いや、しかしあなたも幽――、と突っ込みそうになるが、やめた。死者に死者である現実を敢えて突きつけることはしたくない。
初めて会った時に僕は彼女を思い切り幽霊呼ばわりしているし、今さらという感じもするけれど、でもなぜか今、僕はそれができなくなっていた。妙な話だ、と思う。
「透子さんも、それでここにいるんですか?」
突っ込みの代わりにそう尋ねた時、一瞬、真顔になった透子さんを見て、訊いてはいけないことを訊いてしまったかな、と焦った。
しかも、そのあと彼女が視線を庭に戻し、少し憂い顔になったものだから、さらに焦った。
(私はねえ……ちがうんだよねー)
すみません答えたくなければ答えなくても――なんて台詞が口を突いて出ようとしていた矢先、彼女はそう言ったのだった。
無理をしているんじゃ、と案じながら横顔を見つめる僕を見返し、
(私はね……ここで死んじゃったの。この、仄杜町で)
え、とさすがに、驚いた。
でも、その驚きに見舞われていたのは、ごく短いあいだのことだった。
特定の土地に住み着く幽霊というのは、要するに地縛霊だ。その土地が絡んだ何かしらの執心が、霊魂をその土地に止める、そうして地縛霊が生まれる――そう考えれば、透子さんがヨソからやって来たのではなく、この仄杜町で亡くなったのだという事実は、僕にはとりあえず納得できるものだった。
とはいえ、もちろん、この土地に縛られるに至った彼女の執心がどんなものなのか――それに対する興味とか関心とかは、あったけれど。
「もともと仄杜町に住んでたってことですか?」僕は思い付いた質問をぶつける。
(ううん、ちがう。ここの住人だったことはないよ。一度も)
「そう……ですか」
それ以上は訊けなかった。同じことを聞き出すために、二度以上、質問するのが苦手だ。なんとなく、しつこいかなと感じてしまう。
こちらはいちおう相手に対する配慮。ただ、それだけじゃない。べつに敢えて知る必要もないかな、なんていうちょっと冷淡な考えが、決まって頭をもたげてくるのだ。
ちょうどカップラーメンを食べ終えたこともあり、腰を上げる。台所脇のダストボックスに容器を放り込み、戻った。
ちなみに、必要な家電やら家具やらはだいたい買い揃えてあるけど、そのほとんどはネット通販で購入した。店舗で買ったのは、自転車で運べるものだけだ。
「じゃあ俺、これからちょっと作業に入るんで」
居間に顔を出し、透子さんに告げた。
(おー、そういや新しいクライアントさん見つかったんだったよね。がんばってー)
小さく手を振りながら笑顔を向けてくる。
この「がんばって」が聞きたいばかりに、仕事に入ることを敢えて伝えているというのもあった。
少し、がんばれる気がする。たとえ微々たるものであっても、僕には大きな力だった。
受注できたクライアントさんは、お二方。内容自体はどちらも僕自身に馴染みのあるものではなかったけれど、まもなく四年になろうという経験年数と実績を買ってくれた。
馴染みがないということは、自分の中に知識としてストックされていないということだ。だから、記事執筆はネット検索をかけながらおこなうことになる。
もっとも、生きた年数の浅さもあって、調べもせずスラスラ書けるジャンルなんて僕にはほとんどないけれど、馴染みがなければないほど多く検索をかける必要も当然ながらあって、だから、もちろん仕上げまでにもより時間がかかってしまう。
(宗介くーん……)
一時間ほどの休憩を挟んで合計約四時間の作業をこなし、動画でニュースを眺めていたところ、透子さんの声がした。
「どうぞー」
ふと庭側の格子戸を見れば、外では日が傾いているのが曇りガラス越しに確認できた。日差しが弱まり、オレンジ色がかっている。
「行くんですね」
音もなく廊下側の格子戸をすり抜けて寝室に入ってきた透子さんに、言った。
日暮れの少し前に彼女は去って行く。僕の前に現れ、その旨を伝えてくるというのも、毎度のことだ。
わざわざ報告なんてせずに自分の都合で勝手にいなくなっていいですよ、と相手を気遣うつもりで言おうとしたこともあるのだが、なんだか冷たい感じがして、やめておいた。
(うん、行く。それじゃ、また明日ね)
「はい……また明日」
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