6年前の事件 2

 当時は芸能界全体でアイドル活動が全面的に自粛された。人気投票も一旦中止、半年以上時間を置いてから結果発表された。当然東風が一位だったが、二位のメンバーが一位という扱いになったという。


「コレには東風のファンの怒りが収まらないわけよ。一 位は東風だから、繰り上げなんて許さない、って。二位の子がドラマに出たら撮影現場爆破してやる、とか殺してやるとか。ファン同士でいざこざが起きてとうとう現実で殺傷事件まで起きたくらい」


 そう言いながら明石さんは別のニュース記事を見せてくれた。そこには「ファンの間で使う裏の掲示板、過激な内容に警察が立件を開始」と書かれている。大々的にそう伝えることで次々と掲示板は閉鎖や削除が相次いだのだとか。


「あれからだいぶ時間も経って、またアイドルの人気投票とかが始まった。そうするとこの事件を知ってる人たちが当然出てくるわけ。また同じことが起きるんじゃないかって」

「それってどっちの意味で? 自分の推しが死ぬかもってことか、それとも他のやつが死んでくれればいいなってことなのか」


 俺の素朴な疑問に明石さんはきょとんとし、添田さんは完全にびっくりした顔をした。普段口数が少ないから、そう切り返したことに驚いたみたいだ。


「両方だけど、明らかに後者の方が多いんだろうね」

「物騒なこった。もういいだろ、休憩終わりだ」

「はい」


 頭を切り替えてくれ、と言わんばかりの添田さんの声かけによって再び全員作業に戻る。


「そういえばそのカンパネラってどうなったんだっけ?」


 作業しながら明石さんが添田さんに尋ねる。そういうのは明石さんの方が詳しいはずなんだけど。


「東風がいなくなった途端に人気は下火になった。もう解散したんじゃねえの」


 アイドルグループは絶大な人気を誇る一人で成り立っているようなところはある。そこから個人の活動が増え始めて、アイドルグループじゃなく一人の芸能人としてやっていけるようになって。最終的にはアイドルグループが解散して人気だったトップスリーくらいは芸能界に残る。それこそ昭和から繰り返されてきたことだ。

 自分でもニュース記事を漁ってみると、信憑性のなさそうなものばかりヒットした。有名人でファンが多いからこそ捜査が難航したみたいだ。しかも東風の当日の足取りがわかっていないらしい。そして、犯人はいまだに捕まっていない未解決事件になっていた。

 ドラマの主役は結局人気投票ではなく全く関係ない役者が代替えとなったのか。アイドルグループから出してしまうと誰が選ばれてもいざこざが起きる。それにドラマの主役というのは約束されていたわけではなくあくまで噂程度。事務所がはっきり名言していなかったことを事務所が逆手に取った形となった。

 選ばれた役者は当時相当なバッシングがあったみたいだが、アイドルではなく「役者」ということがよかったみたいだ。基本アイドルと役者のファンは住んでいる世界は違う。それに当時は何に出ても視聴率が上がると言われていたかなりの実力者だったようだ。ドラマを見れば文句なんてつけようもなかったというのが最終的なところみたいだな。


 ドラマのタイトルは「八月の紫陽花」恋愛系のドラマだった。代替の役者とヒロインの演技の上手さ、シナリオの良さがウケて普通に視聴率は良かったらしい。

 紫陽花は六月が最高にきれいで八月になると見頃を終えてどんどんしおれてくる。それがジューンブライドを逃した二十代後半の女性をひっかけている。下手をすれば女性軽視と捉えてしまう表現だが、同じ年代の女性たちから絶大な支持をうけたみたいだ。要は、うまいこと当たったってことか。

 十代などの甘酸っぱい青春物語ではなく、自分なんて行き遅れたと恋愛を諦めている女性の複雑な心境が絡む恋愛ドラマ。しかも相手の男は職場の後輩という、完全に仕事に追われる女性を意識した話となっていた。


 東風が死んでいたのは枯れ始めた紫陽花の近く。第一発見者が撮った写真にばっちり映ってたから、それがまた騒がれる原因になったわけか。

 当時のSNSをまとめた概要などを二、三個チラ見してそれ以上見るのをやめた。どうせ大した事書いてないし。共通しているのは東風が好きすぎるストーカーのようなファンの犯行か、東風以外のアイドル推しファンによる犯行か。特に人気投票二位だったアイドルのファンなんじゃないかという噂が濃厚だったみたいだ。一位が消えれば二位が繰り上がるのは分かり切っている。


「頭がイカレてることばかり目がいってしまうけど、首を切り落とすって結構大変ですよね。しかも成人男性の体を運ぶのは相当力がいる。つい女性一人を思い浮かべがちだけど、男の可能性だってあるし複数人による犯行も考えられる」 なんとなく声に出していた俺の意見に、明石さんは「やっぱりそう思う?」と食いついて来る。芸能界好きというかゴシップ好きというか。添田さんは企画部に行ってくると言って席を外した。

 いずれにしても事件が解決してない以上、六年前を掘り起こして人気投票で上位のやつが死ねばいい、殺してやりたいという意見が出てくるのは当然と言えば当然か。ため息をついて時計を見れば定時だ。


「あと何かやる事ありますか?」

「大丈夫、後は添田さんとチェック終わらせるから」

「お願いします」


 お言葉に甘えて俺は帰ることにした、特に残業にこだわってないし。タイムカードを切っていると他の部署の人も帰宅するところで軽く会釈をする。


「お疲れ様です。あれ? 社員じゃなかったんですね」


 取材担当の人、だったかな。すれ違って挨拶するぐらいしか会話したことないから名前知らないけど。どうやら俺がタイムカードを使っているのを見たようだ。正社員はタイムカードではなく会社が入れているソフトで自動勤怠管理がされているが、正社員以外はいまだにタイムカードだ。


「俺は派遣です」

「そうだったんだ、ウェブラジオやってるから社員だと思ってました」

「俺も編集のつもりで面接したんですけど。声がいいからパーソナリティでどうかって言われて。ウェブラジオ一回につきプラス料金で手を打ったみたいです、ウチの会社と」

「しっかりしてますね」


 当たり障りない会話をして出口で別れ俺は帰路についた。声優を雇うと金がかかるから、当たり障りない奴で半年ごとにパーソナリティを代えているらしい。半年という契約でOKした。

 基本的に腹が減ってなかったら夕食を食べないのでシャワーを浴びる。あと一時間もすれば日付が変わる、いつもだったらこのまま寝るけど今日はちょっと引っかかったものがあるのでパソコンの前に座った。


「東風晴海殺害事件、か」


 ウェブラジオには東風のファンからの投稿もちらほら見かけた。過激な内容はなく、何年たっても私の中でナンバーワンアイドルは晴海君だよ、というおとなしいものだ。

 死んで一、二年こそ命日になると大々的にSNSでファンたちが偲んでいたようだが、新しいアイドルが騒がれればそちらに乗り換えるファンも多かったみたいだ。

 よく言われるけど男は一つのものを吟味してずっとそれを好む。女は切り替えが早いから新しい好みのものを見つけてはそれで騒いでまた次を探す。恋愛に関しても別れた後いつまでも引きずるのは男、次の恋人探しをするために切り替わるのが早いのは女、というのは有名だ。

 国民的スーパーアイドルも六年経てば誰それ、という世界だ。アイドルなんてそんなもの。賞味期限がある、一番おいしい時は期間が限られる。


『アイドルなんてファンが頭の中で作り出してる偶像だ、飽きられたら死んだと同じなんだよ』


 死んだと同じ。たとえ本人がどれだけ頑張っても見向きをされなくなったらいないのと同じ。東風は文字通りの意味で死んでしまった、一部の人は覚えていても一部の人しか覚えていないということだ。何百万のファンがいて、何千万を稼いでいた国民的アイドルは物理的にも精神的にもどこにもいないのだから。あいつの言葉、本当にその通りだ。



 翌日出勤すると珍しく添田さんが休みだった。有給なんて使った事ねえわ、なんて言うくら仕事に来る人なのにな。何で休んだんですか、なんていちいち聞かない。具合悪くてしばらく休むならそう連絡があるだろうし。

 今日は特に忙しくないので次のウェブラジオで使う原稿のチェックを明石さんと二人でやることになった。仕事中はもちろん雑談は控えるが、休憩になると自分の推しているアイドルの話が止まらない。彼女は基本おしゃべりが好きだ。好感が持てるのは、誰かの悪口や愚痴を言わない事。大人だなと思う。


 彼女も今アイドルの推し活をしていて、なんとか特集を組みたいと言っている。休憩時間となり即座にスマホを取り出した。俺しかいないのに仕事中スマホをいじらないのはさすがだ。

 好きなアイドルは十五人で構成されていて、ちょうど人気投票が始まったそうだ。一番人気ではなく五番目くらいに人気のアイドルらしい。ただファンもそれは心得ているらしく、一位をとってほしいというよりただひたすらに見守りたいというファンが多いのが特徴だそうだ。年上の女性のファンが多くて弟を見守るような感覚らしい。スマホを見ながらウキウキしていたが、一気に表情が変わって大きなため息をついた。

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