6年前の事件 1

「教えてあなたの推し活、のコーナーです。相変わらずこのコーナーむちゃくちゃ人気ですね、アイドル戦国時代とはよく言ったもんだ。別に尖った内容じゃなくてもグッズを買ったり投票をして一位になるの応援してますでも全然大丈夫。あまりにも応募が多いから申し訳ないけどランダムで選んだものを読んでいきます」


 ウェブラジオで流すための音声を自分の耳でチェックする。主に芸能人を取り扱うオンライン雑誌、それのウェブラジオ担当。今の時代小学生だっていくらでもこんな活動できる。でも業界でしか手に入らない情報や横つながりというのはやはり一般人には難しいところだ。いまだに会社が運営する情報提供は需要がある。

 派遣として来て十日。収録は溜め撮りするのでたった今日だけで四回も収録した、声が枯れそうだ。この後も編集や企画など毎日やらなければいけない事は多い。


 一通り聞いて編集点をつけていく。最終チェックは社員だ、終わった分のデータから確認作業が進む。撮り直しは特に必要なく、余分なトークをカットして雑音を消したら今回は終わりだ。ヘッドフォンを取ると俺は大きくため息をついた。同じくヘッドフォンを取った社員の添田さんが「どうした?」と聞いて来る。三十歳だけどウェブラジオを含め他の企画も掛け持ちする凄腕の編集者、と紹介された。


「今回は当たり障りない内容を中心に選びましたけど。過激な内容多いですね」

「初めて見るとビビるだろ。でもコレが普通なんだよ」


 ファン同士の争い、言ってしまえば他のアイドルへの悪口や嫌がらせのような内容はこの手のコーナーをやると必ずある。自分の推しを褒めるのではなく、叩き潰したい相手のアイドルを貶す。それがまた相手のファンの怒りに触れてやられたらやり返す、そんなことの繰り返し。証拠もないのに他のアイドルの女の子を食って捨ててる最悪な奴だとか、芸能界の大御所に体で売り込んで気に入られてるから上位に立つんだとか。


「最終的にはこういうのに行き着くんですね」


 大量に送られてくる投稿の中で目に入るのはこれだ。


"須藤大地が一日も早く死んでくれるように、練習をしています"


 人気があるアイドルの実名をあげての過激な内容。こういうのは絶対に読まないし、殺人予告ととれる悪質な場合は警察に届けることができる。何せ証拠がこちらにあるのだ。二度とこういうことをするなという警告を会社の名前で送付してやると、二度とやらないから削除してくれという返事が来る。

 今回のこの文章は具体的に何の練習をしているかを書いていないのでうまいと言えばうまい。警察に通報しても言及されないレベルだ。


「自分の好きな人を押し上げることじゃなくて、周りに出てきた奴を蹴散らすことの方が楽しくなっちゃうんですか。よくわかりません、その考え」


 すると編集作業をしていた明石さんが手を止めた。二十代後半の女性で自分がオタクであることを全く隠さない。ゲームや漫画はもちろんアイドルの推し活などもしているらしい。芸能界を中心とした情報にだいぶ詳しいので原稿作成は彼女の仕事だ。


「明るい話よりも他人の不幸の方が盛り上がるからしょうがないんじゃないの。あと過激な内容が増えたのってたぶんこれがきっかけだと思うよ」


 明石さんが自分のスマホで見せてくれたのは昔のニュース記事だった。それを読んだ俺は首をかしげる。


「なんですかこれ?」

「え、嘘でしょ? このニュース知らない人いないんじゃないかっていうくらいには騒がれたのに」

「日付は六年前か。俺その当時日本にいなかったので」

「そうなんだ、どこにいたの?」

「ニューヨークで仕事してました」


 どうやら全員区切りのいいところまで来ていたらしく、雑談で仕事を中断した。小休憩ってことで、と明石さんが俺のパソコンにニュース記事を送ってくれる。


「六年前、日本で一番と言っていいくらい人気だった男性アイドルグループのカンパネラ。定期的に人気投票をやって、一位には何かしら話題をかっさらう企画が与えられてたの。ソロシングルだったり、レギュラー番組の仕事だったり」

「昔からある金儲けの常套手段な」


 そっけない添田さんの突っ込みに明石さんは苦笑だ。

「グッズとか値段設定エグかったからね。キーホルダーと高級ランチが同じくらいの値段だったから。その売上金も全部投票の一部とみなされるからみんな大量購入が凄かった。その中で絶大な人気を誇ってたのが東風晴海。このときの一位になった人にはドラマの主演、みたいなにおわせがあった。ま、当時からこの人気投票はドラマの大々的な宣伝だろうっていうのはファンの間で有名だったよ」

「なんでですか?」

「このアイドルのファンじゃなくてもグループで一番人気なのが東風だって誰でも知ってる状態だったから。人気投票やる意味ないくらい。テレビとネットで東風晴海を見ない日はなかったからね」


 東風の為の人気投票、と揶揄した記事も多かったみたいだ。やる意味ないじゃん、というコメントもかなりある。だが順位がわかっているからこそ他のメンバーのファンたちは、絶対に東風を一位にしないために様々な活動をしていた。ファン同士仲が悪いのは当時から有名だったらしい。


「今の話聞くとこの記事がとんでもないなっていうのはわかりました」


 最初に見せてくれたニュースの記事は、東風晴海の死亡を伝えるものだ。しかも見つかったのは頭だけ。DNA鑑定から本人である事は間違いないとわかるも、体はまだ見つかっていないという事だった。


「人気絶頂のアイドルが死んだこと、どう見ても殺人事件で猟奇的なこと。様々な面から最初はどんな状態で発見されたのかニュースは伏せらてたんだけど。でも第一発見者がSNSを使ってあっという間に広がっちゃったんだよね」

「第一発見者、この記事だとよりにもよって東風のファンですか。よくできますねそんなこと」


 ファンなのに写真付きでSNSに上げている。非常事態でもとりあえずSNSにあげるという行為は驚きを通り越してもはや何も言えない。当時のその人の投稿画像も表示されていて、文章が支離滅裂だから一応混乱はしていたみたいだが。


「当然このファンの人も非難が殺到して画像は警察によって削除された。無限に転載されるから意味なかったけど。その写真を見たファンたちが発狂状態、後追い自殺した子も結構いた気がする。とにかく日本中が大騒ぎになる事件だったんだよ」

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