異世界転移少女奇譚
ひぐらし ちまよったか
まるちゃん!
異世界転移者の少女。この不思議な世界へやってきてから、一年と少し。現在は王立治療院で働いている。
院長は高位の治療師で、薬師のエルフ女性。やさしい。
王国は永らく平和が続き、穏やかな国土は実り豊かだ。多くの国民から敬愛されている国王は、見事な統治をしている。
第一王子と、お目付け役兼、護衛隊長の老騎士。
王子は典型的なキラキラ王子。素直で、やさしい性格をしている。
二人は年齢を越えた、深い友情と信頼で結ばれていた。
近郊の村へ、魔獣退治に出掛けていた王子と護衛隊。
王子の危機にその身を挺して救った隊長だったが、深手を負ってしまい、危険な状態で治療院に運ばれて来た。
普通の治療では効果がないほどの重傷であったため、王子は自前の『ハイポーション』を使用する事を決断する。
そのポーションは隊長の孫娘で、王子の婚約者でもあるお姫様が遠い異国へ出向き、購入してきた貴重品だった。
ポーションの使用を、痛みに苦しみながらも頑として断る隊長を、諌め制して、治療を強行する王子。
慎重に運ばれてきたポーションは半球状の白い器に収めてある。
鮮やかで太い帯状のアクセントが、器の側面に赤々と、ぐるり描かれていた。
――どこかで見たような……?
ゆらりと湯気を立ち上がらせる器の中身は……。
かぐわしい香りを放つ褐色の薬湯。
ふっくらとしたキツネ色の四角い物体。
ひも状の物には、つるりとした光沢がある。
綿毛のような、謎の黄色い玉。
半月の形に薄くスライスされた、緋色の皮を持つ不思議な材料……。
この世界では見た事の無いものばかりであったが、少女は知っていた。
――『赤いきつね』じゃん!
この世界の最高治療薬『ハイポーション』は、『赤いきつね』だった。
思わず少女は、院長に質問する。
「普通のポーションと、あまりにも違いすぎますが……ハイポーションって、いったいどんな薬品なんですか?」
「ああ、かなり特殊な薬といえる……貴重な素材をふんだんに使用して、入念に作られるものだと聞いている」
院長も少し興奮しているようだ。
「専門の薬師が、年に数える程度しか作成できない」
――きつねうどんが……。
「どこで手に入れることが出来るのでしょう?」
「西の港から外洋を二十日……神聖な島国『ニッポーヌ』で限られた業者『コンブィニ』だけが扱っている……非常に高価だ」
――お姫様、ニッポンのコンビニで買ってきたんだ……。
「さあ、王子……これを」
院長は『ハイポーション』を、丁重に差し出す。
あまりにも貴重な品なので、王子自らが投薬するらしい。
「――冷めないうちに」
「ありがとう、院長……じい、クスリが来たぞ。これを食してくれ」
「……若……申し訳なく……まことに申し訳なく……」
「いいのだ、じい……私は、じいが居ないとダメなのだよ」
「……若……」
キラキラ王子が老騎士に、少しずつ、きつねうどんを食べさせる。
じつに美しい光景だった。
隊長のケガの回復には目を見張るものがあった。
数日のうちに体力を完全に取り戻し、万全の状態で笑顔の退院を果たした……だが
――その数週間後……今度は王子が、護衛隊員たちに運ばれてきてしまった。
隊員のほとんどが傷つき、ボロボロの状態である。
魔獣の大群に遭遇してしまったらしい。
王子はすでに意識を失った危篤状態だ。
護衛隊長は大きく動揺し、
「若っ!……目を開けて下さい。若っ!」
と、半狂乱に叫んでいる。
「院長! ハイポーションを……ワシに使ったのと同じポーションを!」
「――残念ですが、王子のハイポーションは隊長に使ったものだけです……それに、今の状態の王子では、たとえハイポーションが有ったとしても……」
そう、最高治療薬『ハイポーション』にも限界がある。重度の危篤状態……今の王子のように意識すらない重症患者を救うことは出来ない。
「そんな……ただ見ているだけなのですか!?」
隊長の叫びは悲痛だ。
「姫に……顔向けが出来ん……」頭を抱えて悔しがる。
院長は無言で固くこぶしを握り、小さく震えながら俯いていた。
明るくにこやかで、イザという時に頼りになる……大好きな院長の、こんな姿を見るのはつらい。
――院長……。
少女が院長に、声をかけようかどうか迷っていた時
「院長っ!!」
治療院の若手職員が、血相を変えて飛び込んできた。
「王宮から!……国王から許可を頂きましたっ!!」
「そうか!!」
職員を見定めた院長が、顔を紅潮させながら指示を出す。
「早急に準備を! 君は急いで保管庫へ! くれぐれも慎重に運んでくるように!!」
さっきまで、あれほど気落ちしていた院長の、あまりの変化に
「院長、どういうことですか?」
「王宮が、王家の薬品庫を開けることを許可したんだ。国王が決断したんだよ!」
院長は鼻息荒く両手を広げて見せた。
「エリクサーが使える!」
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