エリクサーの奇跡
——神薬『エリクサー』
少女もその薬品の噂は聞いていた。
古来よりエルフ族に伝わる秘薬。
すべての状態異常を神秘の力でたちどころに治療し、完治してしまう。
まさに神の魔法薬……神薬である。
――本当に有るなんて……。
――ん?
――ハイポーションが『赤いきつね』だったし……。
少し、嫌な予感がする……。
「――お持ちしました!」
若手職員が、捧げるようにして美しい箱を運んできた。
漆塗りの、螺鈿細工で細かく装飾された二十センチ角ほどの箱だ。
横机に慎重に下ろし、銀糸で編みこまれた蓋を解く。
黒漆の造りだが、その中は、神秘の大気がひかり輝いているようだ。
いつの間にか、白革の手袋をした院長が、両手を差し入れて『エリクサー』を取り出す。
少女の不安を裏切り、それは真っ赤な宝石を削り出して作られた、手のひらに乗るほどの、美しい小瓶であった。
――よかった……普通の薬瓶だ。
「皆さん、これがわが王国の国宝、エリクサーです」
「これが伝説の……」
「なんと美しい……」
「これでもう安心だ……」
感嘆と安堵のため息が治療室にあふれる。
悲しみに歪んでいた隊長の顔にも、希望の表情が戻った。
――隊長よかったね……お孫さんと気まずくならないね。
「院長、さっそく若を治療してやって下さい!」
待ちきれない様子の隊長に
「――まぁ、少しお待ちください」
若手職員に指示を出す。
「準備は整っているな? 持って来てくれ」
「はい、院長」
ふたたび治療室を出る職員を見届け
「エリクサーは、このままでは効果を発揮しません」
と、周囲に告げる。
「ポーション成分と併せて使用することで、絶大な効能をみせるものなのです」
院長は続ける。
「――つまりエリクサーとは、治癒薬ポーションの薬効を爆発的に向上させる……ポーションのためのスキルアップポーションなのです」
「えっと……それは、つまり?」
「主役の魅力を完全に引き出す……いや、実力以上の力を共に導き出す、名わき役といったところです」
「お待たせしました」
若手がみたび、治療室に登場する。
「――ポーションをお持ちしました」
その手には……白地のどんぶりに鮮やかな緑色の太い帯が……。
――お前かーっ!?
「い、院長……あのポーションは……?」
少女が恐る恐るたずねると
「――あれも王家の薬品庫に収められていた宝物のひとつ。『ハイポーション』の効能をさらに高めた、究極の治療薬『ハイパーハイポーション』である!」
「ハイパーハイポーション!」
それは紛れもなく……。
――『緑のたぬき』……。
ポーションを受け取った院長は、治療を再開する。
「この究極の治療薬にエリクサーを合わせます。」
金銀宝石で美しく装飾された、真紅の薬瓶の蓋を取る。
「ほんの一振りでよいのです……」
神薬『エリクサー』を一振り……。
……ぱらり……
オレンジ色の粉末が治療薬に降りかかる。
――七味唐辛子っ!!
エリクサーがハイパーハイポーションと合わさった次の瞬間
湯気を燻らせ、かき揚げの香りを漂わせていたポーションは突然輝き始め、幾筋もの七色のまばゆい光線がどんぶりから飛び出した。
「う……これは」
治療室内は眼も開けられないほどの光に満たされていく。
あまりの眩しさに皆がみな、顔を手で覆っていた。
光は勢いをとどめる気配すらない。
――爆発する!
少女が悲鳴を上げようとした、その時。
「……う……」
奇跡は起きた。
重篤だった王子が、意識を取り戻したのだ。
「……こ、ここは……私はいったい……?」
どんぶり光線が徐々に収まり、そこには何と、以前と変わらないキラキラ王子が、治療台の上で目を瞬かせていた。
あれほどの重傷が跡形もなく、むしろ以前よりも輝いている感じすらある。
少女がふと周りを見渡せば、付き添っていた護衛隊の隊員たちも、ボロボロだったはずなのにキレイに回復していた。
美しいエルフの院長も、美貌が何割かアップしているように見える。
この治療室にいて、光に包まれた者たちは皆、奇跡の恩恵にあずかったらしい。
あまりの出来事に隊長は、喜ぶことも忘れて目を見張っていた。
今、王子は、検査入院をしている。すっかり完治しているらしいが、何しろ王国史上はじめて『エリクサーの奇跡』を体験してしまったのだ。しっかり検体として努めてもらおう。
そして少女は考える。
――あれは、本当に『赤いきつね』と『緑のたぬき』だったのかなぁ?
やはり、見た目が同じだけで、似て非なる、全く違う物だったのか?
それとも、少女が元いた世界の品物が、何らかの形で(少女がこの世界へ運ばれてきたように)現れたものなのだろうか?
元の世界ではただの食品だったが、この世界の住人達には、奇跡をもたらすミラクルポーションになる、ということなのか?
答えは……解からない。
確かめようのない事だった。
そのために海をこえて、遠い異国へ行く筈もない。
そもそも
――どっちも貴重品なんだよねぇ……。
そんな高価な品物、とてもじゃないが手に入るわけがなかった。
――久しぶりに……チョットだけ食べてみたかったなぁ……。
そんな感傷と共に、少女は今日も、大好きな院長の元へと小走りに駆けていった。
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