第7話 目移り厳禁(2)
「…………」
「…………」
答えは沈黙。あとは俺が実行に移すだけだが、いまいちタイミングがつかめない。この状態でいけるのか。それともやはり、もう一度謝ってから行うべきか。
バイト終わり、いつも通り駅まで歩く途中。そんな選択肢が提示されてから、はや数分経った。あの日とは違い、二人の間に流れるのは気まずい空気のみ。
ええい! 埒が明かない! ここは漢、軽見圭、突っ張っていくぜ!
「……あの、九重寺さん。ええと、その――」
「……ごめんなさい!」
「……え?」
勢い良く啖呵を切ったはいいものの、尻すぼみ気味の俺に対して、彼女から先制して謝罪が飛んできた。本当に情けない限りである。
「その、あの日のこと、なんですけど……」
「………」
「うまく……自分の中で消化できなかっただけで、軽見くんは悪くないのに……」
そう言って縮こまっていく彼女。違う、本当に俺が悪いのだと、否定するのは簡単だが、それをしたら彼女の勇気に泥を塗る結果になりうる。
――だから、彼女の左手をそっと握った。俺の有り余った熱が伝播して、はじめは冷え切っていた彼女の手が温まっていく。
「な、なっ……!」
「……どうしたの?」
「ど、どうしたって、手、手!」
「ダメだったか?」
「いや、ダメじゃ……ない、ですけど……」
喜怒哀楽、ころころと表情が変わる彼女。普段のポーカーフェイスが崩れているのが、本調子じゃない証拠だった。
「ごめん、九重寺」
「え?」
「誤解されるような行動をしたのも、九重寺の気持ちを分かってあげられなかったのも」
「そ、それは……」
「でも――」
ぎゅっと、少し力を込めて彼女の手を握る。自身の気持ちが、この繋がれた手からも伝わってほしいと祈るように。
「そんな馬鹿な俺でも、九重寺の彼氏として頑張るから。待っててほしい」
「…………」
呆気にとられたような彼女。この言葉と行動が正解だったかどうかは、いつものように悪戯っぽい彼女の笑みが教えてくれた。
「今の気持ちわかります?」
「えっ、ええっと……」
「ふふ、なーんも分かってないじゃないですか」
「ま、参りました……」
柄にもないことをした結果、最後まで格好のつかない彼氏だが、この笑顔を特等席で見れるのは、俺だけだ。
***
「さーつきちゃーん」
「なんですか?」
軽見くんと仲直り(?)をした次の日の朝。人気のない図書室に対して、やけに目立つ格好の金森さんに話しかけられる。
「ほうほう、その様子だと、仲直りうまくいったんじゃないのかね?」
「……からかうのはやめてください」
「えー、冷たーい。奈瑠美ちゃん頑張ったのにー」
「それは……ありがとうございます」
いつもと違いあちらが主導権を握る様子が気に食わないが、恩人であることに変わりはないため、忘れずに感謝をしておく。
「それにしても、本当にかるみんに、ホの字なんだね~」
「……何か問題でも?」
「いや、べっつにー。意外だなーって。二人ってあんまり共通点もないからさ」
「なんだっていいじゃないですかそんなの」
「つれないなー。ほらほら、お姉さんに全部話してみなさい?」
「そういえば、今回のお礼に軽見くんが浦風に暇な日を聞いてくれましたよ?」
「え!? ウソ、ウソ!? 知りたい!」
「えー、どうしましょうかねー」
「ず、ずるいぞー! たまにはこっちが手綱を握ったっていいじゃないかー!」
ぷんぷんという効果音とともに怒る彼女。人がいないとはいえ、煌びやかな彼女と落ち着いた図書館の空気の対比に、違和感を覚える。
「はいはい、また今度教えますから」
「ぶー、ぶー。けち。けちさつきっち」
「せっかく帰りに駅前のクレープをおごろうと思ったのに」
「嘘です、すいません。一生ついていきます」
この変わりようである。大変いじりがいがあってよろしいことで。
「さつきっちも丸くなったよね~」
「……なんですか急に」
「会ったときなんて、口角をピクリとも上げなかったのに」
「そ、それは、あなたが、私と軽見くんのお出かけしているときの写真を勝手に撮って、嬉々として見せに来たからでしょ!」
「だ、だって、接点無いのに、意外だったから確認したくなっちゃったんだもん!」
「……ふん」
高校一年生のころ、まだ私たちが付き合う前。軽見くんと一緒にデートしているところを、この女、わざわざ盗撮して確認しに来たのである。どういった神経をしているのか疑いたくなる。
内々に進めていた、こちらのプランが明るみになるのを恐れた私は、浦風くんという餌を使って、見事、彼女を手ごまに加えることに成功した。……妙に懐かれたのは、想定外だったが。
「でも、さつきっち……」
「なんですか?」
「やりすぎないように気をつけなね。かるみんのこと」
「…………」
"やりすぎ"、という言葉は一体何なのだろうか。
世界にただ一つ、それさえあれば他は何もいらないと思える人を、誰かに渡すぐらいなら……
『いっそのこと、すべてを奪ってしまえばいい』という短絡的な思考は、"やりすぎ"の範囲に収まるのだろうか。
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