第6話 目移り厳禁(1)
「すまん、お待たせ!」
「いえ、私も今来たところですので」
陽の光を受けて、スカートの裾がふわりと広がる。淡いピンクとベージュのチェックが、もう微かにしか感じられない春風を編み込んだみたいに優しく揺れていた。
トップスは白のレース。肩にかかるレースの透け感が、彼女の笑顔を柔らかく見せる。
「軽見くん? どうしました?」
「……い、いや、絵になってるなって」
「ふふ、デートなので頑張っちゃいました」
文字通り住む世界が違う彼女が、俺のために気合いを入れてきてくれたという、その事実だけで充分である。
「じゃ、行きましょうか」
「おう!」
***
見た映画はSF小説を題材としたもので、原作は彼女のお気に入りの作品だったらしかった。感想としては、前評判以上にいいものだった。
「SF映画なんてあんま見ないけど、まじ良かった!」
「いやー面白かったですね! 節々に原作をリスペクトしている様子が表れていましたし、何より配役も――」
こんなに興奮して話す彼女は久しぶりに見た。少し幼さを感じる彼女を新鮮に思う。感想会と称して話したいのも山々だが、その前に――
「あー、ちょっとトイレ行っとこうかな」
「長かったですもんね。では、私も」
お手洗いを済ませ九重寺を待つ。女子トイレの行列を見て、これはしばらくかかりそうだなと、端の方で待つことにした。
すると、目の前を大学生っぽい、ゆるふわな女性が通り過ぎる。
「きゃっ!」
スマホをいじっていたからか、そのまま躓き、小さく悲鳴を上げて転倒しそうになる女性。慌てて手をつかみ、頭をぶつけないように抱え込む。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ありがとうございます……」
どうやら、怪我はないらしい。少し周りの注目を浴びてしまっているので、すぐに離れようと手を離すと、腕を掴まれる。
「お兄さん、一人……?」
「え……?」
「どうですか? このあと、お礼にお食事でも……」
「ええ!? そ、その……」
助けてもらった恩返しとは言え、いくらなんでも急展開すぎて頭が回らない。しかし、感謝の気持ちはありがたいが、ここはキッパリと断らなくては――
「……何してるんですか?」
顔を上げると、推定、おそらく、いや絶対に、この状況で最も会いたくない人物が現れた。彼女は、笑みすら浮かべることなく、ただ、俺たちを見下していた。
「あら、女の子連れだったのですか、ごめんなさい……」
「あ、ちょっと!」
さっさと走り去って行く女性。せめて、九重寺に説明する間だけでもいてほしかった。どうやら、唯一の退路は塞がれたらしい。
「……軽見くん?」
「はい!」
「……何か言うことは?」
「すいませんでした!」
とりあえず、不可抗力ではあるものの、彼女とデート中に、他の女にうつつを抜かしていると思われるようなことをした俺が悪い。
いつもなら、ここでため息と共に赦しが与えられるはずだが、何も聞こえない。背中から嫌な汗が噴き出る。少しずつ、視線を上げていく。
「九重寺、さん……?」
「……他」
「えーっと……」
「他には?」
他!? 他……ってなんだ!? 頭を回転させる。こんなに必死になったのは、受験日に最後の抵抗として記号問題をあてずっぽうで埋めたとき以来なんじゃないだろうか。
「……す、すいません、わかりません」
しかし、結局答えは出ず、観念することにした。やるなら一思いにやってくれ、そう願ったが――
「ふーん、そうですか、そうですか」
「あっ、ちょっと、九重寺さん!?」
それすら受理されず、スタスタと歩き出す彼女。結局、その日はそのまま解散することになった。
***
休み明け、湊馬に相談をし、正解を模索したが、頼れる相棒もギブアップ。失意のままに放課後になった。
「うーっす」
「ああ、なんだ、金森か……」
教室で荷物をまとめていると、校則ギリギリの着崩しに、派手なメイク、バッチリ巻いた金髪がよく似合う女子生徒に話しかけられる。
「うわ、その反応モテないぞー。ぴちぴちのギャルに話しかけられたんだから、もうちょい喜びなさいって」
「湊馬なら、今日は部活休みでもう帰ったぞ」
「ええ!? 一足遅かったか……」
「で、この世の終わりみたいな顔をしてどうしたんだい、少年?」
「どうせ知ってるくせに……」
「まあねー。さつきっちと喧嘩したらしいじゃん」
喧嘩というか、なんというか。俺が乙女心への造詣が浅いばかりに起きたアクシデントである。
「何が原因だと思う?」
「分からんから困ってんだって……」
そう、分からないんだ。こんだけ時間をかけても。最後の希望として、藁にもすがる思いで金森に問う。
「……なんか聞いてないか?」
「いや、なーんも」
「そっか……」
……終わった。九重寺はあまり友人が多くない。唯一と言っていいほど、同性で心を許している彼女が知らないのなら――
「でも、多分だけど……」
絶望に打ちひしがれていると、自称ぴちぴちギャルさんが口を開く。
「多分、さつきっちは、かるみんにも、その女の人にも怒ってないと思うよ?」
「え?」
「どうしようもないことに怒ってる自分にムカムカしてんじゃないかなー」
どうしようもないこと……? 自分に怒っている……?
つまり、彼女は俺の行動や言動などではなく、彼女自身がアレを見て、呑み込めなかった"ナニカ"に怒っているということ――
「あっ!!」
「わかった?」
「多分! とりあえず、行ってくるわ! サンキュー! 金森!」
あの時の状況を金森のアドバイスをもとに振り返る。確かにそれは彼女としたことがなかった。ならば怒るのも当然である。
カバンを持って、バイト先に急いで向かう。最後に何か、金森が言っていたような気がするが、俺の耳には届かなかった。
***
「……これで満足? まったく、さつきっちも手が焼けるなぁ」
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