第1話 ”ようこそ、現実へ #1/2”

 2級箱庭世界 - 指定娯楽惑星-309-291 “現地呼称名 : 地球”

 個体識別番号F-7296-8401-8372-3984 “個体呼称 : ナオ”

 登録種別 : 鑑賞遊戯提供 生命体 雄型

 肉体原型 : 脊椎動物門…霊長目…ヒト属 アジア系日本人種 18歳


 肉体 形成プロセス : 完了

 生体脳 定着 : 完了

 架空世界 体験記憶 抹消確認 : …… エラー エラー


 紗雪、紗雪、嫌だ、忘れたくない

 灰銀色の髪をなびかせ、俺に微笑みかけてくれる君

 そっと髪を撫ぜると、こそばゆそうにしながら幸せな微笑をくれる君



 架空世界 体験記憶 抹消再確認 : …… エラー エラー エラー


 この胸の中で抱きしめる微かな重みを忘れてなるものか

 あぁ、なのに君は

 目の前で、砕け散る君の体、幾度も、繰り返される最悪の

 いやだ、死ぬのは俺だ

 もう2度と、君を俺の身代わりになんて


 架空世界 体験記憶 抹消再確認 : …… 完了


 魂の奥底に、大切に刻み込む、大切な俺の紗雪



 潜在値 再計測 : 完了

 登録情報 更新/最終化 : 完了

 起動 ... ...




 仄暗い小部屋一杯を占める金属容器。

 卵型を縦に伸ばし、斜めに寝かせた流線形が、音もなく貝の蓋を左右に開くように、割り開かれる。

 流れ落ちる青白い輝きを放つ粘性を帯びた液体が、床一面を満たす。

 眠るように、収められていた容器からゆっくりと、感触を確かめるように、伸ばされるほっそりとした生白い右脚。

 小部屋の床に満ちる輝く液体に照らされ、肩上で切りそろえられた、濡れる艶やかな黒髪に輝きを宿す青年。

 ゆっくりと、震えるように、瞼を開く。

 仄かな明るさすら眩く感じ、瞼を覆おうと手を顔の前に掲げ、漆黒の瞳がのぞく目をすがめる。


『ようこそ、現実へ』

 中世的な音声が、ささやきかけるように部屋に響く。




 西暦2000年後半。

 度重なる人的厄災や自然災害の末、人類の生存可能領域は2000年初頭の20%以下へ減退。

 滅亡に瀕する中、地球外生命”異性体”達による救済が、さながら神の介入がごとく、もたらされた。

 地球と人間種を彼らのための娯楽世界の一つとして提供することを条件として。

 これ以前を大崩壊前、以後を大崩壊後と称している。


 与えられた記憶ではそのようになっている。

 脳裏を探ればより細かに膨大な情報も入力されているが、現時点で深堀する意味もなければ、そもそも真実か否か、確かめるすべもない。


 異性体達の中でも、権利を勝ち取った者は、彼らのための娯楽惑星となった地球でアバター(疑似生体)という仮初めかりそめの肉体を使い、生活する。

 その姿は人類が空想してきた神話、おとぎ話、SF等々、節操なしに混ぜ合わせた闇鍋のごとく種々様々存在し

 神話種、精霊種、森霊種、夢魔種、獣人種、機械生命体、軟体生物、無機生命体……無数に存在する。


 人類はいくつかの生活タイプに分かれ暮らしている。

 ロールとも呼ばれる職業。

 そして、大崩壊前同様の地球準拠の自然生殖で生まれる天然種か、異星体準拠の技術により生を受ける調整種かで分類される。

 数多ある職の大分類だが特に特徴的なものは2つだ。


 <自然人類職:天然種> 地球各所に作られた再現空間で、かつてのさまざまな時代の人類の暮らしを今に甦らせ生活する。当人達は大崩壊が起きたことすら知らず、異星体の存在を認識することも無い。

 <空想職:調整種> 人類の空想が生み出した魔法、超能力、SF。そんな夢物語を異星体の技術で再現する力を与えられる生命。俺はこの中でも空想探索者と呼ばれる、異星体を知り、ダンジョン探索という新たな夢を追う人類だ。




「ようこそ、ナオさん。空想探索管理組合、担当職員のミキと申します。」

 桜色のロングウェーブヘアに、クリっと大きな薄桃色の瞳をした可愛らしい女の子が、にっこりとした笑みとともに語り掛けてくる。

 両肩が露になったホルターネックのイブニングドレス。

 紺碧色を基調とした、グラデーションを描く、透け感のある薄地の生地。

 そっと肌を隠す薄青色のショールの裾を胸元に両手で重ね、軽くお辞儀をすると、髪を飾る銀細工の花にあしらわれたサファイヤがキラリと輝きを放つ。


 与えられている記憶を探りながら、音声案内に従い、外のパネルに”生誕室”と刻印された金属容器が置かれた部屋を出た先。

 全身をあたたかなお湯で洗い流し、ふんわりと優しい温風で乾燥してくれた浄化室を経て、用意されていた白い貫頭衣と内履きを着用の後、銀色の細い腕輪を左手首に装着する。

 銀灰色の金属質な壁に囲まれた通路をさらに音声案内に従い進み、金属扉をくぐると目に飛びこんできたのがこの半径30m、6階層をぶち抜いた円筒形の圧倒されるような広大な空間。

 内装は一転、木目も鮮やかな総木材張りで各階ごとの腰壁づくり。円筒の外周部通路に並ぶ数多あまたの扉。出てきた扉も円筒内面側は木材で装飾されていた。

 外周通路から上下に重ならぬよう螺旋状に配置された各階4本の空中回廊で橋渡しされた先、中央を縦に貫く円柱構造にはカウンターが多数設けられ、それぞれに役割を示す案内札が掲示されている。

 中央円柱の外周にはこれまた広々とした空間が設けられているが、1階を除き上層階程豪奢なつくりとなっている。

 随所に両腕を広げたほどの電子パネルが埋め込まれ、様々な情報が表示されているかと思えば、可愛らしいもこもこと毛に覆われた小動物たちが戯れ、また別のパネルでは水中を優雅に泳ぐ色とりどりの魚を映し出す癒しの映像が流れている。

 否、映像と思いきやよく見ると壁面に埋め込まれたガラス張りの疑似緑地や水槽だ。

 1階正面入り口と思しき、ひときわ大きく、総身に精緻な彫刻の施され開門されている高さ3m程の金属扉が、ぎりぎり中央円柱越しに見える。そんな右奥2階部分が出てきた扉だった。



「制服にしてはずいぶんとその……」

 175cmある自身の身長からはちょうど、ふくよかな胸の谷間があまりに美しくも唐突なドレス姿からのぞいて見えるミキの姿に、若干目を泳がせるナオ。

「うふふ♪ こういうのがお好きかなと思って。今日はナオさんの生誕の日ですもの。ミキ、張り切ってお待ちしていました」

 向かう先の2階カウンターに並ぶ受付職員たちをふと見渡すと、意外とまちまちの格好をしているのが見て取れる。

 多くは露出を抑えつつも、フリルやレースたっぷりのシャツにコルセットドレスや、ドレッシーなスーツスタイル。

 男性職員もまるで執事服のようなスタイルで統一。

「もっと堅苦しいものかと思っていましたが、皆さんお洒落な格好なのですね」

「えぇ。異星体の方へのご案内とかもありますし、この空間自体が一種の遊興惑星としての演出ですからね。さて、基礎知識はお持ちと思いますが、念のため、基本的な説明から申し上げますね」

「お願いします」

「ナオさんのロールは空想探索者。かつて人類が空想した剣と魔法の世界、空想科学の世界、さまざまな夢の結実した力をもって異性体の皆様へ観戦型ならびに参加型の遊興を提供していただきます。

 日常主要コンテンツはダンジョン攻略形式。定期/不定期に開催されるランキング戦やイベント/大会へも出場いただけます。人類にとっては一番夢のある、人気ロールでもあります♪」


 片目をつむり、豊かな胸を寄せた両腕で押し上げ、いたずらな子猫のようなお茶目な仕草で下から覗き込んでくるミキ。

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