「なぜ、異世界じゃなくて現代でモンスターを倒す必要があるんだい?」
今日も先輩は絶不調のようだ。
机に上半身を預けグテ〜っとしてる先輩は昨日の続きのようにそんな疑問を投げかけた。
「まあ、確かに。異世界でモンスターをハントしてればいいのに、なんでわざわざこっちでとは思いますね」
「例によってそこに引っかかったよ。他にも洞窟の中で配信できる環境とかゲーム的なレベルアップとか色々あるけどまずはそこだ」
「まあ、異世界って不便ですから」
「ほう?」
同じ姿勢のまま顔をこちらに向けた。いつもは知性の輝きを放つ眼鏡も、今の状況では先輩の威厳のなさを彩るアクセサリーに成り下がっていた。
「一定の見解がありそうだね。聞こうじゃないか先生。本日の授業もよろしく頼むよ」
「はいはい」
先輩の向かいに座ると同時に先輩もようやく背筋を伸ばした。いつもの先輩リターン、と言いたいところだが、うつ伏せになったせいでシワクチャになった制服がいまいち空気を引き締めてくれない。
そんなこともお構い無しにゲンドウポーズを取った先輩はワクワクしながらこちらを見ていた。
「不便ってのは文字通りの意味で……口さがなく言えば、生活水準が低いってことです」
「なるほど。異世界といえばナーロッパとか揶揄されるように、中世欧州のイメージが強いから、生活もそれに倣うイメージになるね」
でもだよ? と先輩は疑問を投げかける。
「そういった不便さに現代の水準を持ち込んで、俗に言う『俺SUGEEEE!』展開になるのも醍醐味なんじゃないかい?」
「ぶっちゃけた話。最強主人公に求めるものじゃないんですよ、シムシティ要素って」
俺が思うに、最強主人公の良さとは、世の無常をその埒外の力で薙ぎ払うさまにあるのだ。
政治的要素が混ざる生活インフラの底上げとかの要素は、物語を彩る要素ではあるが、多くの読者は読み飛ばすんじゃないかな?
「異世界の無双が流行ったのは、極論を言えば暴力によって自分の地位を上げることを肯定されていたからです」
「その言い分だと、現代でそれが可能になった世界線が、現代ダンジョン物だと?」
「正解です」
どっちも極論、ギルドに行って、モンスターを倒して、お金をもらって、ランクを上げて自分の地位を獲得する。このサイクルは変わらない。
変わってるのは、それぞれの生活環境だ。
「そうなってくると異世界の不便さは、物語を彩る伏線から、都心から離れた田舎町の様相に成り下がったんです」
「極論すぎないかい?」
「言い過ぎたかもですが、ニュアンスはそういうことです」
さらに言えば、文明の利器に触れるメリットも見過ごせなくなる。
「特に、スマホによるリアルタイムの配信という文化は、最強主人公が世間に露見するのに便利すぎましたね」
「どんなに主人公が嫌がっても抗えない最強ツールだね。一億総監視社会の怖さがにじみ出てるように思うよ」
「まあ、確かに。でもその程度で手放せないほど便利すぎる舞台装置ですからね、これ」
こうして現代ダンジョン物は主人公が暴れる環境と、暴力以外の要素に割り振るリソースの節約に加えて、自身の地位向上に便利すぎる装置まで揃ってしまったわけだ。
流行る理由も分かるというものだ。
「現代で暴力による地位獲得を狙える環境を整えつつ、主人公の地位向上を図りやすい状況を作りやすい。それが現代ダンジョン物の正体だと」
「俺の意見ですけどね」
「的外れじゃない気がするね」
先輩はウンウンと考えを咀嚼するように頷きを繰り返している
「最初、現代にモンスターが現れた話と聞いた時は、モンスターパニック物の亜種だと受け取っていたんだが、全然違うね」
「例えば、現代ダンジョン物のモンスターがダンジョン外に日常的に飛び出したらそうなると思いますよ? でもそれって文明崩壊待った無しなんで、あまり現代にした意味がなくなると言うか」
「そのとおりだね。モンスターもダンジョン外に出なければ現実のクマみたいなもの……いや、クマより安全ですらあるのか」
「クマより無害なモンスターとは笑うべきなんですかね?」
「色んな意味で笑えないね」
話が途切れたので話題を変えよう。
「で、先輩。肝心の参考にするって話、どうでした?」
「今回も私の手に負えないよ。私が書くとしたら、ダンジョンによる超人化の謎から、超常存在による人間の管理社会化につながる、無駄に壮大な話になっちゃいそうだ」
「ある意味気になるけど怖い」
需要はありそうだが、先輩が書く気がないならしかたない。
「となると、いよいよお茶を濁す案が現実味を帯びましたね?」
「出すしか無いのか……あれを」
なんだか覚悟を決めたような決め顔の表情を浮かべた先輩だった。
「大げさな……いったいどんな話を書くつもりで?」
「そうだな一言で言うと」
クイッと眼鏡をかけ直しながら、先輩は無駄に眼鏡を輝かせて続けた。
「私は現代日本版ポーラ・スミスになる覚悟を決めたぞ、後輩くん」
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