美しき世界に血の花を

ネオローレ

プロローグ

交易が盛んな都市アースレスト。

15年前戦争で実質獲得したミズラルドの貿易都市だ。

背後には高く聳え立つ山と2方の川が堀をなす守りに長けた土地。

空には、見慣れた色とはずいぶん違う色が翻り、街はいまや西方からの防衛拠点になってしまっていた。

その裏山で密やかに、明らかに人間ではない者、ざっと10人ほどが話し合っていた。

「ーー我々魔族は、あの忌まわしき15年前から人間どもに植民地同然、国としての体を保ってない条約を結ばされていた。だけど、もうこの苦しい時期も終わり。反撃の目途が立った。これで私達は再び世界の地位を・・」

「へぇー?その『目途』ってなあに?私わかんないよー?あんま話し続けないでさっさと説明してよ。怒っちゃうよ~?」

「シンメ。お前一回黙ってくんね?」

淫らとしか形容しようがない衣装を着た女は皆から一斉に非難されても舌を出しただけだ。

「あなたが情報収集をしたんだから知っているはずでしょう。場を意味もなくかき乱すのはあまりやめてくれない?」

「は~い。」

背もたれにドカッと寄りかかり、天井を見上げた。

「だが、目途ってのは本当に何でしょう?生半可な策じゃ彼奴に真正面から突き破られるますよ。」

「そうね。いくら上質な策でも打ち破られる可能性が高い。」

「じゃあどうするんだ?」

しっかりと前を見据えて深呼吸をしてから言った。

「奇想天外な策であり失敗の可能性も高いけど、一つ、見つけた。

・・・発想の転換よ。」

「はあ?」

「考えてみなさい。人間にできることが何故私たちにできないの?」

「・・・お前、まさか」

「少し、思い出してみましょうか。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


もう何度目かも分からない轟音が鳴り響く。次いで人間特有の魔力の香り。相も変わらず何も考えてないような匂いだ。自分を正義だと信じ込んでいる。

「ふむ・・・。もうそろそろか。」

隣にいる王が言った。

確実に音や匂いが近づいてくる。そこから察するに数は2人。

こちらの陣営は王と近衛兵4人。ならば階下から増援を・・。

「小細工はよせ、クエル。ここまで来てしまったら意味もなかろう。」

「しかしながら王よ!敵はたったの2人。敵がいくら強大でも不意打ちを重ねれば・・。」

「小細工はよせと言っているのだ!」

戦斧を床に勢い良く打ち付けた。

「あれを見よ!」

指差した窓の外に広がるのは火、火、火。空が赤くなるほど焼き払われ、ここからでも火薬の匂いが伝わってくる街の姿だった。

「奴らは我が街に雪崩れ込んだ時に漏れなく火を放っている。魔族を潰すためだけに無垢の民たちまで巻き込んで。」

「だからなんだと言うのですか!人間どもは勇者さえ殺してしまえば後は有象無象です。ならばここで騙し、殺してしまえいいではありませんか!」

「お前は人間を甘く見すぎている。いくらここで勇者を倒しても我々は数が減りすぎた。巨人族も今は従っているが奴らがいつ裏切るか分からぬ。民をこれ以上無駄に疲弊させ、負けるのだ。そこまでしてする不意打ちに意味はあるのか?」

「・・・ならばどうしろと。」

扉を遠い目で見つめながら戦斧を握り締めた。

「・・お前は逃げろ。」

クエルの反論を封ずように間髪入れずに

「私が少しでも和平を有利な条件で取り付けさせるために交渉する。クエルなら少しの取っ掛かりから最大限の利益をとれるだろう?」

と言い切った。

理由は非常に理にかなっている。ここで私が残ることによる良いことなんて一つもない。

だが、

「王よ。此度の敗因は私の戦況の読み違えで責任は私にあります。

私はこのまま生き恥を晒してまで生きたくはありません。

ここで奴らに一矢報いて王とともに死ぬ以外に私の道はありませぬ。」

「馬鹿者!」

壊れかけの城が、震えた。

「むしろお主は良くここまでやった。凡庸な者ならあの災害のような勇者にものの3か月も経たず王都まで攻めかけられたであろう。クエルの功績で1年も粘り和平交渉に応じるくらいには人間側も傷つけた。何処に生き恥を晒した要素があるのだ!」

何も、何も言い返せない。

ただ、このまま復讐心に囚われるなら、


    

  

いっそ死んでしまいたい。



「ですが!ですが私は!」

「五月蝿い!何度言っても解らぬか!」

爆発音がより近くなり、新たな匂いを後ろから2人、追加で感知した。これで4人。

王もそれに気づいたのか、顔を上げ、軋み始めた扉をキッと睨み、

「王国防衛及びミズラルド侵攻作戦総司令官、クエルに王命を下す。

今すぐこの部屋から脱出し、魔族再起への道筋を作れ!」

命令に答えるか一瞬逡巡した間に、

腹に脳が硬直するほどの衝撃を受けた。


ーーー王に、腹を、蹴られた。


それを理解すると自分の体の周囲に魔力の流れが急速に流れ始めた。

恐らくは、ーー転移魔法?

抗議しようと口を開く。

王と目が合った。

王の目は、今迄見てきた事がない。

王という立場が人前では絶対に見せてはいけない、頼み込むような眼をしていた。

直後、世界が白く染まり、

次の瞬間に広がったのは、裏の山から見える炎上した町と、魔法の光が激しく光る王城だった。

15分後


夜の山に似つかわしくない虹色の光が辺りを照らした。

かすかな希望を持ち、王城を向くその瞬間、轟音とともに城の、丁度王の間の部分が爆発した。


後に響いたのは人間の鬨の声と燃え上がる炎の音だった。


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静かに目を閉じれば、当時の空の色や匂いまで鮮明に蘇ってくる。

「・・あれほどの強さを私たちも手にし、あちらの勇者にぶつけてしまえば後は魔族と人間との純粋な勝負となります。」

会議場は水を打ったように静まり返り、全員が思考と回想の海に浸っていた。

「な〜るほどね。そうか、勇者の力か・・・。

確かにあいつは強かった。一人だけ神代の時代から来たのかってくらいな。」

小柄な男がため息をつく。

ずっと考え込んでいた男が顔を上げて、

「・・・クエル女史。この策は確かに強力で人間への意表を突けるでしょう。

ですが、失敗の可能性が高いとはどういう事でしょうか?

恐らくもう既に儀式の詳細を掴んでおられるでしょうに。」

と言った。クエルは目を伏せ、

「1つは儀式が失敗する恐れがあること。ですがこれは問題無いです。既に魔法陣の書き方まで全て把握してますから。

ですがこれにより一つ大きな問題が出てきました。

・・・勇者の裏切りです。」

会議場が俄かにどよめく。

「この点は・・・シンメ。説明を。」

途端。待っていたかのようにそらした体を勢い良く戻した。

「えっと~。私が独自ルートで入手した魔法陣だとね。人間しか召喚できないの!」

「はあ⁉それで俺らは召喚した人間に、人間を滅ぼすのを手伝ってくれー。って言うのか?

無理に決まってんだろ!直ぐにこっちに切りかかられてそれで終いだ。」

小柄な男が強く反発する。

「フルト。一応前回の戦を仕掛けてきたのは人間側です。それに他の世界の人間なので仲間意識も薄いでしょう。そこの心理をうまく利用すればこちら側につく可能性は十分にあります。」

「まあ戦ってる途中に裏切られないとは確約できないけどねー。」

「それが一番の不安要素だろ。」

やいのやいの言い争う途中で老爺がゆっくり手を挙げた。

「失礼。クエル殿。その様な不安を抱えてまで勇者を呼ぶ必要は無いのではないかのう?

勇者だって所詮は人。寿命なり病気で死ぬのを待てばいい気がするが。」

「実は無理なんだよ~。ガル爺。」

「黙れ。お主に聞いていない。クエル殿に聞いているのだ。」

「・・・シンメも言った通り無理です。」

「何故?」

「人間軍が再侵攻することが決定したようです。その為じっと待っているとまたなすすべもなく勇者に負け、今度こそ全滅するでしょう。」

そう言うとひげを撫でながら押し黙ってしまった。

「・・・ならば召喚は早いほうがいいでしょう。いつ決行するのですか?」

「1週間後、タラカナの夜の日です。」

「ああ、あの一瞬昼が夜のようになる日か。」

「ええ。どうやらそのくらいの特別な日でなければ起動しないようです。」

そしてクエルは息を吸い、

「今回の作戦は言い方は悪いですが、如何に勇者の心をとらえるかが鍵になってきます。

全員、勇者には色々な感情を持ってるでしょうが最大限の敬意を払って行動してください。」

「応!」

全員の声が響きあい、各々がやるべきことへと動き出した。

クエルは立ち上がり、変わり果てた王都を見た。


王よ。王命を果たす時がやってまいりました。

臣クエル。命を賭して・・・。かつての威光を復活させましょう。


鬱蒼と茂った森に、一陣の優しい風が吹いた。

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