詐欺にも似た手口
「・・・は係り結びなので・・。」
うん?
「こら!名草君。寝てる場合じゃないでしょうが!」
先生から怒鳴られて慌てて目を覚ます。
しょうがない部分はあると思う。昼飯後の古文なんて寝る要素しかないのだ。
演習の授業ならなおさらだ。
「良いですか!ここの助動詞が解らないとまずいですからね!
テストで困っちゃいますからね!」
知ったことか。古文なんてどうせ将来ほぼ使わないんだ。
しょうがなく配られた演習プリントに目を落とすと僅かな睡眠前の抵抗で綴られたぐちゃぐちゃな線が問題を覆っていた。
ため息をつきながら消しゴムでそれをガシガシと消し、次の問題を見る。
下線部の助動詞の文法的意味を答えよ。
「かくあまたの人を賜ひてとどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。」 (竹取物語)
「賜ひて」は上から目線だから、これは使役か。
・・・竹取物語って月から地球に来るって話だよな。
もう千年前なのに、異世界から美少女が地球に転生してきた。っていう割と見ない設定してるな。昔の人も転生ものは好きなのかな?
そうやってまたとりとめもないことをつらつらと考えだし、
10分後、また先生の大声に起こされた。
自分の生活は悉く普通である。強いて言うなら、少しサボる癖があるのみだ。
今日だって山にある学校に頑張って自転車で行き、10時間もしたら帰ってくる。
その繰り返しだけでも毎日かなり疲れる。
家に帰ると、母さんが台所から声をかけてきた。
「名草、明日の弁当どうする? から揚げ入れていい?」
「……あ、うん。ありがとう。」
「あんた最近夜まで何してんの?寝不足になるわよ。」
「まあ、ちょっとね。」
逃げるように階段を上がり、部屋に入る。
机の上の参考書、ベッドの上の制服、そこに混じって転がるスマホ。
ありふれた部屋。ありふれた日常。
俺はベッドにダイブして、天井を見上げた。
……正直、最近ずっとぼんやりしてる。
何を頑張ればいいのか分からない。
大学受験も、将来も、いまいち実感がない。
ただ、一つ。「誰かが「助けて」と言ったら、迷わず手を伸ばせ――。」
昔の死んだじいちゃんが俺に言い残した言葉だそうだ。
だから親は勿論、他ならぬ自分だってかくあろうと最大限の努力をしてきたつもりだ。
だけど、思ってるだけで実際にそんな場面は来ないんだけどなあ。
もし授業中に不審者が入ってきたら、俺が落ち着いて従ったふりをしながら隙を見つけてーーー。
そう妄想しながら寝転んでいると、不意に、瞼が重くなってきた。
「おーい。名草!ご飯だって言ってるでしょ!いい加減・・・。」
手に持った皿を取り落とした。
もぬけの殻となったベッドと部屋、どこにも見当たらない息子に母は崩れ落ちた。
気がつくと、白い空間にいた。
上下もわからない、ただ光だけの場所。
「……え?」
声が出ない。
足が地についてる感じもしない。夢だ。たぶん夢だ。
だがその推測を打ち破るようにどんどん自分の感覚が夢とは思えないほど鮮明になっていく。
次いで光しかなかった場所に建物が形作られていった。
その建物もまた夢かと疑うほど、白一色の現実にはないようなデザインだった。
その時、後ろから声が響いた。
『救いを求める者がいます。あなたに、その声が届きました。』
女性の声だった。
大海のような広大さを感じ、それが凪いでいるように感情の起伏が一切ない声だった。
『彩月名草。あなたは選ばれました。
アマテラス様にも許可をとりましたし、救いを求めるもののため、異世界へ征きなさい。』
アマテラス?あの伊勢にいる?実在するの?
いや、今はいい。
どうでもいい問いは一旦脳内に押し込み、肝心なところを聞く。
「は? 転生? ……俺、死んでないけど?」
『問題ありません。死を必要とはしません。』
「・・・俺のもともとの生活はどうなんだよ。」
『問題ありません。残念ですが皆様の無意識領域で処理させて頂きます。』
「帰れるんですか?」
『問題ありません。 やるべきことが終わり、希望を出せばその時点で元の世界に戻れます。』
いくら聞いても問題ありません。しか返ってこない。不安の塊だ。
普通に考えてこんな有り得ない眉唾な話普通に受けるべきではないだろう。
だけど、どこかで“来たか”という奇妙な興奮もあった。
このまま過ごしていても何も変化がない一生だ。ならば、元の世界に戻れるのならばここで一回海外留学より壮大な異世界へ行くのもいいだろう。
「……まあ、いいか。困ってる人がいるなら、助けてやればいい。」
無駄にカッコつけて言った。
『わかりました。もちろんですが、今からあなたへの願い相応の力を授けます。』
俺の身体が光に包まれる。
あたたかいのに、どこか冷たい。
その感覚の後、一気に部屋が元に戻り、そしてまた白になり物体との境界が消えた。
心の奥が引っ張られるような感覚のあと――
視界が一瞬で反転した。
黒と白の入り乱れた視界。どこから流れてるか解らない轟音で気を失いかけた
その中で誰かが、叫んでいる気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず感じたのは草の匂いだった。
目を開けると、木々に囲まれた森。
吹き抜ける風の音とかすかに聞こえる動物が草を駆け抜ける音。
現代日本ではもう余り見かけない風景が広がっていた。
「・・・マジかよ。ほんとに転生したのか。」
腕を見ても普通の人間だ。
服も寝ていた時のままで何かしら新しい刀などの武器も見当たらない。
しばらく待ってみても天の声や案内役の動物などからの説明も一切ない。
そして何より、文明の気配を一切感じない。
「・・・何で誰も人がいねぇんだよ。普通王城とかで、お待ちしておりました勇者様ってやるもんじゃないか?」
ああ、思い付きだけで来るもんじゃなかった。・・・こんな所。
初動から上手くことが進まないせいで一気に不安と安請け合いした後悔の念が浮かんできた。
項垂れながら仕方なく辺りを探索することにした。
しばらく歩いていると森がだんだん開けてきた。
そこには大きな町があり遠目から見ても交易の馬車・・らしきものや人の流れや城の大きさでかなりの規模の町であることは想像できた。
「あそこが王都・・・なのか?」
疑問は持ちながらもこのまま山の中にいても埒が明かない。
一歩を踏み出した瞬間、空気が止まった。
次いで自分の動きが蛇のように冷たく、何となく気持ち悪い縄によって止められた。
そして背後から、冷たい指先のようなものが首筋をなぞる。
「……え?」
「ミィつケた」
後ろに思い切り引っ張られ、世界がぐにゃりと歪んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・終わったわね。」
「あら、アマテラス様。見ていらっしゃいましたか。」
「まさか本当に2つ返事で行くとは思わなかったわよ。まだまだ神の威光は薄れていないということね。」
そしてアマテラスは近くの椅子に腰掛け、指を軽く鳴らす。
部屋が伊勢神宮にどこか似ているような白木の内装に戻した。
「・・・多分、あの子勘違いしてたわよ。軽はずみに噓はつけないからって重要なところ隠して伝えるなんて。詐欺師の神にでもなるつもり?」
「滅相もない。救いを求めたものが言った通りに伝えただけですよ。」
そして水鏡の中で引きずられてる名草を見つめて
「彼は、望まれた場所に行ったのです。」
と、言い切った。その眼の中には善意しか見当たらなかった。
「・・・そう。まああの子が決めたことだしね。
用が済んだなら帰りなさい。余り他の神の世界に長くいるもんでも無いでしょう。」
「そうですね。では。」
お辞儀をして、失礼しました。と言って帰っていった。
沈黙。
静寂の中に一柱残され、ため息をついて思わず口走る。
「はあ・・・。今度からはあの詐欺師のお願いは断ろうかしら。」
美しき世界に血の花を ネオローレ @neoro-re
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。美しき世界に血の花をの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます