第三十一話 カレン=ヴィジャットの初恋 (2)

 その頃、宿舎の食堂では五十人ほどの騎士達が、休み前の者だけが、許可されているエールを片手に夕食を取っていた。


 食堂は、かなり広めで六人が囲めるテーブルがいくつも並び、それぞれに仲の良い者同士が集まって談笑していた。


 しかし、その食堂の一角だけ、他のテーブルとは違う雰囲気になっているところがある。


「白神様は、いつもこちらでお食事をなされているのですか?」


 仁は、両隣に座る女騎士の一人に話しかけられる。


「ああ。ここのメシは少し味が薄いと思っていたが、慣れてくると悪くないからな。」


 すると、逆側に座った獣人の女騎士が対抗するように顔を向けると言った。


「それは、いけません!それでしたら、私が作ってまいりましょうか?白神様のお口に合うようなお食事をご用意します!」


「いや、このままで十分…」


「いけません、白神様!私が作ってまいります!お好きな物とかはないのですか?」


「いいえ!私が…それよりも、どこか美味しいお店にご案内致しましょうか?…これでも市中を回っておりますので、美味しいお店も存じておりますし…」


「あなた、見回りの仕事中に何をなさっているの?!…白神様、やはり手作りの方が…」


 仁のテーブルには、いつも五人の女騎士が交代で座って取り囲んでいた。


 紅焔騎士団には全部で十五名の女騎士が所属しているがいずれも独身だった。


 仁の知らないことではあるが、女騎士達は互いに抜け駆けしない様に協定を結び、五人ずつが交代で仁のテーブルを囲んでいるのだった。


 当然、耕助は他のテーブルで男達と食事を取っている。

 初めは、仁と一緒だったのたが、今のようなやり取りが繰り返されるようになり、その場に居づらくなって、今は他の男達と食事をするようになったのだ。


「…神代殿。いい加減、あれはどうにかならんのか?」

 

 耕助よりも体格が一回りも大きい、褐色の肌を持ったボルガン=レーヴェが口髭にエールの泡を付けながら話しかけてくる。


「どうにか?…出来るわけないだろ?」


「それにしたって、毎日毎日あの調子だと他の連中も面白くないぞ?」


「面白くないのは俺もだって!アイツは、前の世界でも軍の中ではいつもあんな感じでな?俺は、ほとんど一緒たったが、まるでいないみたいに扱われてたんだ。」


 ボルガンは、悲しそうな顔で耕助の肩に手を置く。


「…辛かったな…。」


「うるせえ!」


 すると、今度は別のテーブルから来た狼のような顔をした獣人の騎士が耕助の隣に座って首を傾げる。


「だけど、普通、獣人族は人間族の男に惚れたりしないんだけど、どうなってんだ?」


「知るか!…アイツはな、いつもいつも老若問わず国籍問わずでモテまくってたんだぜ?今更じゃねえよ。」


 今度は、獣人の騎士も肩に手を置く。


「…苦労したんだな…。」


「やかましい!」


 耕助は、そう喚くと木のジョッキに入っていたエールの残りを一気に飲み干した。


「…一度、神代殿から白神殿にガツンと言ったらどうだ?」


 ボルガンもそう言って自分のジョッキを空にする。


「はぁ?お前ばかりモテてずるいぞって?…お前、俺をどうしたいんだ?…それにな、アイツはああ見えて…」


 そこまで、耕助が言った時だった。

 食堂の扉がバン!と大きな音を立てて開いた。

 そこには、顔を赤くしたカレンが肩で息をしながら立っている。


 「ふ、副団長!」


 仁のテーブルから一瞬で女騎士達の姿が消える。

 耕助は、その様子に自分の席を立つと仁の真向かいに腰を下ろした。


 カレンは、一頻り食堂内を一望して仁の姿を見つけるとそのテーブルに歩み寄る。

 その表情は、まるで今にも飛びかかりそうな顔をしていた。


「…仁。お前、なんかしたの?」


「知らん。まったく覚えはないな。」


 仁は、口にしていた肉をエールで流し込みながら近寄るカレンに視線を向けた。


「…どうかしたのか?随分、険しい顔をしているぞ?」


 その言葉に、カレンはハッとして自分の顔を触る。

 たしかに、強張っている上に火照って赤くなっている気がした。


「…食事中にすまない。た、大したことではないんだが…。」


「気にするな。…とりあえず、座ったらどうだ?」


 そう言って、耕助の隣の席を勧める。

 すると、カレンはそこに座る耕助をジロリと見た。

 耕助はそれで察する。


「あ、俺、エールのおかわりもらってくるわ〜…。」


 そう言って、ジョッキを片手にテーブルから遠のいて行く。

 その様子に、仁は小さくため息をついて立ったままのカレンに話かけた。


「それで?その大したことじゃない話ってのは?」


 そう言われて、カレンはここに来るまでに頭の中で散々、練習した言葉を話そうとした。

 しかし、頭が更に逆上のぼせそうになって上手く口から出てこない。


(どうしたのだ?簡単ではないか!…明日、一緒に王都を回らないか?…それだけだ!)


「あ、明日は仁殿は…休みなのか?」


「ん?知らなかったのか?…一応、そのつもりだ。」


 そう言って、ジョッキを振る。


「そ、それでは…明日はヒマがあるのか?」


「まあな。行くところも特にないしな。」


 そう仁が言うと、カレンは心の中で叫んだ。


(今だ!ここで言うんだ!…一緒に王都を回ろう!言え!言うんだ!)


「そ、それなら…」


「それなら?」


 カレンは、必死の思いで口を開いた。

 …だが、それはまったく違う言葉を声にしていた。


「…私と、明日、手合わせをしてくれないか?」


(なんだってー?!私は何を言っいるんだ?!)


 カレンの心は物凄いパニックに陥った。

 しかし、仁は面白そうに笑ってまともに答える。


「わかった。いいぜ?…魔装騎士マジックメイルか?それとも剣か?」


(仁殿!違う!違うのだー!)


 心は叫び続けるが、カレンは表情を引き攣らせながらも言葉を続けてしまう。


魔装騎士マジックメイルの操縦は、私には遠く仁殿には敵わない。良ければ剣でお願いしたい。」


(…何を言っいるんだ、私は。)


 堂々と、胸を張って言葉を出している割には、カレンの心は自分にスッカリ呆れている。


 すると、その話に聞き耳を立てていた耕助が声を上げた。


「おお!マジか?!一騎当千のカレン副団長と異世界屈指の傭兵が戦うってことか?!」


 それを聞いて他の団員達も囃し立て始める。


「おおお!それはスゴイ!絶対、見ものだな!」


「いや、副団長にはこの際、白神殿を叩きのめしてもらいましよう!」


 ボルガンが、エールのおかわりを更に掲げて他の団員にも声をかける。

 すると、逆に女騎士達から黄色い声が鳴り響く。


「白神様!遠慮することはありません!副団長なんてやっつけて下さい!」


「なんだと?!お前等、副団長に向かってなんてことを!!」


「あなた達こそ、白神様に何を言うのよ?!男の妬みって、本当に可哀想ね!」


「おとなしく聞いてればいい気になりやがって…」


 カレンの心の叫びを余所に、周りは二人の対決に盛り上がりを見せる。

 そして、耕助がこれ以上団員同士が揉めないように仕切り始めた。


「よおし、お前ら!!この世紀の一戦をタダで終わらせる訳にはいかねえ!…俺の仕切りでここはやらせてもらうぜ!…副団長に賭ける奴はいるかぁ?!」


「おう!俺は、副団長の勝ちに銀貨十枚を入れるぜ!」


 一番最初にボルガンが声を上げる。


「俺は二十枚だ!副団長!頼みます!」


「白神様!私は、白神様に銀貨三十枚を賭けさせて頂きます!」


「私も同じです!絶対に勝ってください!!」


 二人に対する賭けは最高潮に達していた。

 それを、賭けの対象である二人は見ることなく互いに見つめ合っていた。

 仁は、微笑んで見せるとジョッキを握っていた手を離してカレンに差し出す。


「それで?時間と場所は?」


「明日の朝の十時に騎士団本部の試合場でだ。そこに刃引きの剣がある。…それでどうだ?」


 そう言いつつも、カレンの心は泣いている。


「よし。お互いに悔いのないようにやろう。」


「もちろんだ。やるからには本気でやらせてもらう。…覚悟してもらおう。」


 カレンは、言いたくもない言葉を躊躇いもなく紡ぐ自分に怒りながらも仁の手を握った。

 そして、少しでもこの場から離れたいという思いで踵を返すと、もと来た扉から食堂を後にした。


 食堂を出ると、カレンはそれまで怒らせていた肩を竦め自分に呆れながら呟いた。


「…どうして、どうしてこうなった?」


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る