第三話 機密作戦 (3)

「グリズリー?生きてんのか?!」


 状況や置かれた環境から見てもその機体が動く気配はなかったが、小さな赤いモノアイのランプが不気味に灯るのが見える。


 二人は咄嗟に左右に別れて、ギギギ…と軋むような鈍い音を立てて凍りついた体を動かし始めているグリズリーにマシンガンを構える。


「どうする?!」


 耕助の質問に答える事なく、仁のラグナロクはドン!と発砲音を立てコクピットの辺りに穴を空ける。

 すると、まるでそれが合図だったようにラグが複数の熱源感知を告げた。


『熱源反応、複数発生。その数、五。散開しています。回避行動を推奨します。』


「当たり前だろうが!」


 耕助はそう叫ぶと散開した一体に吹雪の中でリニアブーストを発動させて迫撃する。


 だが、カメラで捉えたその一体は凍りついて思うように動けないのか、それとも他の理由で動けないのか、まるで一歩一歩踏みしめるように移動していた。


 耕助はその不気味な動きに違和感を感じて、両足を撃ち抜いて雪上に倒す。


「ラグ。自爆の可能性は?」


『ありません。爆発も含め感知出来るエネルギー反応は検出出来ません。』


 ラグの言葉に用心深く近づくと、仰向けになったグリズリーのキャノピーを力ずくで開け放つ。

 予想していた通りコクピットはもぬけの殻だった。


 グリズリーは、簡単な攻撃行動ならAIが自動オートで可動させる事が出来る。

 それはあくまで基本行動で、歩く、止まる、撃つ。ぐらいなものだ。それ故に今回のようにブービートラップとして使用されることもあった。


 因みに、その機能は米軍のコングにも標準装備されている。

 

「…トラップか。どうやら本当にここは死んでるみたいだな。…仁!そっちはどうだ?」


「とりあえず全部片付けた。だがまだ残りがいるかもしれない。このまま目標に向かうぞ。」


「了解。」


 耕助は倒れたままのグリズリーを尻目にリニアブーストを発動させてダッシュすると、ただの残骸に姿を変えた四体のグリズリーの前に立つ仁と合流した。


「トラップなんて意味あったのか?」


「知らんがロシアの置き土産だろ?本格的な戦力を相手にするにはあまりにもお粗末過ぎる。おそらくレジスタンス辺りが、また侵入するのを待ち伏せするために用意してたんだろうな。」


 仁は一旦センサーの反応力をチェックしてからサラに指示を飛ばす。


「サラ。熱源を中心にセンサーの範囲を広げてくれ。」


『YES』


 そして、研究棟に向かって体を向ける。


「義理堅いことで。とりあえずは命令通りに行動するんだな。」


「まあな。そうしないとこの作戦の意味も何も分からないままだろ?」


「罠かもしれないのに?俺は別に分からないままでもいいんだが…」


「それじゃ、ここで留守番だな。俺は行くぜ。」


 仁はそう言うと躊躇う素振りもなくリニアブーストで前方へ弾け飛んだ。


「分かったって!行きゃあいいんだろ?行きゃあ…。」


 慌てて耕助もそれに続く。


 二人は、エレノアから渡された情報に従って敷地の中央にある研究棟を目指した。

 その地下に、目的とする情報の集積所があるとのことだった。


 数分後、四階建ての研究棟に辿り着くと仁は諭すような口調で語りかける。


「安心しろ。確信はないがエレノアは俺達を始末するためにここに行かせたんじゃない。」


「根拠はあるのかよ?」


「あの女がそれだけのために、これだけ手の込んだ事をすると思うか?アイツならいくらでもやり方もあるしチャンスもあるはずだ。」


 耕助は仁の言葉に納得したように頷く。


「なるほど…おまけに自分で作った新型機を俺達に渡したりな。」


「そういうことだ。だが、この作戦が一体なんなのかまでは謎のままだけどな。」


 仁はそう言うと研究棟の正面の入口から一階のエントランスへと飛び込んだ。

 中は暗闇に包まれ、四方の割れた窓ガラスから雪が舞い散る花のように振込んでいるのが、淡い雪明りに照らされている。


 二人は、エントランスの正面にある受付カウンターの後ろにある階段へと歩き始めた。


 すると再びそれぞれのAIが反応する。


『六時の方向、熱源を感知。総数十。距離二百メートル。散開しながら接近中です。』


「二百って、知らせるのが遅くないか?」


『悪天候のためセンサーの感度が低下しています。熱源感知は半径二百メートルが限界です。』


「AIも言い訳するんだな?」


 耕助は、そう口角を上げながら呟いてその方向に振り向く。

 そこには十体のグリズリーが手にしたライフルを構えて寄せてくるのが見えた。


「どうする?」


「無視に決まってるだろ?先に進むぞ。」


 仁はそう言うと正面の階段に向かって突き進み一気に駆け下りた。それに耕助も続く。

 屈めて進むことで高さはギリギリだったが、問題なく進むことが出来た。


 階段を最下層まで駆け降りると左右に長い廊下が伸びている。仁は警戒しながらモニターにアヴァロン内部の平面図を映し出した。


「サラ。目標までの最短コースを表示してくれ。」


『YES。』


 サラは、数秒もかからずに平面図の上に赤くラインが引かれ最短コースを映し出した。 

 それに合わせて、コースの途中に三カ所ほど黄色い光点を表示する。


『熱源を感知。総数、三。おそらくグリズリータイプと推測されます。』


「わかった。それじゃ、行くぜ?」


 仁は、それを意に介する様子もなく耕助と共に右へと走り始めた。そして、一つ目の角を曲がる直前でラグナロクの体を低くしながら滑らせるとマシンガンを構える。

 そこには、こちらに振り向きつつあるグリズリーが立っていた。

 

 仁が躊躇うことなくトリガーを引くとブウォォォン!!という音ともに、超高圧電流に撃ち出され、電気を帯びた弾丸状の金属が無数に銃口から放たれグリズリーの機体をバラバラにする。


 仁が立ち上がる前に、代わって今度は耕助が残骸と化したグリズリーを横目に先頭を走り抜ける。

 その後ろを体勢を立て直した仁のラグナロクが後方をフォローするように続いた。

 そして突き当たりまで来ると、目の前に二体のグリズリーが並んで現れる。


 耕助は、そのまま勢いに乗ってリニアブーストを応用して片足で飛び上がると片方のグリズリーを蹴り飛ばした。

 グリズリーはガァイン!!と大きな音を立てて壁に叩きつけられ動きを止める。

 耕助に向かって銃を構えたもう一体のグリズリーは、仁にハチの巣にされた。


 二人は邪魔がなくなったのを確認すると、一気にその先にあった突き当たりの部屋の前まで来る。


「ここか…。」


 その扉は厳重で、いかにも情報集積所という感じで重厚に作られた隔壁だった。

 隔壁はラグナロクの装備で破壊することは出来そうにない。仮に出来たとしても中に影響を及ぼす可能性が十分にあった。


「サラ。隔壁のロックを再起動して解除するしかないハズだ。電力を隔壁に供給して再起動は可能か?」


『YES。検索します…』


 数秒も経たないうちにサラが回答する。


『見つけました。側面の壁にある場所に開閉用の動力パイプがあります。そこにバックパックからラインを取って電源を供給して下さい。』


「了解。」


 仁は、返事と同時にモニターにマーキングされている壁に向かってマシンガンのストックを叩きつけた。

 すると崩れた壁の中から二本のパイプが出てくる。


「俺がやる。サポート頼むぜ。」


 耕助は、キャノピーを開けて外に出ると仁のラグナロクの背後につく。

 そして、その仁のバックパックの右側にある取っ手をつまんでポケットを開けると、中にあるケーブルを引っ張り出した。


「ラグ!どっちのパイプだ?」


『下のパイプです。』


 耕助はナイフを引き抜いてパイプを切断し剥き出しになったケーブルに引っ張り出したケーブルを繋ぐ。


「サラ。やってくれ。」


『YES』


 そうサラが返事をして数秒程でヴォン!という電源が隔壁に通った鈍い音が廊下に響いた。

 すかさず仁はサラに指示を飛ばす。


「サラ。解除を頼む。」


『YES』


 待つこと三十秒。


『解除、完了です。隔壁を解放します。』


 サラは、当たり前の様に解除が完了したことを伝えた。

 隔壁を厳重に施錠していた二本の金属棒が外れ、ゆっくりと隔壁が開いて行く。

 耕助は、それを認めるとケーブルを戻しラグナロクへと乗り込んだ。

 

「いよいよお宝とご対面だな。」


 キャノピーを閉めながら、耕助は隔壁が開いていく様を見つめ乾いた唇を一舐めした。


 そして、ラグナロクが入れるほど開くと勢いよく中へと駆け込んだ。


 だが、そこは二人が思っていたような光景ではなく、あまりに異質な空間となっていた。

 四方三十メートルほどの室内の中央にラグナロクの全高よりも大きな球体が眩しいほどに光輝いている。


「な、なんだ?これが集積回路?」


「違うな。少なくともそんなの物じゃない。」


 二人が半ば呆然としていたその瞬間、あれほど重厚だった隔壁がドオォォォン!と音を立てて勢いよく締まった。


 「おい。閉じ込められちゃったぞ?」


 耕助は、そう言いながらも、閉じ込められたという事実より目の前にある球体に意識を奪われていた。

 それは仁も同様で、輝きを放ち続ける球体を凝視している。

 よく見ると大きな球体の周りには五つほどの小さな球体がまるで衛星のように駆け巡っていた。

 二人は無ずすべなく、ただその光景の前に言葉もなく立ち尽くしていた。


 すると、二人のラグナロクのモニターになんの前触れもなくエレノアの顔が映った。


「ようやくここまで来たな。」


 その表情は、感情の揺らぎはなくまるでロボットかアンドロイドのような印象を受ける。


「ずいぶん、手の込んだやり方だな。」


 仁は、呆れたようにエレノアに言った。

 エレノアの口元は嘲るでもなく静かに微笑みを称えている。


「まぁな。お前たちをそこに連れてくるのにずいぶんと時間と手間がかかった。」


「気の長いことだ。…それで、俺達をどうするつもりなんだ?」


「それは、これから分かることだ。」


 だが、そう返事をした時、モニター越しのエレノアの背後から声がかかる。


「エレノア少佐!貴様、一体どういうつもりなのだ?!アヴァロンなどという施設はとうに廃棄されて、貴様が言うようなモノは一切ないとロシアから通達が来たらしいぞ?!この作戦は一体なんなのだ?!」


 それは、MPの兵士を三人ほど連れたスコットだった。スコットは怒り心頭という顔でエレノアを睨みつけている。


「…今頃気づかれましたか?中佐殿。」


 エレノアは、その顔に今度は不敵な笑みを浮かべた。そして、その手に拳銃を握り二人に向き直ると言葉を続ける。


仁。耕助。ブルーウルブス私の役目はここまでだ。幸運を祈っている。」


 モニターの向こうではスコットが青筋を浮かべて部下達にライフルをエレノアに向けさせている。

 それに対して、エレノアはスコットに振り向くと拳銃の銃口を自らの頭部に当てた。


「貴様、一体、何のつもり…」


 そこまでスコットが喚いた瞬間。

 エレノアは拳銃の引き金を躊躇いもなく引いた。

 弾丸は頭部を貫通し、エレノアのしなやかな体はその場に崩れる。


「「?!」」


 二人は、その様子に言葉を失う。

 だが、エレノアが絶命したであろう瞬間から、目の前の球体の輝きが更に膨張していくのを感じた。

 そして、駆け巡っていた小さな球体の周回する速度が物凄いスピードに変わる。


「一体、なにが起こるんだ?」


 耕助は、ただ球体を見つめながらも、ゆっくりと自分の命の終わりを覚悟し始めた。

 しかし、不思議とエレノアを責める気にはなれなかった。もし、自分が死ぬならこんなもんだろ。ぐらいにしか感じていない。


 球体は、見る見るうちに光を風船のように更に膨らませ部屋全体を包んでいく。


「…終わったかな?」


 仁も一言呟いて覚悟を決める。


「まったく、こんな形で終わるとは思わなかったぜ。…仁。次に生まれ変わったら必ず決着をつけてやるからな?」


「しつこいヤツだな…。わかったよ…」


 そう仁が答えたその瞬間だった。

 ドオォォォン!!という巨大な爆音と衝撃が二人を包みこんだ。

 その爆発は一直線に上空へと巨大な光の柱を作り出し、研究棟の建物はおろか吹雪を舞わせていた曇天も突き破り天の彼方へ伸びていく。


 一頻り光の柱は、轟音を響かせその周辺に地響きを起こしていたが、徐々に収束し辺りは再び吹雪が吹き荒れる廃墟が横たわっていた。


 人知を超えたような巨大な爆発に飲まれた二人は、この世界から跡形もなく消えることとなった。


■△■△■△


 ーそして、次に意識を取り戻した時、二人は見知らぬ荒野の真ん中に立ち尽くしていた。

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