第二話 機密作戦 (2)
六時間後。
二人は、極寒の地に合わせた黒いコングの耐寒搭乗服を身に纏って輸送機に乗り込み現地に近づきつつあった。目の前には二体のラグナロクが鎮座している。
耕助は、愛用しているグロック18カスタムを手にして
仁は機体の窓から、汚染された空の下に広がるゴーストタウンと化した都市の残骸を眺めていた。
「仁。あのさー…」
不意に耕助が声を掛ける。
「…アヴァロンのことか?」
耕助は
「たしかあそこは、アメリカが爆撃をした後に俺達が潰したことあったよなー?」
「へえ…覚えてたのか?よくあの場で騒がなかったな?」
仁は、意外そうな顔を見せる。
「いや、さっき思い出したんだわ。もし覚えてたら騒いでたと思うけどな。…お前こそなんで突っこまなかったんだ?」
「…俺達が潰してから結構、時間が経ってるしな。それにエレノアがそれを知っていた場合、この作戦を俺達に命令した理由が気になるだろ?」
「ふぅん。それで、どうするのさ?なんかこの作戦、キナ臭いぜ?」
耕助はそう言ってグロックを腰のホルスターに収めた。その顔はいつになく真剣な面持ちを見せている。
「とりあえず行くさ。…それに、仕方ないだろ?また誰かが厄介な女にたらし込まれたからな。…まったく迷惑な話だ。」
「おいおい、誰がたらしこまれたって?!」
耕助は一転して真剣な表情を崩すと食ってかかる。
「お前だろ?」
「てめえ…。この作戦が終わったら決着をつけてやるからな!」
仁を睨みつけて耕助がそう言ったのとほぼ同時に、ビービー!と機内にアラームが鳴り響いて輸送機の
「十五分後に降下地点に入ります!各員、降下準備に入って下さい!」
合わせた様に輸送機の格納部にある射出口側のランプが赤から緑に変わる。
「それじゃ行くとしますか!」
耕助がそう言うと、二人は各々のラグナロクに乗り込んでキャノピーを閉める。
「操縦系は
手際よく各部の真新しいスイッチやレバーを操作して起動しながら耕助は呟いた。
するとメインモニターが外の風景を映し出すと同時にAIの声が耳に飛び込んでくる。
『Welcome、マスター。機体に認証しますので私に名前をつけて下さい。』
「名前?」
耕助は怪訝な顔で聞き返す。
AIは中性的だが無機質な声で返事をする。
『YES。それでこの機体にマスターの声紋を記録し他者が当機を操作出来ないようにロックします。』
「分かった。お前の名前は…そうだな。ラグ。ラグナロクだからラグだな。」
『OK。My name is 〝ラグ〟。記録しました。これからよろしくお願いします。マスター。』
「オーケー、ラグ。これから頼むぜ?」
『YES。マスター。』
ラグの返事に合わせたように、再び
「目標地点上空に到着!ハッチを解放、降下用意!」
開き切ったハッチの向こうは吹雪のように雪が横殴りに降っていて、巻かれた一部が中にまで入りこんで来る。
「普通、こんな状況じゃ強行降下なんてしないだろ?パラもちゃんと開くのかよ?」
耕助は暗闇の中、勢いよく流れていく雪を眺めながら苦笑して呟く。
「能書きはいいから、早く行けよ。…それとも怖いのか?だったら戻ってもいいんだぜ?」
仁の
「うるせ!先に行くぜ!」
耕助は悪態をついてゴーグルをかける。
そして、ハッチの近くまでラグナロクを寄せた。
「了解。間抜けな落ち方するなよ?」
「誰に言ってんだよっ!!」
耕助は勢いよくハッチからラグナロクを飛ばすと、その姿に仁も続いた。
ー降下後。
雪と氷の世界の中、アヴァロンから数キロ離れた雪原に着地した二人は、パラシュートを投棄して目的地に向かって歩き出していた。
二人の足跡は、降り積もる雪にすぐに覆い隠され、まるで最初から誰もいなかったかのように見える。
「
吹雪の雪原の中、仁は最後の通信を行う。
「こちら
「サンキュー、
仁は、リニアブーストを使用せず、歩きながら自分が『サラ』と名付けたAIに話しかける。
「サラ。この吹雪だと視認での方向確認が難しい。道案内を頼む。」
『YES。このままの方向で間違いありません。吹雪のため熱源、音波系のセンサーは感知が難しい状態になっています。そのため敵施設への侵入の難易度も下がっていると推測されます。』
耕助のラグに比べ、僅かに女性らしさが滲み出ているサラの返事を聞きながら、ほとんどホワイトアウトのような風景にため息を吐く。
二人のラグナロクはゆっくりとだが、サラの誘導に従い確実にアヴァロンへと近づいていた。
しかし、予想された襲撃は一切ない。
それどころか、警戒網の一つも感知することなくアヴァロンの敷地の外壁までたどり着いてしまう。
「おいおい。コイツはますますヤバいんじゃねえの?目標にエンカウントなしで着いたのはいいけど逆に怪しいこと、この上ないぜ?」
外壁に背中を付けて、周囲を索敵しながら耕助が話しかける。
仁は、しばらく思案していたが不意に無造作に歩き出すと施設の正面入り口に向かった。
「おい。大丈夫なのか?」
あまりに無警戒な仁の姿に耕助ほ再び慌てる。
「大丈夫だ。やっぱりここは、俺達が潰してから死んだままだ。」
「なんで分かるんだよ?」
「勘だな。お前だって感じてるんだろ?」
仁の言葉に、耕助は吹雪に覆われた施設の全体を見渡すためにカメラを広角にする。
戦場で生き残るために必要なのは『運』と『勘』だと二人は考えている。その『勘』がこの施設内には敵らしい者がいないことを知らせていた。
「…ここを潰した時のクライアントって、たしかロシアだったよな?」
「ああ。ロシアの中央がソ連時代の遺物を潰して欲しいってことだった。ここがカナダに近いこともあって軍を動かせないというのが依頼の理由だったな。」
仁もカメラ越しに吹雪で視界が狭められた施設の全体を見渡す。
「…結局、反政府派の一拠点に過ぎなくてレジスタンスもどきが立て籠もってただけだった。」
仁は、そう言いながらその時のことを邂逅する。
そして、その時にエレノアが説明したような研究をしていた痕跡もなかったことを思い出す。
「…それじゃ、この作戦はなんなんだよ?BC兵器よりもヤバい物を研究してたとか、その情報を持って帰れだとか、それらしいことを言ってたぜ?」
耕助はボヤきながら仁と同じように警戒を解いて歩き出した。
そう動き出してもサーチライトの一つどころか警報も鳴ることはなかった。
当然、情報にあったソ連の残党や武装勢力の攻撃もない。
「ブラフだな。というか、ほぼでっち上げみたいなものか。…してやられたな。」
仁はそう言って、狭いラグナロクのコクピットで肩を竦める。
「あの女…一体どこまで本気なんだ…?」
耕助の脳裏にエレノアの勝ち誇った笑顔が浮かぶ。
「この場合、たらし込まれたお前に何かいう資格はないけどな。」
「だから、たらし込まれてないって!そりゃ、たしかにいい女かもしれねーけどよ…そもそも、あんな女に迫られたら男は誰でもグラつくもんだろ?!」
耕助は苦し紛れにアツく語る。
「俺はなんとも思わないけどな。」
「出たよ。出た出た。無自覚に色気やなにやらばら撒いて、その気にさせてどんだけ女を泣かせれば気が済むんだ?!」
「なにを怒ってるんだ??」
「うるせっ!妬んでるんだよ!羨ましいな、コンチクショウ!」
耕助がそう喚いたとほぼ同時に索敵を続けていたラグの声が耳に入る。
『十一時の方向に熱源の感知あり。』
「人か?!」
瞬間的に二人はその方向にズームする。
そこには、ほぼ氷漬けになったようなロシア製のコング『グリズリー』の姿が映った。
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