第20話 遠乗り
午前の仕事を済ませたら、準備をして庭に出る。
そしてオルトスにブラッシングし、鞍をつけて待っているとセレナ様が玄関から出てきた。
今日は遠乗りをすると伝えていたからか、下は馬専用のキュロット、上は長袖シャツにカーディガンを羽織っていた。
我が国は基本的には一年を通して暖かくはあるが、春らしい格好ではある。
「アイク、お待たせしました」
「いや、こいつの世話をしてたから問題ない」
「そうでしたか。オルトス君、今日はよろしくお願いしますね」
「ブルルッ」
ブラッシングされてご機嫌なのか、それともセレナ様が好きなのか、オルトスが嬉しそうに頭を擦り付ける。
俺はその間に、セレナ様の服装を上から下まで眺めることに。
言っておくが、決してやましい気持ちからではない。
「あの……何か変でしょうか?」
「いや、すまん。こう言っては何だが、意外と似合ってると思ってな。それなら、遠乗りしても平気そうだ」
「ほんとですか? ……ありがとうございます。サーラさんが選んで下さったのですが、こういうのは着たことがなかったですし」
「これからは好きなのを着るといい。では、行くとするか」
先にオルトスに乗り、セレナ様に手を差し伸べる。
恐る恐る手に触れると……ビクッと何か電流のようなモノが走った。
すると、セレナの方も何やら固まっている。
「静電気? いや、違うか?」
「あれ? 何でしょう? 胸が……」
「セレナ、平気か?」
「へっ? ……はいっ、すみません」
そのまま丁寧に引き上げて後ろに乗せる。
その時にはビクッとした感覚はなくなったが、今度は背中にセレナ様の感覚が。
俺は意識しないように努力しながら、ゆっくりとオルトスを歩かせる。
そのまま街に出ると、何故か人集りが出来ていた。
「アイク様〜!」
「セレナ様も一緒だ!」
「二人でお出かけですか!?」
「お気をつけて!」
あちこちから、そんな声が聞こえてくる。
まるで、誰かが知らせたかのような盛況ぶりだ。
「ど、どうして人が集まっているのでしょうか?」
「分からん。セレナが目当てだとは思うが」
「そ、そんな、私なんて大したことは……」
「いや、そんなことはない。セレナには大いに助けられた」
ここ数日の間、セレナ様は都市に視察に出ていた。
孤児院を訪問したり、兵舎を訪ねて傷を癒したり。
田舎故に、その話題はすぐに広かったのだろう。
「そ、そうですか……嬉しいです。でも、これは変ですよね?」
「ああ、そうだな。誰かが意図的に……」
脳裏に浮かぶのは側近と妹。
しかし、その意図がわからない。
いや、俺のイメージアップを狙っての事かもしれない。
「アイク?」
「いや、すまない。とりあえず、進むとしよう」
そうして軽く手を振りつつ、門の外へと出る。
少しだけ進み……大きく息を吐く。
出るまでの間、人々に囲まれて大変だった。
「ふぅ、平気か?」
「何とか……ふふ、あんな風に歓迎されて嬉しいですね」
「なら良い。さて……では、行くとしよう。セレナ、しっかり捕まってくれ」
「はいっ。その……出来たら思いっきり走って頂けませんか?」
「なに? わかった……オルトス、ここからは好きに走れ」
「ブルルッ!」
我慢の限界だったのか、オルトスが勢い良く走り出す。
セレナ様は俺にぎゅっとしがみ付き、その感触が伝わってくる。
それを押し殺し、俺は手綱をしっかり握るのだった。
しばらくすると満足したのか、オルトスがゆっくりと歩き出す。
「平気だったか?」
「はい、とても気持ち良かったです。何というか、凄かったですね」
「こいつの速さは魔獣の中でもトップクラスだからな」
「ブルルッ!」
オルトスは得意げに鼻を鳴らす。
やはり、オルトスもセレナもストレスが溜まっていたようだ。
俺も書類仕事によって疲れていたので丁度いい。
暫くすると目的地である高台が見えてきた。
「高台にある建物は何でしょうか?」
「あれは北の国境を見張るための小屋の一つだ。あそこで、休憩するとしよう」
坂を登りきったらオルトスを草原に放つ。
少しだけ走った後に草を食べ始めたので、俺達も昼飯を食べることに。
見張り小屋には食事所があるので、案内しようとすると……セレナ様が服の端を掴む。
振り返ると、下を向いてもじもじしていた。
「どうした? ……お花を積むなら」
「ち、違います!」
「す、すまない……」
はぁ、我ながらデリカシーがない。
ただそうなると、よくわからない。
「え、えっと……お弁当を作って来たんです」
「なに? ……もしや、俺の分もあるのか?」
「は、はいっ!」
推しの手作りお弁当だと!?
いかんぞ! 推しは愛でるものであって受け取るなど……俺の前世がうるせぇ!
「コホン……では、有り難く頂戴させてもらおう」
「あっ、でも……そんなに期待しないでくださいね?」
「あ、ああ……」
下から覗き込むように上目遣いだと……可愛すぎる。
俺を殺す気だろうか?
……だめだ、前世と今世の感情がごっちゃになって来た。
頭がフラフラしながらも、俺はどうにか平常心を保つのだった。
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