第21話 最強のツルハシを作ってやろうじゃないか
翌日。
登校した白波は、明らかに不機嫌な顔をしていた。その顔を見た靱は、長年の直感と危機察知の本能によって理解した。
(あ、これ、バレてるわ)
よくよく考えてみれば、エリアボスの討伐者は名前が残る。そして、白波ほどの廃ゲーマーなら、常に張り付いていてもおかしくはない。
以下、自然に続く展開です。
靱が席についた瞬間、白波は机を拳で叩いた。
「さて靱君。説明してもらおうか」
「……あの、何を」
逃げ道を塞ぐように机へ手をつき、白波は目だけ笑わずにニコッとした。
「エリアボス、《星晶獣骸・アステリオン・レクス》の初討伐者、クロさん? ねぇ、なんで二回目の初回クリアしてるのかな? ねぇ、どうしてひとりでエリアボス倒してるのかな? ねぇ、どうして討伐時間30分の記録残してるのかな? ねぇねぇねぇ?」
「…………えーと」
靱は乾いた笑いを漏らし、視線をそらす。
白波の眉がピクリと跳ねた。
「言ったよね? 危ない事とか変な事するなって!!」
「いや……その……流れで倒しちゃったというか……」
「流れで倒せるレベルのボスじゃないの!!」
教室中がびくっと揺れるほどの怒号が響く。近くのクラスメイトが、そっと視線を逸らし始めた。
白波は深く深くため息をつく。
「で、戦利品は?」
「……やめて。話したら絶対面倒なことになる気しかしないんだ」
「出しなさい」
「…………はい」
靱は観念したようにスマホを取り出し、獲得アイテム画面のスクリーンショットを白波に見せた。
その瞬間。
「は?」
白波の脳が固まった。
「…………はああああああああああああ!?!?」
教室が二度揺れた。
「EX品質!? 魂!? 星核!? 何このドロップ量!? しかも【採掘者】と【ストーンハンター】と【破壊の目Ⅰ】と【ツルハシの極意】が同時に!? ねぇ、なんで!? 絶対同時に持っちゃいけないスキルだよこの効果!!」
「いやほんと俺が聞きたい」
「しかもレベル20!? はあ!? 序盤で何をしでかしてるの!?」
白波は机に顔を伏せ、肩を震わせる。
「……靱、ほんとお願いだから先に言って。置いていかれるのつらい……」
「ご、ごめん。本当に言いそびれただけなんだって」
「あとでじっくり話を聞くからね?」
「はい」
予鈴の鐘でも鳴りそうな重苦しい空気が教室を包んだ。
靱は静かに思う。
(……絶対白波にだけは言わないでおこう、は無理だったか)
そして白波は心に決めた。
(今日の夜、絶対ログインして全部聞き出す。逃がさない)
二人の間に、見えない火花が散った気がした。
放課後。
靱は観念したように帰宅し、制服のままベッドに背中から倒れ込んだ。
「…………絶対怒ってるよなぁ」
大きく息を吐き、視界にメニューを呼び出す。
《ログインしますか?》
「……する」
決意というより、諦めに近いボタンタップだった。
光が視界を包み、クロはファストへと降り立つ。
「……さて。逃げたい」
逃走の二文字が頭をよぎった瞬間――
「クロ」
「ぎゃああああああああああッ!?!?」
振り返ればすぐそこに、明るい栗色と冷たい微笑を乗せた
足音どころか気配すらなかった。ホラーか。
「こんばんは? クロさん?」
「は、はいシェルさん」
「さて。報酬とスキルの全て、細かく説明してもらおうか」
「ひっ」
にっこり笑顔。目だけは全く笑っていない。
数分後。
シェルによる拷問……もとい、尋問を終えたクロは、ミリィの元へ避難していた。
「あははは……まぁ、今回ばかりはシェルちゃんに同感かな」
「ですよねー……まぁ、今回に関しては流石に反省してますよ。……ところでミリィさん。腕の良い鍛冶師とか知りません?」
「鍛冶師?何か作りたい物でもできた?」
「ここだけの話なんですけど……」
「ふんふん」
「今回の報酬で得たスキルに、【採掘者】【ストーンハンター】【破壊の目Ⅰ】【ツルハシの極意】があるんです」
「……あー、OK。何となく理解した」
「えぇ。今回の報酬で得た鉱石でツルハシを作れば、強力な採掘道具兼武器になります」
「うわぁ……まぁ了解。それなら、良い子がいるから紹介してあげる。ついてきて」
ミリィは立ち上がると、カウンターの奥へと続く扉を軽くノックした。からん、と金属の触れ合う音を残して扉が開く。
「ちょうど今なら機嫌も悪くないはず。ほら、行くよ」
「機嫌が悪くないならって前置きが怖いんですけど……」
クロは肩をすくめながらも、ミリィの後に続く。
入り組んだ裏通路を抜けると、店の外とは全く違う世界が広がっていた。
壁一面の鉄材、天井近くまで積み上げられた鉱石の山、そして空気を震わせる炉の熱。
「ここって……鍛冶場?」
「えぇ。正式名称は――」
ミリィが横の看板を指差す。
「《
その時、炉の奥から荒々しい金属音と共に声が響いた。
「ミリィ?! まだ納品日じゃないはずだろう!?」
「落ち着きなさい、リザ。紹介したい子がいるの」
ガンッと床を揺らすような足音が近づいてくる。
現れたのは、身長こそ低いが、無骨な革エプロンに煤だらけの顔、そして鋭い金色の瞳を持った少女だった。
「……客なら後にしてくれ。今は忙しい」
「まぁまぁ、聞くだけ聞いてあげて。きっと気に入ると思うわよ?」
ミリィがさりげなくクロを前へ押し出す。
リザと名乗られた少女の視線が、じろりとクロを貫いた。
「で、あんた。何を作りたい?」
その声音は、挑む者の実力を値踏みする鍛冶師のもの。
クロは深く息を吸い込み、静かに言った。
「最強のツルハシ、です」
リザのまなじりがぴくりと吊り上がる。
「ツルハシ……?それならそこらの店でも買えるだろうに……」
「まぁまぁリザ?とりあえずこの鉱石を見てから言って?」
ミリィに促され、クロは鉱石を取り出す。テーブルの上に転がったのは、【ルミナイト鉱石】と【地核】。現れた鉱石を前に、リザの目が変わる。
「これは……!」
「どう?リザ。これを見ても後にする?」
「まさか。これ程の素材だ。喜んで作らせてもらう」
リザの声色が変わった。
その声は、素材に魅入られた純粋な鍛冶師の声だった。
「こんなもん、どこで手に入れた?」
「……まぁ、色々とありまして」
クロが曖昧に笑うと、ミリィが代わりに肩を竦めた。
「地獄みたいなダンジョンで、死にかけて取ってきたのよ」
「なるほど。命懸けで掘ってきた宝か。なら……軽々しく扱うのは失礼だな」
リザは素材から手を離し、「え?」と言う顔をするクロの正面へと向き直る。
その目は、真っ直ぐな炎のようだった。
「わかった。あんたのツルハシ、全力で作ってやる」
「本当ですか!?」
「あぁ。ただし――」
リザは人差し指を突きつけた。
「鍛冶師に『最強のツルハシ』なんて曖昧な注文は通らない。用途、形状、重さ、扱う目的。全部はっきり決めてもらう」
「……当然です。全部、考えてあります」
「よろしい!ならば早速始めよう!あ、ミリィは……」
「はいはい。私は店に戻るから」
ミリィが工房から出た後、クロとリザによる盛大な話し合いが行われた。
リザは椅子を蹴り出し、クロの真正面に座ると、両肘をテーブルへ置いて身を乗り出す。
「じゃあ改めて聞く。あんたの求める最強のツルハシの条件、全部話せ」
「はい」
クロは深く息を吸い、言葉を紡ぎ始めた。
「まず、用途は採掘と戦闘の両立です。どちらかに偏っては意味がない」
「ふむ」
「形状は……片側が鋭い刃、反対側が重量あるハンマー型の二枚刃形状。柄はやや長めで、リーチを確保したいです」
「二振りじゃなく、一振りで両方こなすってわけか。かなり欲張りだね」
「扱う目的は、さっき言った通り採掘と戦闘用です。だから、適材適所で形状を変化できる構造が理想ですかね」
言い終えた瞬間、リザの眉がぴくりと動いた。
「……変形機構まで求めるのか。ツルハシに?」
「はい」
数秒の沈黙。
炉の火が爆ぜ、火花が散る。
次の瞬間、リザは拳をテーブルへ叩きつけた。
金属音が工房全体を震わせる。
「最高に気に入った!!!!」
「え、えぇ!?」
「普通は剣にしろ、斧にしろ、刃物にしたがるところだ。なのにツルハシ。その上で変形機構。筋が通っててロマンもある。嫌いじゃない!」
リザは立ち上がり、炉へと向き直った。
その背中には、もう先ほどまでの無関心な気配は微塵もない。
「素材の特性、設計、重量バランス。全部まとめるには加工前に素材の性質を完全把握する必要がある。クロ、あんたにも手伝ってもらう」
「手伝う……俺が?」
「そうだ。命賭けで持ち帰った素材なんだ。職人任せじゃなく、あんた自身の手で形にするべきだろう」
クロはぐっと拳を握った。
胸の奥に、熱い何かがこみ上げてくる。
「……わかりました。やります!」
「言ったな?途中で泣きついても知らないよ。鍛冶ってのは、命と精神と腕力と根性の総合格闘技だ」
リザはハンマーを肩に担ぎ、ニヤリと笑った。
「さ、今日から地獄の鍛冶
炉が轟音と共に燃え盛り、工房の空気が一気に熱を帯びた。
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