第15話 やっぱり道を決めるのは棒だよね

 坑道の中は、外の草原とはまるで別世界だった。

 湿った空気が肌にまとわりつき、天井の岩からは時折、水滴がぽたりと落ちる。

「……思ったより広いな」

 足音が反響して、自分の声が少し遅れて返ってくる。

 クロは地図を確認しながら、慎重に歩を進めた。

 坑道内にも、ところどころ採取ポイントがある。

 岩の隙間に咲く小さなキノコ、鉄分を多く含む赤茶けた石、時々湧いている湧水、怪しげなな色の草。

「《鉄鉱石》に……おっ、《ラピスラズリ》」

 採取のログが静かに流れ、クロは手際よく鉱石を小分けにしてポーチへ収める。ツルハシを休めるたび、坑道の奥から冷たい風が吹き抜けていくのがわかった。


 やがて、通路が二股に分かれている場所に辿り着いた。

 一方は奥へ続き、もう一方は崩れかけた脇道。

 クロは足元の岩を蹴りながら、少し考え込んだ。

「……こういう分かれ道、悩むんだよな」

 右は風が通っていて安全そう。

 左は崩れかけて暗いが、どこか気になる光も見える。

 少し迷った末、クロは近くに落ちていた細い木の棒を拾い上げた。

「こういう時は、運に任せるか」

 棒を立てて、両手でそっと離す。


 カタリ、と小さな音を立てて棒が倒れた。

 その先端が指し示したのは――左。崩れた方の通路だった。

「……だよな、そう来ると思った。やっぱり道を決めるのは棒だよね」

 苦笑を浮かべ、棒を拾い上げて壁際に立てかける。

 別に縁起を担ぐわけでもないが、せっかく決まった方向を無視するのも気持ちが悪い。

「よし、左に行こう」

 クロは肩のポーチを直し、崩れかけた通路へ足を踏み入れた。

 足元には細かい岩片が散らばり、踏むたびに小さくざらりと音がする。

 息を潜めるほどの静けさだが、不気味ではない。むしろ、時間が止まったような穏やかさがある。

「……意外と悪くない雰囲気だな」

 そう呟きながら、クロは慎重に奥へと進んでいった。


 通路は次第に狭くなり、両側の壁が肩に触れるほどに近くなっていく。

 クロは足元を確かめながら進み、時おりツルハシで小石を弾いて音を確かめる。

「……崩れそうって言っても、意外としっかりしてるな」

 頭上を見上げると、支えの木材がいくつも渡されている。古びてはいるが、今のところ不安はない。


 少し進んだところで、道がゆるやかに下り始めた。

 湿った風が頬を撫で、奥からかすかに水の流れる音が聞こえてくる。

「湧水か……? だったら採取ポイントかもしれないな」

 クロは腰のポーチを軽く叩き、瓶の残り数を確認した。

 素材探索のときに、こうした小さな変化を見逃さないのが大事だ。

 やがて、通路がふっと開けた。

 狭い坑道の先には、ぽっかりとした小空間が広がっており、天井からは水滴がいくつも垂れていた。

 中央には浅い水たまりがあり、そこから小さな蒸気のようなものが立ち上っている。


「……温泉?」

 クロはしゃがみ込み、水面に指先を浸す。ぬるりとした感触とともに、指先にわずかな熱が伝わった。

 ステータスウィンドウに、新たな素材名が浮かぶ。


 《微熱の湧水(低級)》――火属性を帯びた水系素材。

「やった、これなら何かに使えそうだ」

 クロは笑みを浮かべ、小瓶を取り出して湧水を慎重にすくい取る。

 瓶に栓をしてポーチに戻すと、ふぅと一息ついた。


「こういうのがあるから探索はやめられないんだよな」

 湧水の小空間に反響するその声は、どこか満ち足りていた。

 しばらく素材採取を続けたあと、クロは立ち上がり、坑道のさらに奥へと視線を向けた。

「……もう少しだけ、行ってみるか」

 静かな決意を胸に、クロは再び歩き出した。


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