すのうどろっぷ

カジキカジキ

第1話

 慣れた手つきで器具をセットするマスター。背が高く、筋肉質だけど着痩せして白シャツと黒のスラックスにカフェエプロンが似合っている。


 ローストしたコーヒー豆をミルで細かく砕くと、香ばしいコーヒー豆の匂いが漂ってくる。


 砕いたコーヒー豆を布に入れ。コーヒー何ちゃらの上にセット。


 暫くするとお湯が沸騰し、ポットを手に取るとコーヒー豆の上から丁寧に丁寧にお湯を注ぐ。


 その姿は、まるでお茶のお作法の様にも見える。一つ一つの動作が洗練され、完成された作法でコーヒーが淹れられている。


 ここは、私が去年の春からバイトしている喫茶店「すのうどろっぷ」


 この店で働いているのはオーナーであるマスターと、バイトの私の二人だけ。私は昨年の春に大学生となり、初のバイトを始めようと面接を何件も受けたのだったけど、近年どこもバイトすら採用が厳しく。泣きそうになった私が飲めないコーヒーしか置いていない喫茶店の面接を受けて即採用されたのが十一ヶ月前。


「はぁー、やっぱりマスターの淹れるコーヒーは良いですねぇ」


 仕上げに温めた大山の牛乳と砂糖をたっぷり入れて、私専用のスペシャルカフェ・オ・レの完成。


「お前のソレはコーヒーではない、冒涜だ」


 無愛想に答えるけれど、それでもちゃんと淹れてくれるのがマスター。


 今日の賄いは、マスターが最近ハマっていると言うトルコ料理。


「んんーっ!? おいひい! バターの感じが最高ですぅ」


 マスターは後ろを向いて洗い物をしたたま返事もしてくれないけれど、きっと笑顔なはず。


「マスターの料理ってバターの感じが最高で美味しいですよねー。私がやるとどうも違ってしまって、何が違うんだろ?」


「それは、バター 『カラン、カラン』」


「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞ!」


「でっ? マスター、何ですか?」


 私は久しぶりのお客様のためにメニューと水を用意しながら、何かを話しかけていたマスターに問いかける。


「何でもない……」


 コーヒーを頼んだお客様が、小声で「えっ、うま」と呟いていたのも聞き逃しませんよ。


「ねぇ、マスター。何でマスターのコーヒーはこんなに美味しいのに、お客さんは全然入んないでしょうね?」


「お前はコーヒー飲んでないだろ」


 お客様が帰った後のテーブルを片付けながら、今日の客数をカウント……する迄もないか。


「ねぇ、マスター。本当に本当に宣伝とかしなくて大丈夫ですか? ある日突然閉店して私もクビとかなったら嫌なんですけど?!」


「大丈夫だ、例え毎日客が来なくても俺が飽きるまでは店は続けるつもりだ」


「明日飽きちゃったらどうするんですか!?」


「俺は凝り性だからな、前の趣味も二十年続いている。コーヒーもそれ位は続けるだろう」


「それなら、私が大学卒業して就職する位までは大丈夫なのかな? まあ。バイト代も良くて、こんなに暇でもクビになったりしないバイトなんて滅多にないから、私も助かっているんですけどね」


「そうだ! 大学と言えば、今度私の入っているサークル『料理研究会』がTVの取材を受けるんですよー」


ガタッ!


「きゃあ!」


「おっと!」


 おしゃべりが不味かったのか、引いていた椅子に引っ掛けて危うくトレーをひっくり返しそうになった所を、マスターの左手がトレーを持ち、右手で私を支えてくれていた。


「あ、ありがとうございます?」


 さっきまでマスターはカウンターの中に居たよね??


「小春〜」


 金曜日、十九時二十五分、何時ものタイミングで親友の桜子がバイト終わりの私を迎えに来てくれる。


 ハッと思うと、マスターはもうカウンターの中に戻っていた。


「上がりまーす」


「お疲れ」

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