忘れられた叡智で伝説の神機を駆る〜魔導学園の異端児、はぐれ者たちと最強の騎士団を結成し帝国に挑む〜

Gaku

プロローグ


 ***


 無数のアラートが、球状に広がるコックピットディスプレイのそこかしこで甲高い悲鳴を上げていた。

 一つが消えれば、二つが灯る。

 まるで自らの死を嘆き叫ぶ蛍の群れのようだ。

 レーダーを埋め尽くす敵性存在を示す光点は、もはや数えるのも億劫になるほど密集し、一つの巨大な、不気味に脈動する光の塊と化していた。


「敵機、識別番号7、後方より急速接近。ミサイルポッド開口、着弾予測まで4.3秒」

「敵機、識別番号4、上方より高エネルギー反応。主砲ビーム照射角、回避マージン0.8秒」

「敵編隊『ガンマ』、前方にて包囲網を再構築。有効射程圏内への到達、12秒」


 隣のシートに座るパートナー、アリアは淡々と、しかしミリ秒の狂いもなく戦場の情報を紡いでいく。

 硝子玉のように透き通った瞳は、凄まじい速度で明滅するデータを正確に捉え、その有機脳が瞬時に叩き出した最適解だけを、パイロットであるカイトの鼓膜へと届けていた。

 彼女の声は、この狂乱のオーケストラの中にあって、唯一調律の取れたチェロの音色のようだった。


「うるさい! 全部見えてる!」


 カイトは獣のように吠えながら、両手で握る操縦桿を大きく右に薙いだ。

 機体――人ならざる神の如きシルエットを持つ『ネクサス・ギア』が、鋼鉄の巨体とは思えぬ咆哮を上げる。

 慣性を無視したかのような鋭角的な軌道で機体が翻った瞬間、腰を固定するシートベルトが肉に食い込む。

 直後、さっきまで彼がいた空間を、星々をも溶かす灼熱のビームが薙ぎ払っていった。

 背後から殺到していたミサイルの群れは、リーダーを失った魚群のように統制を失い、同士討ちのように互いを巻き込みながら、音のない虚空の華と消えた。


 真空の宇宙には、熱を伝える空気も、音を響かせる大気もない。

 だというのに、カイトの肌は、ビームが放つ途方もない熱量を幻のように感じ取り、鼓膜は、聞こえるはずのない爆発音を確かに捉えていた。

 機体と神経を繋ぐインターフェイスが、膨大なセンサー情報を脳が理解できる形に翻訳し、現実よりも生々しい五感として叩きつけてくるのだ。


「パフォーマンスレート82パーセント。安定しています。ですが、マスター。今の機動は関節サーボに許容量以上の負荷が」

「文句は後だ、アリア! 次が来るぞ!」


 ディスプレイに新たな脅威が赤くハイライトされる。

 蟻のように群がる敵の包囲網は、まだ少しも崩れていない。


 ならば、こちらから崩すまで。

 一つ一つの蟻を潰すのではなく、蟻の巣そのものを、この因果の網そのものを叩き潰す。


「セラフィム・ビット、全機射出!」


 カイトの叫びに呼応し、ネクサス・ギアの背部に装着された十二枚の翼が、一枚、また一枚と分離していく。

 それはもはや兵器ではなく、漆黒の鋼でできた羽根だった。

 無数の星々が瞬く暗闇を背景に、静かに、そして優雅に散開していくその様は、まるで堕天使が自らの翼を解き放つかのようだった。


「全ビットの制御権をパイロットからコンダクターへ移行。自動殲滅モード、実行します」


 アリアがそう宣言した瞬間、戦場の空気が、いや、この空間を支配する法則そのものが変質した。

 それまでカイトの荒々しい意志に従って飛んでいた十二機のセラフィム・ビットは、一個の神聖な意志を共有したかの如く、神々しくも冷徹な幾何学的軌道で宙を舞い始めた。


 それはもはや戦闘ではなかった。

 一方的な「浄化」であり、「裁き」だった。


 リーダーも、明確な指示もない。

 だというのに、十二機のビットは、まるで鳥の群れが一斉に空中で向きを変えるように、一つの生き物として機能していた。

 あるものは敵機の死角となる後方へ完璧なタイミングで回り込み、光の槍でコックピットを正確に撃ち抜く。

 あるものは防御フィールドの僅かなエネルギーの綻びを突いて内部に侵入し、浄化の炎で内部から焼き尽くす。

 そしてまたあるものは、敵の思考そのものを読んでいるかのように、回避軌道の予測地点に罠を張る。


 レーダー上の光点が、恐ろしい速度で一つ、また一つと消えていく。

 個々の敵パイロットの意志や技量といった要素は、この絶対的なシステムの前では何の意味も持たない。

 彼らはただ、巨大な情報処理システムによって計算され、最適化された手順で「削除」されていくだけのデータに過ぎなかった。

 カイトは、その圧倒的な光景を、まるで観客のようにただ眺めていた。

 もはや彼の意志が介在する余地はない。

 彼は、自らが解き放った強大すぎる力の、最初の目撃者となっていた。


 数分後、あれほど鳴り響いていたアラートは完全に沈黙し、コックピットには深海のような静寂だけが残された。

 宇宙空間に漂うのは、動力炉の最後の光を明滅させる無数の残骸と、仕事終えた天使のように主の背後へ帰還し、再び翼の形を成したセラフィム・ビット、そして静かに佇むカイトのネクサス・ギアだけだった。

 生と死の激しい応酬が嘘のように、世界はただ静かだった。


「はっ……雑魚が何機集まろうと、俺たちの敵じゃねえな」


 操縦桿から強張っていた指を離し、汗で湿った背中をシートに深くもたれかからせる。

 カイトの虚勢に満ちた言葉に、隣から、ふぅ、と小さなため息が聞こえた。

 さっきまでの機械のように平坦な口調が嘘のように、アリアは人間らしい、少し呆れたような、それでいて温かみのある声色で言った。


「また無茶ばかりして。パフォーマンスレートはエースの領域を維持していましたが、機体への負荷も少しは考えてください、マスター」

「へーへー、分かってるよ。けどな、アリア。結果的にノーダメージで勝ったんだから、それが一番効率的だろ?」

「その『結果的に』で済まなかったらどうするんですか。マスターのその悪癖、いつか本当に命取りになりますよ」


 諌めるような視線を向けてくるアリアの横顔は、人間と全く見分けがつかない。

 滑らかな肌、感情を映して揺れる睫毛、淡く色づいた唇。

 彼女が、有機脳を持ち、自らの意志で思考し、感情を持つ生体ユニット型『バイオロイド』でなければ、誰もが人間だと信じて疑わないだろう。

 兵器として生まれながら、誰よりも生命の尊さを知る、カイトの唯一無二のパートナー。


「心配すんなって。お前の完璧なサポートがある限り、俺は死なねえよ」

「そういう口の上手さだけは、本当に一級品ですね、マスター」


 再び小さくため息をついた。


 ---


 そう、あれは9歳の風の気持ちいい季節だった。

 それはふいにやってきたのだ。

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