第43話
「……what the fuck……」
本当に、この言葉を何回言えば済むのかしら。
この世界は何度、私を落胆させれば気が済むの……?
酒場で目的を決めた私たちは、すぐに行動開始した。
ライカちゃんたちは不服そうだったけど……そんなの知らないわ。
調査の結果、ミーティア南西にある港湾都市が
“海外との貿易拠点”になっているとわかった。
ここから水揚げされた物資がミーティアへ流れ込み、
街を大きく発展させたらしい。
いいじゃない。貿易港。
ここに行けば、南国楽園行きの船が──ある。
そう思っていた。
「嬉しそうだけど……おそらく乗船は無理だと思う」
「え? どうしてよ、ヒエン?」
「オレたちは
王国は
そもそも一般人は、普通の貿易船にすら乗れない」
なるほどね~。
人口流出防止策、ってわけね。
見知らぬ国に行って野垂れ死にしないように、という“優しい政策”なのかも。
でも。
「密航すればいいだけじゃない?」
ヒエンが大きくため息をついた。
「見つかったら……海に投げ捨てられるぞ……?」
今度は私がため息をつく番だった。
「その時は船長を人質にして船を乗っ取ればいいだけよ」
ヒエンは完全に固まった。
その顔は「こいつ、マジで言っているのか?」と書いてあった。
ん? さっきからヒエンとしか話してないって?
ああ、三人組はね……
「わ、わぁ! すごい! 海の大きな魚です! 初めて見ました!」
「うまそうだな、カーター! 一匹買ってくか?」
「うむ、生きが良い。今すぐ丸かじりできる」
……調査は完全に飽きたらしく、商店を巡ってはしゃいでいた。
さっきまでの情報収集も、私とヒエンがやった分がほとんど。
この子たち……
私と会う前は、一体どうやって旅してたの……?
生存が奇跡じゃない?
──そんなこんなで、私たちはついに
海岸港湾都市・ハーフェンに到着したのよ。
そして冒頭の言葉に戻る。
「……what the fuck……」
理由? もちろん、この港が“地獄の入口”みたいな光景だったからよ……
門が……燃えていた。
聞いてた話じゃ、この門は
“神が人間に海の幸を授けた感動的な場面”を描いた芸術的彫刻だとか。
でも現実は──
門は真っ二つに折れ、炎に包まれ、
黒焦げの“魚を掲げたおっさん”が残っているだけ。
感動の芸術も、ここまで燃えると形無しよ。
そして燃えているのは門だけじゃない。
港湾都市全体が火に包まれ、民衆は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
木造家屋が爆ぜ、油に引火した匂いが鼻を刺す。
「ばか! ヴェロニカ! こっちだ、急げ!」
物陰からヒエンが叫ぶ。
私は慌てて駆け込み、ライカちゃん達のもとへ転がり込んだ。
三人は武器を構え、まるで狩人みたいに周囲を警戒している。
「な、何よこれ!? まるで戦場じゃない!」
叫ぶ私に、ライカちゃんが険しい顔で指を向けた。
「アイツらの仕業だよ、お姉さん」
視線の先──
黒い肌、白く縁取られた眼の周り。
厳つい魚のような顔。
2メートルはある巨躯。
背中には大きな背びれ。
太い腕にはぎらつく
そして頭にはバンダナ。
“二足歩行のシャチ”だった。
「
実物を見るのは初めてだが……間違いない」
オイレちゃんが呟く。
沿岸を見ると、何隻もの船が停泊していた。
そのメインマスト──
黒地の旗に白く描かれた巨大なシャチと、交差する二本のカトラス。
海賊旗。
……なんでこうなるのよ!?
なんで私が行く先々で地獄が待ってるわけ!?
異世界転生って、もっとこう……
キャッキャウフフで楽しむお話じゃないの!?
誰でもいいから文句言ってやりたいわ!!
家々の扉を蹴破り、荷物を腕いっぱいに抱えて歩く海賊たち。
その前に、整然とした足音が響いた。
──兵士だ。
私たちを追い回していた衛兵とはまるで違う。
鎧は磨き上げられ、胸には王冠の刺繍。
武器も統一され、明らかに“訓練された軍隊”だった。
「王国正規軍だな……。さすがハーフェン、守備が厚い……」
ヒエンが額に汗をにじませながら言う。
すると、その軍勢の先頭に立つ男が剣を抜き、声を張り上げた。
「愚かな海賊どもよ!!
我が王国海軍第三艦隊の前に現れるとは、運の尽きよ!!」
兵士たちは一斉に槍を構えた。
数十人規模の、完全に“戦陣”の構え。
対して、海賊は──たった三人。
三人なのに。
──笑っていた。
ケタケタと軽い声で。
見た目の獰猛さに合わない、不気味なほど楽しげな笑い。
「なによ。死ぬのが怖くないってわけ?」
思わず私が呟くと、ライカちゃんが肩をすくめた。
「まぁ……見てればわかるよ、お姉さん」
彼女の声音は妙に落ち着いていて、
それが逆に、背筋を冷たくした。
兵士たちが緊張で槍を握りしめる中──
海賊たちの笑い声だけが、海風に乗って響いていた。
海賊たちの薄ら笑いは、兵士たちの神経を逆撫でした。
「小隊、第一陣──構え!」
兜飾りの士官が号令を飛ばす。
兵士たちが一斉に槍を構え、隊列が締まった。
「突撃!!」
怒号と共に、兵士たちが地面を蹴った。
鎧の音が重く響き、槍の切っ先が真っすぐ海賊へ突き出される。
対して海賊たちは、だらりと無警戒に立っていた。
──本当に、ただ立っているようにしか見えなかった。
「うおぉぉお!!」
兵士の雄叫びをかき消すように、シャチ族が動いた。
荷物を投げ捨て、腰のカトラスを引き抜く。
陽光を受けて剣が閃いた次の瞬間──
槍の穂先が、まるで枯れ枝のようにバラバラに切り飛ばされた。
二人目は槍を紙一重で外し、
腰のひねりから“質量の暴力”みたいなタックルを叩き込む。
兵士が数メートル吹っ飛び、地面に転がった。
三人目は太い尾を横薙ぎに一閃。
鉄の棒でも振ったような轟音と共に、兵士がまとめて宙を舞う。
転がってきた兵士の身体は、
手足があり得ない方向に折れ曲がっていた。
「な、なんだと……?」
士官が、自分の世界観が崩れる音を聞いたような声で呟く。
私は喉が勝手に震えていた。
「な、何よ……あれ……?」
横でライカちゃんは肩をすくめる。
「あんなもんだよ、シャチは。
泳ぐのは当然得意だけど……
涼しい声で言うその様子が、逆に恐怖を倍増させた。
暴力。暴力。暴力。
シャチが腕を振るたびに、人間が木の葉のように宙へ舞う。
骨の折れる音が、波の音みたいに規則正しく響いていた。
私は──呆れを通り越して感心していた。
「王様が獣人をいじめる訳ね……これは私でもそうするわ」
人間じゃ絶対に勝てない相手が、
武装し、統率され、作戦まで使う。
兵士が増援を呼べば、
海賊がどこからともなく出現して包囲する。
動きは流体。
地上なのに、水中のように縦横無尽。
これが“海を支配する獣”なのか。
「獣王様は……僕たちのこと……お嫌いですか……?」
ぼそりとカーターくんが聞いてきた。
“いじめる”という言葉が引っかかったのだろう。
目が少し潤んでいた。
「……馬鹿ね。そういう意味じゃないわ」
私は彼の頭を乱暴にワシワシ撫でた。
「うわっ!? わああ……っ! じ、獣王様……!」
顔を真っ赤にしてジタバタするけれど、
抵抗しないあたりがこの子らしい。
「逆よ。全く逆。……気に入ったわ。大いに気に入った」
だってそうでしょう?
人間では到底勝てない怪物たちが、
徒党を組んで、船を操り、海を荒らし回ってるのよ。
これがもし──
私のものになったら?
海は、丸ごとヴェロニカの庭になるじゃない。
胸の奥がぞわりと震えた。
ああ、ようやく異世界転生らしくなってきた。
だって異世界転生って、
圧倒的な力で無双するのが醍醐味でしょう?
シャチ族の海賊団さえ押さえれば──
国外逃亡なんていらない。
海賊無双よ!
ヴェロニカさんの新しい物語が、今、始まるってわけよ!!
──続く。
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