第七章 海を超えて、楽園を求めて

第42話

はい……こんにちは……ヴェロニカよ……。


何? 元気ないって?

当たり前でしょうが。

あの後どうなったか、わかる?


そう、ヒエンが仲間になったあの地獄みたいな日。

あれからが本番だったのよ。


だって──


子爵を殺した現場が、どう見ても私たちの仕業にしか見えないのよ。


蝙蝠族はヒエンを残して全員、飛んでいった。

飛べない私たちだけが、堂々と地上に残されたわけ。


結果?

わかるでしょ?


「犯人を追え!」

「獣王ヴェロニカを確保しろ!」

「領主殺しの一味だ!」


あっちを歩けば衛兵隊。

こっちを抜ければ別の衛兵隊。

裏路地すら監視されてる。


どこに行っても、人間が槍を持って飛び出してくるのよ!


やってられないわ。

私の寿命、そろそろ尽きるんじゃない?


本気で逃げないと死ぬ、そういう状況よ……。




「な、なによ……これ?」


物資補給で立ち寄った街。

その街角の掲示板を見た瞬間、私は思考を止めた。


紙が風に揺れ、大きな懸賞金の文字が目に刺さる。


「お? お姉さん、なんか手頃な賞金首でも見つけたのか?」


横から覗き込んできたのは狼族のライカちゃん。


「これ、見てみなさいよ」


私が指さすと、三人がぞろぞろ集まってきた。


「どれどれ~……え!? 銀貨6000枚!? 久々に見た!」


「ヴェロニカ様、これだけあれば当分は生活が安泰だ」


梟族のオイレちゃんが妙に感心した声を出す。


「人相図を見てください。ひどい顔ですね……とんでもない犯罪者です」


猫族カーターくんが真面目ぶった顔で頷いた。


……ねぇ、本当にこの子たち馬鹿なの?


なんでそんな楽しそうに話してるのよ?


蝙蝠族のヒエンが肩を落としながら言った。


「あ~……楽しそうにしてるとこ悪いんだけど、名前を見なよ」


「名前?」


三人が手配書を覗きこんだ瞬間──


『獣王を騙る、不届き者ヴェロニカ』


という文字が、私達に笑いかけていた。


……は?


やっと、気づいたのね。

──先が思いやられるわ。




交易都市ミーティア。

街道が四方から集まり、人・物・金が渦のように流れ込む大都市。


雑踏は絶えず、呼び込みの声と荷車の軋む音が混ざり合い、

逃亡者の私たちにとっては“姿を紛れ込ませるには最高の街”だった。


……そう、隠れられるだけはね。


私たちは食堂と酒場が一体になった店の端のテーブルに腰を下ろしていた。

店内はぎゅうぎゅう詰め、とにかく騒がしい。


そんな中──私はぶち切れて葉巻をスパスパ吸っていた。


「冗談じゃないわ! 『捕縛条件:生死問わず』ってどういうことよ!?

 裁判も受けさせてもらえないってことじゃない!」


カータくんは野菜をもぐもぐ食べながら、平然とした顔で言う。


「全く……人間って、本当に愚かですよね」


いや……あなたたちが原因よ?


「……まぁ……罪状が貴族殺しだしな……」


ヒエンが水を飲みながら小声で言った。


私は勢いよく椅子から乗り出す。


「はぁ!? やったのはあんたたちでしょ!!」


するとライカちゃんが椅子から半分落ちそうになりながら叫んだ。


「うわ!? 汚ッ! お姉さん、唾とんだ! シチューに入るところだった!」


……この子、本当に状況わかってる?


そしてオイレちゃんは肉をつつきながら眉を寄せていた。


「……人間どもは何故こんなにも無駄な味をつけるのだ……?

 素材のままが一番美味いだろうに……」


ああもう……ここにマトモなの、ヒエンしかいないじゃないの。


このままでは不味い。

スパスパ……。


絶対に不味い。

スパスパスパ……。


「……お姉さん、飯食ってる時に葉巻やめてくれよ。味が飛ぶだろ?」


ライカちゃんが手で煙を払ってくる。


「うるさいわね! ほら、くらえ!」


ふぅ~~っと、紫煙を思いっきりライカちゃんの顔面へ。


「ゴホッ! ゴホホッ! 何すんだよ!!」


掴みかかってくるので、ポコポコ殴り返してやった。

……いや、今そんな場合じゃないのに、何やってるのよ私たち。


「あのさ~、なんでもいいんだけど……これから、どうするんだ?」


ヒエンが呆れた顔で言う。

唯一の常識人が、もう疲れてる顔してる。


「僕に任せてください!

 賞金稼ぎも、衛兵も、まとめて焼き払ってみせます!」


カーターくんが胸をドンッと叩く。


やめなさい。


「うむ。あちらが“先に”襲ってくるのだ。文句はあるまい。

 なんと言ったか……そう、“正当防衛”というやつだ!」


オイレちゃんが誇らしげに頷く。


「そうですね! その通りです、オイレさん!!」


と、カーターくんは満面の笑顔。


……どこが“正当”なのよ。

どう見ても“不当防衛”でしょ、それ。


私は頭を抱えながら、またスパスパ葉巻を吸ってしまった。


私たちが馬鹿みたいな話をしていた時だった。


──バァン!!


酒場の扉が思い切り開かれた。

店内のざわめきが一瞬だけ止み、客たちが一斉に入口へ目を向ける。


入ってきたのは──衛兵。


鎖帷子のこすれる音、腰の剣、靴にこびりついた泥。

何かを探すような顔つきで、店主に食事を注文している。


……ただの買い食いに来ただけみたいだけど……

背中に嫌な汗が伝う。


「……お姉さん……やるか?」


ライカちゃんが斧に手をかけた。

……血の気が多すぎなのよ、この子。


「待てって。街中で刃傷沙汰なんてしたら、衛兵が山ほど来るぞ」


ヒエンが小声で制した。

オイレちゃんもカータくんも、武器に手を伸ばしかけている。


ちょっと待って。

この状況で最初の反応が“戦闘”っておかしいでしょ。


私は平静を装って、しかし心臓バクバクで言った。


「……大人しくしてなさい。まだ疑われてるわけじゃない。

 無駄に動けば、余計に目立つだけよ」


その一言で、三人は渋々武器から手を離した。


……ああ、命の灯火が消えかかっている気がするわ。


衛兵たちは店主と少し談笑したあと、

麦パンに薄く切った肉を挟んだだけの質素な料理を受け取り、店を出ていった。


扉が閉まった瞬間、店内の空気がふっと緩む。


……はぁ~~……ため息しか出ない。


「これじゃ、体が持たないわ……」


「ヴェロニカ様。衛兵ごとき、恐れる必要などない。

 先に打って出るべきだ」


オイレちゃんが真剣な顔で言う。


「オイレちゃん。勇猛と無謀は違うのよ。少しは考えなさい」


思わずきつく言ってしまった。


オイレちゃんは一瞬だけフリーズしたあと、

懐から羊皮紙と羽ペンを取り出した。


「……勇猛……無謀……違う……」


とブツブツ言いながらメモを取っている。


……最近この子、私の言葉全部メモしてるのよね。

まぁ、別にいいけど……


とにかく、結論はひとつ。


このままじゃ私の命が危ない。


私はマフィアの女ボスよ?

こんなの幾度も経験したわ。

こういうときに有効な手立てはたったひとつ。


「逃げるわよ。ほとぼりが冷めるまで、大人しく身を隠すのよ!」


四人が顔を見合わせる。


「……逃げるって、どこに?」


ヒエンが代表して聞いてきた。


ふふふ、待ってました。


私は胸を張り、堂々と言った。


「船を使って──海外逃亡よ!!」


皆の顔が「マジか!?」で固まった。


ふふん、甘いわね。


こんなファンタジー世界に国際捜査機関インターポールなんてあるわけない。

海の向こうの別の国に行けば、お咎めなし!


南の島の楽園でバカンスしながら、

のんびりココナッツジュースでも飲んでれば、

事件の記憶なんて風化してチャラよ!


完璧な計画ね!

正直、自分の頭脳が怖いわ!



ヒエンは天井を見上げて、思いにふける。


(オレ……ついてく相手を間違えたかな……?)



──続く。

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