第35話

取りあえず、木の上のヒエンに降りてきてもらって、話をすることにしたわ。

……と言っても、ライカちゃん達は露骨に眉間に皺を寄せている。


「……獣王様。今なら僕の魔法で“丸焼き”にできますけど?」


カーターくん……目。

その細めた瞳、完全に狩りモード。

猫顔でこんなに可愛い顔してるのに、いちばん殺意が高いのよね、この子。


「まぁ、まぁ。いいのよ。

 このくらいで怒るほど、お姉さんは狭量じゃないわ」


と、私はカーターくんの頭をポンポン。

すると彼は嬉しそうにしながらも、杖の先はヒエンから外さない。

可愛いのに怖い。


ヒエンは木の幹を伝い、スルスルと降りてくる。

動きが軽い。本当に空気みたいな身のこなし。


「人間にしか見えないし、魔法もサクッと食らってたし……

 ほんとにアンタ、獣王様なのか?」


疑い深い子ね。

もっと素直で従順な子が、お姉さんの好みよ?


「蝙蝠。いきなり魔法を撃ち込むとはどういうつもりだ?」


ライカちゃんが低い声で問い詰める。

尻尾の毛が逆立ってる。完全に怒ってる。


ヒエンは肩をすくめた。


「だから言ったろ?

 ここは蝙蝠族の里。“オレ達の領土”。

 勝手に入り込まれたら、そりゃ確認くらいはするさ」


まあ、それはそうよね。理屈はわかる。


私は喉を軽く鳴らし、笑ってみせた。


「じゃあ、ちゃんと許可をもらおうかしら?

 私はあなた達──蝙蝠族に興味があるの」


「……オレ達に?」


ヒエンは目を細め、翼を揺らした。

警戒と興味、半々といったところね。


「ええ。それで、あなた達の里も見てみたいの。

 許可があれば入ってもいいんでしょう?」


「まぁ……そうだけどよ」


ヒエンは唇を尖らせて考え込む。


その時だった。


「……お姉さん、ずいぶん大人しいんだな?」


ライカちゃんがじっと私の横顔を覗き込む。


「何よ。私はいつでも落ち着いてて優しいでしょ?

 あなた達の中では、どんな反応をすると思ってるのかしら?」


ライカちゃんは胸を張り、右手をブンッと振りかざした。


「ぶっ殺してやるーーッ!!」


は? 

ちょっと待ちなさい、そのゴリラのモノマネ、それ私のつもり?


「おお! ヴェロニカ様の特徴をよく捉えてる」

「似てますよ、ライカさん!」


オイレちゃん!

カーターくん!

なにノリノリで褒めてるのよッ!!


「アンタ達……!」


笑いをこらえてる三人を見て、私の堪忍袋はぷつんと切れた。


「馬鹿にしてんじゃないわよ!!

 全員、ぶっ殺すわよ!!」


私はナタを振り上げ、三人を追いかけ回した。

もちろん、本気じゃないけど……

当然の報いよね?


ヒエンはそれを見て、


「……あー、うん、そっか」


と、なんとも言えない顔で呟いていた。




「……なんか、聞いてた感じと違うな」


ヒエンがぽつりと漏らした。

私はというと、捕まえたライカちゃんに馬乗りになりながら聞いていた。


「聞いてたって、何を?」


「獣王様は、獣人をぜんぶ自由にして、人間から解放するんだってよ。

 ……そう聞いたんだけどなぁ?」


「へぇ〜……」


私は思わずライカちゃんの首元を押さえたまま考え込んだ。


なるほど。そういう噂がもう広がっている訳ね。


噂って本当に厄介で、面白い。

たった一度、奴隷を解放しただけで、こうなる。


これは“力”よ。

信仰にも、妄想にも変わる。

本人の意思と無関係に、勝手に大きく盛られて、勝手に期待される。


旅をしているだけで名前が膨らむなんて──

まるで燃える焚き火のよう。


でも、燃えるには“燃料”が必要。

それを放り込むのは……もちろん、私、本人よ。


「なぁ……本当に獣王様なのか?」


ヒエンは私に、問いかけた。


「痛っ! 痛っ! やめっ、やめろって、お姉さん!?」


ライカちゃんの頭にチョップを入れながら、私は優雅に答える。


「そうよ。私は獣王様。ついでにあなた達の神でもあるわね」


大嘘。

でも言い切ったほうが勝ちなのよ、こういうのは。


「……ふぅん」


ヒエンは木に寄りかかって腕を組み、少し考えて──


「じゃあ、“神獣相対”の後はどうなったんだ?」


……は?


脳内に“???”が浮かぶ。


「神獣相対だよ。知らないわけないだろ?

 ほら、伝承とか言い方は色々だけど……基本は神獣相対だろ?」


ヒエンは当然のように言い、横でライカちゃん達が力強く頷いている。


「そうそう!」

「常識だな」

「誰でも知ってますよ?」


ヤバい。

本当にヤバい。


(……聞いたことないんだけど!?)


嘘ってのは“設定作り”が間に合わないと一気に破綻するのよね。


この世界の常識を知らないと、私みたいな天才でも詰む。


どうする、ヴェロニカ。

ここで適当に言うと、一瞬でバレる……!


「そうね。あの後は──大変だったわ」


私はゆっくり言葉を選びながら、なるべく“それっぽく”答える。


「まぁ、それはな」


「そうね、色々と……世界を回ったわ」


「へぇ〜……」


ヒエンの“へぇ〜”が怖い。

反応が正解なのか間違いなのか、判定できない“無色の返事”が一番困るのよ。


やめなさい、その探るみたいな相槌。


「そ、そうだ! 勇者と戦ったのよ! すっごく強い相手だったわ!」


よし……カーターくんの話にあったし、勇者はいるはず。これは安全パイのはず!


「……勇者?」


ピクリ、とヒエンの耳が動いた。


嘘よね?

その仕草、絶対に“違和感に気づいた時の反応”よね??


(やば……やばいやばいやばい!)


「勇者と会う前に、海王には出会わなかったのかよ?

 海王との同盟締結は鉄板の話だろ?」


海王?


なんでそんな海の王様みたいなのが増えるのよ。

獣王、ハリオス王、海王って……世界に王何人いるの!?


(知らない! そんなイベント聞いてない!!)


心の中で叫ぶけど、外には出さない。

私はヴェロニカ。まだ、まだ巻き返せるはず……たぶん。


「グゥおおおお!!」


私の喉から、どう考えても女性の声帯では出せない獣じみた咆哮が飛び出した。


ヒエンがびくりと肩を跳ねさせる。


「な、なんだよコイツ!?」


そうよね。普通は驚くわよね?

でも、もうこうなったら──最後まで演じ切るしかないわ!


私は地面に転がりながら叫んだ。


「頭が割れる! くっ……勇者め!!

 呪いのせいで記憶が……クソ! 思い出せん!!」


全力で地面をゴロゴロ転がる。

砂が髪につこうが、服が汚れようが知ったことか!

このまま、パワーで押し切るわ!!


「ヴ、ヴェロニカ様! お気を確かに! カーター! 早く薬を!」


「は、はいっ! これ飲んでください! 痛み止めです!」


オイレちゃんとカーターくんが涙目で駆け寄る。

……よし、二人は完全に信じてくれたわね。


ただ一人、狼がいた。


「……あーあ、また始まった」


ライカちゃんは欠伸をし、腹をぽりぽり掻いていた。


心配して?

ない! ゼロ! この子ゼロよ!


そして──問題の蝙蝠。

チラリ、と伺うと、

ヒエンが眉をひそめ、冷ややかに言った。


「……呪いねぇ。胡散臭ぇなぁ、それ」


げっ。

マジか、この子、普通に頭が回るタイプ??

そ、そうよね。普通に意味がわからないもの。


私は、陸に上げられた魚のようにビチビチ跳ねて誤魔化す。


「ぎゃあああ〜〜! 呪いがぁ〜! 海王のせいで〜! 勇者のせいで〜! 

 世界のせいで〜!!」


「……なぁ、狼さ。これ信じてんの?」


ヒエンがライカちゃんに問いかける。


「うーん……まあ、いいんじゃない?

 お姉さん、馬鹿みたいでさ。ウチは結構好きだよ」


──ライカちゃん。

“好き”に“馬鹿”つけるのやめなさい?


そんな三人のど真ん中で、

私は今日も元気に地面で跳ね続けるのでした。


──続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る