【BL】10年越しの再会は、推しとマネージャーとして 〜大人気VTuberは初恋の人?!〜

海豚寿司

第1話 推しとの再会は、まさかの

「ふぅ……」


眞崎 充留(まさき みつる)、28歳。Vtuber事業部への異動が決まり、彼が与えられた最初の仕事は、新たに事務所に所属することとなったVTuber「ヒイラギ冬馬」の専属マネージャーだった。


机の上には、これから担当するライバーのプロフィール資料。真っ白いA4用紙に印刷された、シンプルながら目を引くロゴと、その下に彼の情報が記載されている。


『ヒイラギ冬馬(ひいらぎ とうま)

年齢:???

コンセプト:クールな雰囲気を持つ謎多き美形。夜と静寂を愛する歌い手。

特技:作詞・作曲、ピアノ』


充留は、資料を見つめながら、昨夜の出来事を思い出して、小さくため息をついた。


実はこの「ヒイラギ冬馬」、充留がここ数か月、どっぷり沼にハマっている「推し」の個人VTuberだったのだ。初めて彼の歌声を聴いた時の衝撃。涼やかで、どこか切なさを秘めた低温ボイスは、充留の心を鷲掴みにした。彼の配信を見るために、残業を早く切り上げ、生活リズムまで変えてしまったほど。


まさか自分が、その推しの担当マネージャーになるなんて。しかも事務所に所属というサプライズ情報をいちはやくゲットできてしまった。


異動の話を聞いた時は、夢を見ているようだった。


「これは、夢?罰?それとも……ご褒美?」


ごく普通のサラリーマンとして、当たり障りなく、波風立たない平凡な日常を生きている充留。自分という人間を誰にも悟られないように、目立たず、静かに、周囲に溶け込んで生活するのがモットーだった。それが、推しの隣で働くことになるなんて、平静ではいられない。


しかし、運命のいたずらは、これだけでは終わらなかった。


「えーっと……これが、ヒイラギ冬馬さんの”中の人”の、本名と連絡先か」


資料の隅に、細かく記載された個人情報に目を落とした充留は、そこで息を飲んだ。指先が、わずかに震える。


『本名:刈谷 慎吾(かりや しんご)

年齢:28歳

趣味:ドライブ、写真撮影』


「かりや、しんご……?」


その響きに、遠い高校時代(10年前)の記憶が、鮮烈なカラーで蘇る。


眩しいほどの太陽の光。教室の窓から吹き込む、乾いた風。そして、少しはにかんだような、優しい笑顔。


充留の高校時代のクラスメイト。当時のクラスの人気者。そして、何よりも——充留が、誰にも言えず、ひっそりと片想いをしていた相手。


充留は、喉の奥が詰まったように、唾を飲み込んだ。


「嘘だろ……」


刈谷慎吾。


彼の席は、充留の斜め後ろだった。美術の授業で、充留が手が汚れるのを嫌っていたら、「手ぇ洗って来いよ、マサキ」と笑って、代わりに筆を洗ってくれたこと。昼休みに屋上で、慎吾がヘッドフォンで聴いていた、静かな洋楽のメロディ。


充留の「平凡」な高校生活の中で、唯一、強烈に心臓を軋ませた、秘密の恋。


その人が、今、自分の「推し」のVTuberとして、目の前に現れた。それも、マネージャーとライバーという、極めて個人的な距離感で。


充留は、自分の両頬を、ぺちぺちと軽く叩いた。

「落ち着け、充留。ただの同姓同名かもしれないだろ」

そう自分に言い聞かせながら、彼は急いで彼の連絡先に記載されたメールアドレス宛に、業務連絡を送信した。


『この度、あなたの専属マネージャーになりました、眞崎 充留と申します。今後の活動について、顔合わせを兼ねて一度お話しさせていただければと思います』


しばらくして、スマートフォンが鳴った。件名のない、シンプルな返信。


『ご連絡ありがとうございます。来週の火曜、19時から、〇〇カフェでいかがでしょうか。

眞崎さん。当日、よろしくお願いいたします。』


「……眞崎、さん」


充留はメールを読み返し、ホッとすると同時に、胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。


「そうだよな。覚えてるわけ、ないよな」


高校時代、充留はただの地味なクラスメイト。慎吾にとっては、大勢いる「クラスメイト」の一人に過ぎない。卒業から10年も経っている。


これでいい。慎吾が自分を覚えていないなら、普通のビジネスライクな関係でいられる。ゲイだとバレる危険も、過去の片思いを知られる心配もない。


普通の、普通のサラリーマンとして、推しのサポートに専念できる。


充留は、そう自分に言い聞かせた。

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