切実にモテたい(鳥居凪)

時計の針が夜中の2時を指し、辺りの居酒屋は軒並み店仕舞い。

そんな中、まだひっそりと営業している一つのスナックがあった。

その店の名はスナックH後屋。こんな時間にもかかわらず、一人の女性がお酒を楽しんでいた。ブラウンロングの髪にガッチリとした身体つき。両耳には猫のピアスをしており、アタシから見て右側には煽情的な艶ほくろ。顔はお酒のせいなのかほんのりと火照っており、誰が見てもセクシーなお姉さまだろう。



「ねぇオカマ」



喋らなきゃ立派なセクシーお姉さまなんだよなぁ!

せめてママっていいなさいよママって!


「なあに?レズ。あとママって呼んでね」


あ、もちろん名前がレズって訳じゃないわよ?この子の名前は鳥居凪とりいなぎちゃん。今年で確かさんじゅう…いくつだったかしら。40近かったような気がするわ。

空手をやってて身体は随分とガッチリしているのよ。でもよく絞られてるから素人じゃぱっと見じゃ分かんないし、本人もエネルギッシュだから若く見られたって最近はしゃいでいたわ。学生の頃は人妻って顔で弄られてたそうだけど、この年齢なら若く見えるわよねぇ。老け顔は歳重ねると若く見えるから悪いことばかりじゃないぞ若者諸君!


「あのさぁホモ」


「おう喧嘩売っとんのか」


いい値段で買うぞオラ。そんなアンニュイな顔でホモって言われても喧嘩売ってんのには違いないよなぁ?


「モテたい(切実)」


うっわ興味ねー。会社の先輩の武勇伝くらい興味ねー。まだその辺に生息してる昆虫の生態の方が興味あるわよ。


「そうなの」


「でもモテる為にどうすればいいか分からない」


ま、これでもアタシはスナックの頼れるママ。お酒も飲んでくれてるしお話くらいは聞こうじゃないの。


「じゃあ、どんな子にモテたいの?」


というかなぎちゃん、アンタ実はモテるのよ?黙ってればセクシー美女なのよ?


「かわいい子がいい」


ダウト。前に話していたタイプとちがうわ。


「嘘付かないで正直に話してみなさい。本当は長身筋肉ムキムキのつよつよ白人警官でしょ?」


「そ、それは私の理想だから違うもん」


「じゃあ、抱かれたくないの?」


「……うるさいわね。もずく投げつけるわよ」


「わかめで叩き落としてやるわよ」


ちゃんと全部味噌汁にいれてあげるわ。


「とにかくモテたいの」


「じゃあ、出会いサイトの登録は?」


「してない」


「前に話してたレズ配信者のオフ会は?」


「断った」


「休日は?」


「酒飲んでる」


おもわず天を仰いでしまった。うん、落ち着いた照明。知ってる天井。


「なぎちゃん…あんた、モテる気あるの?」


「うっさいわね、めかぶ投げるわよ」


「こんぶでガードしとくわ」


彼女はニヤッと笑いながらグラスに残るお酒を静かに飲み干した。ふぅ、と口につけたグラスを眺めながらすっと髪を耳に掛ける。


「私だって頑張ってるし。おかわり、なんか甘いの頂戴」


「はぁいさくらんぼの果実酒あるからどうかしら?」


「あ、それお願い」


「はいはーい。じゃあ、最近頑張ってる事は?」


「仕事と空手」


「うーん強い女。好きなものは?」


「酒と肉と強い相手」


アマゾネスかな?


「はぁ、これでシャイの照れ屋だもんねぇ。じゃなきゃ相手にも困らなかったかもしれないのに」


受け身側の子しか寄って来ないからねぇ。


「は?違うし。照れ屋とかじゃないし。シャイでもないし」


「アンタ、まおちゃんに筋肉褒められた時なんてどうやって会話したらいいのか分からなくなって必死に助け求めてたじゃない」


「あ、あれは若い子に急に褒められて、どうしたらいいのか分からなくなっちゃって…」


「ふぅーん。いい歳の大人が…はいお待たせ、さくらんぼの果実酒よ。ふふ、今のなぎちゃんにはぴったりかもしれないわね。ね、チェリー(笑)」


なみなみに注がれたグラスをなぎちゃんの目の前に置こうとしたその時、唐突にそのグラスが奪われる。グラスを奪ったなぎちゃんは腰に手をあてぐいーっとお酒を喉へ流し込むと、突然立ち上がった。



「おもてへ出なさい女装野郎。今日こそぶちのめしてやる」


「あら、発情期を迎えたビアンゴリラはこんなにも荒っぽくなっちゃうのね」


「よし絶対ころーす。泣かしてやるわよ女モドキ」


「言ったわね。返り討ちにしてやるわチキン女郎」


そうして深夜、スナックの前で観客のいない殺陣を繰り広げたアタシ達はしっかり警察のお世話になるのでした。

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