気になる目線(貫田舞桜)

さてさて、今日も開店準備ヨシっと。あと10分でお店開いちゃうしささっとカウンター拭いて仕事してる感出しちゃおーっと。う~ん!今日もピカピカ。


そう思ってアタシがカウンターの掃除をしていると、外から誰かの声が聞こえて来る。


「あ、しまった。ちょっと早く来過ぎたっす。うわどーしよっかな」


あら、この声は…。


声の主に心辺りがあったアタシはカウンターを拭く手を一旦止め、お店の扉を開ける。


「あ、やっぱりまおちゃんじゃない」


「あ!ママさん!ごめんなさい、ちょっと早く着いちゃって」


そこにはくせ毛黒髪ショートの女性がいた。


「いいわよ入って。ちょっと早めの開店にしちゃうわね」


「いやそんな悪いっすよ!どっかで10分くらい時間潰してくるんで」


「いいのよいいのよ。ほら、入って入って!リュック貰うわね」


そう言って強引に店の中へと迎えいれる。リュックを手荷物かごにぶち込んでカウンター席の下へ。


「いつものカシオレでよかった?」


「い、いえ。今日は…」


「あ!そうだったわね。なら緑茶を入れましょうか」


「!!お願いします!めっちゃ楽しみだったっす!」


「あらあら、今準備するわね」


そうしてアタシは裏にある冷蔵庫から一つのタッパーを取り出した。

蓋を開けると、そこから辺りに広がる食欲をそそる香り。中を覗けば、そこにはテカテカと輝くマグロの切り身が褐色の海を泳いでいる。箸でその中の一切れを摘まみ上げ、口へ運ぶ。

すると、まず口いっぱいに広がる鰹節と醤油の香り。その後すぐにやって来る生姜の爽やかさとピリッとした辛味を感じながら、柔らかなマグロを舌の上で転がす。そして噛み締めたとき溢れ出すマグロの旨味とゴマ油の風味。


「うん、上手くできたわ」


どんぶりにご飯をよそってその上にまずとろろを敷いてから、一切れ一切れ丁寧にかつ美しく盛り付ける。大葉をどんぶりとご飯の隙間に差し込みネギとゴマを散らす。わざと開けた中央のポケットに卵の黄身を乗せれば…。


アタシお手製、漬けマグロ丼のかんせーい!


「はいお待たせー。漬けマグロ丼と緑茶よ。熱いの苦手って言ってたから少しぬるめにしといたわ」


「い、いただきます!」


彼女は目を輝かせながら箸をどんぶりへと差し込む。そしてゆっくりと箸を持ち上げると、そこから噴き出すご飯の暖かな湯気と鼻をくすぐる美味しそうな香り。堪らず大口を開け、口の中へ迎え入れた。

そして気が付くと、口の中は空っぽになってしまっていた。おかしい。さっき口に入れたばかりのはずなのに。


「ふふっ、いい顔してるわね。満足してもらえて何よりよ」


「めっちゃ美味しいっす!ママさん本当に料理上手ですよね」


「あらあら、褒めてもなんもでないわよー?ほら、冷めないうちに食べちゃって」


「はい!」


良い食べっぷりねぇ、アタシもお腹空いて来ちゃうわ。

あ、紹介がまだだったわね。この子は貫田舞桜ぬきたまおちゃん。腫れぼったいタレ目に太めの眉毛。相変わらずボサボサのショートで…って!


「なんか毛の艶よくなってない?」


「ング!グムムンム!」


「あ、いや、食べきった後聞くから大丈夫よ。落ち着いて食べてね」


「ン!」


この辺りで一人暮らしをしていて、少し離れた所にある大学に通って農学部で頑張っているわ。来店頻度は週に2回程。実家からの仕送りが結構あるらしく、自身もバイトしているからお金は問題ないとの事。

そしてなんと先日、まおちゃんが大きなまぐろの身を持ってきてくれたのだ!話を聞くと、どうやらお爺様が漁師らしく、仕送りで送ってくれたのはいいものの、あまりの量に一人では消費しきれないのと、お魚が多かったのでこのまま腐らすよりはと思ったまおちゃんはアタシの所に持ってきてくれたのよ。

お金払おうと思ったんだけど受け取ってくれなかったので、マグロを使った夜ご飯を作る事で了承をいただきましたー。


「ふぅ、ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


あらすぐなくなっちゃった。結構量あったと思うのだけど。


「いやほんとに美味しかったです。自炊なんて全然しないんでなんか心も満足したっす」


「それは何よりよ。おかわりはいる?」


おかわりもあるぞ!


「めっちゃ食べたい!けどもうお腹いっぱいなんすよね」


「なら良ければ明日もいらっしゃい。作ってあげるわよ」


まだまだマグロは残っているからね。いや本当に大きかったのよ。久々に出したわよ柳刃包丁。


「本当ですか!?じゃ、じゃあ明日もお邪魔するっす。取り敢えずカシオレお願いします」


「あら、飲んでいくのね」


「流石に飯作ってもらってお金払わないのは僕の良心が痛いんで。お酒は強くないっすけど、せめて飲んでお金落とします。ママさんもどうぞ」


「あらやだいい子。じゃあお言葉に甘えて一杯いただくわね」


グラスを用意しながら、ついさっき聞けていなかった話を思い出した。


「そうそう髪の艶よ!随分と綺麗になってるわね。昨日はもうマグロに目が行って気付かなかったわ」


マジでマグロしか見えてなかったわ。ごめんねまおちゃん。


「へへ、前にママさんがおすすめしてくれたトリートメント使ってみました。くせ毛も少しマシになって嬉しいっす」


「これは同じ学校の子も放っておかないわね」


「……その件で、1つ、相談がありまして」


「あらなに?いいわよ聞かせて」


「そ、そのぉ…」


「言いにくいならお酒の力!はいカシオレお待ちどうさま。はい、グラス持ってー!かんぱーい」


「か、かんぱーい」


まおちゃんに持たせたグラスにチンっと自分のグラスを当てて一口。ほら、一口くらい飲んだらってうっそ一気にいったわ!


「そのぉ。お、おっぱいって、やっぱりみんな好きなんすかね」


「まぁ、嫌いな男性よっぽどいないでしょ。あ、おかわりいる?」


「お願いします。ほ、ほら。僕ってその、おっきいじゃないですか」


「まぁ、正直ね」


「だからその…目線が集まるんすよ」


「あー」


まおちゃんは確かにおっきいわ。猫背だしパーカー着て出来るだけ目立たなくはしてるけど…いい子だから話すとき背筋伸ばしちゃうのよねぇ!そりゃみんな目線が向いてしまうわよ。ついついチラチラ見ちゃうわよ!

え?アタシ?あのねぇ、夜の街にはすごい人いっぱいいるのよ?慣れちゃったわ。


「飲みとか声かけてくれる人は居るんすけど、目線が時々外れるというか、下にチラチラ下がるんす。告白とかもされたりするんすけど…あ!勿論恋愛に興味が無い訳じゃないっすよ!でも、目線が露骨でなんかもう、男性が怖くなってしまったりしてたんす」


あー目線はどうしても怖いわよね。アタシの知り合いにも目線が怖くて男性と接せなくなっちゃった子いるからねぇ。


「で、でも。その。さ、最近気になる人が出来たんです」


!!!!!!!???????????

オネェさんそういうの大好物です!テンション高まって参りましたぁぁぁぁぁ!!


「どんな人どんな人?」


おらっ!早く教えろっ!アタシがどうなっても知らんぞ!はやく吐け!


「えっと、まず目を見て話してくれるんす。全然目線が胸に行かなくて親身になってくれて、1年くらいの付き合いなんすけど、なんか気付いたら惹かれてて、こんなの初めてで……うわ。今僕めっちゃ顔熱いっす。けど、きっとお酒の所為っすよね」


「そうそうきっとお酒の所為よぉ。いい人見つけたのね、まおちゃん」


超可愛いじゃないのよ!あー若返るわ。これでしばらく生きていける。


「で、でも。問題があって」


ほほう、ここがアタシの相談ポイントってわけね。いいわ、華麗に解決してしんぜようじゃないの。


「その人、どうやら男の人が好きらしいんすよ」


「………………………………………………………oh」


oh my god


「その、だったら胸に目がいかない理由と、僕に変な目線を向けないって事に納得してしまって」


うわー、アタシも今納得しちゃったぁ。


「でも、諦めたくないんです!告白もしないうちに失恋とか嫌なんです!」


な、なんて真っ直ぐで綺麗な瞳なの!?そんな目で見られたらこっちもすぐに答えなんて出せないわよっ!


「まだ答えを出すには早いわ!バイの可能性だってある!」


「?バイってなんすか?」


あ、そうだこの子純情ガールだったわ。


「バイセクシャル、男性も女性も両方イケる人の事よ!男が好きだってのも噂かもしれないわ!」


「…ちなみにママさんは?」


「アタシ?アタシはバイよ。オネエだから男が好きと勘違いされるけど両方とも経験あるわ」


ちなみにバリタチよ。


「そおっすよね。まだ確定じゃないっすもんね」


「取り敢えず周り人間に聞いて情報収集よ!諦めるにはまだ早いわ!」


「ありがとうございます!頑張ってみます!早速周りに連絡取ってみるっす!」


「ええ、思い立ったが吉日よ。応援してるわね」


そしてアタシにその甘酸っぱい話を寄こしなさい。


「また、相談しに来てもいいっすかね」


「あら、いつでも歓迎よ」


「ありがとうございます!あ、今度ご飯行きませんか?相談代って事で!僕奢るっすよ!」


「ふふ、元気になってくれて何よりよ。ご飯もいいわよ、流石に奢りは悪いから何が何でも半分出すけど」


流石に年下の女の子に奢られる訳にはいかないってーの。


「あとママさん。連絡先交換しないっすか?また相談とかしたいんで」


「いいわよー」


「あざっす!お腹いっぱいだしこれ以上飲むと眠たくなっちゃうんでお会計お願いします!」





会計を済ませ、ほんのり頬が赤くなった彼女はスナックの扉を開けるとクルリと振り返った。


「僕!頑張りますから!」


アタシはひらひらと手を振って笑顔の彼女を見送った。


本当に眩しい子。ああ、どうかあの子に可能性がありますように。そしてあの子の好きな人が、アタシのようなクズではありませんように。

そう考えながらグラスと片付ける。さて、余ったマグロはどうしようかしらねぇ。



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