第12話:ピリリと痺れる決闘
三日目。午前九時。
隣さんは半信半疑な様子だったけど、杖を持って玄関から出てきてくれた。
二人でエスコートして切り株へ。
「連れてきましたよ」
イドちゃんがそう言うと、横山さんからどんな言葉が返ってきたのか、整った眉がひそめられた。
「それを伝えるのは、いいのでしょうか……?」
隣さんが鼻で笑う。
「だいぶ辛辣な言葉をかけてきたみたいだねえ。構わないよ。オブラートに包まないでそのまま言いな」
イドちゃんは少し目を泳がせていたけど、一つ咳ばらいをしてから伝えた。
「『しっぽ巻いて逃げやがって。ようやく帰ってきたか』とのことです」
……何十年ぶりの再会で、最初にかけた言葉なんだよね?
でも、隣さんはそれを聞いて、くつくつと笑った。
「これは、信じるしかないねえ。私に堂々と下品で上から目線の物言いができるのはサンちゃんくらいだもの」
くぼんだ目にはぎらぎらとした光がともって、しゃがれた声には鋭い熱がある。
「ヨコヅナはもう切り株にいるかい?」
咄嗟に振られて、ちょっと動揺したけど、何とか口にする。
「います。コツブくんと向き合って」
いる、というより、佇んでいる。お互いに顔を見合わせて、勝負のときを待っているかのように。
「なら、二人は座っていて。ブルーシート、渡したわよね」
頷いて、イドちゃんと二人で座れるくらいの大きさに広げて敷いた。
受け取ったときから予想はしていた。長丁場になるってことは。
「さて、やろうじゃないの、サンちゃん」
隣さんは切り株のそばに寄ると、腕まくりをして、手をパンと合わせた。
それが開戦の合図。二匹が衝突する。
瞬間、コツブくんが放り投げられて、切り株の外に落ちた。
あっという間の決着。
――でも、終わりじゃない。
コツブくんは飛んで戻ってきた。
挟まれて投げ飛ばされても、押し切られて外へ出されても、何度も、何度も。
小さな目には大きな闘志の光が絶えずたぎっている。
ヨコヅナくんも同じ目をしていた。
コツブくんは闘争心をむき出しにして攻撃を仕掛けて、名前のとおりの貫禄でヨコヅナくんが迎え撃つ。
直径五十センチメートルもなさそうな切り株が広い世界に見えて、目が吸い込まれていた。
気付くと、日光がオレンジになっていた。
この勝負はずっと見ていたい。でも、今すぐにでも勝負がついてほしい。
そんな矛盾した考えが浮かんだときだった。
挟み込みにきたヨコヅナくんの大あごを、コツブくんが小さな体を活かして身を伏せてすり抜け、素早く横に位置を取ると、ついにハサミで捕らえた。
大きな体はあがいているけど、高々と掲げられていて脚が切り株に引っかからない。じわじわと切り株の
そのまま、そのまま!
握りしめる拳が汗をかいている。こんなに熱い気持ちになったことなんてない。周りに合わせ続けていたら知らないままの温度だった。
ついに、ハサミが開かれて、大きな体が切り株の外にぽとりと落ちた。
「やった!」
思わず立ち上がっちゃった。慌てて口を押さえて座る。
恥ずかしい。けど、頬の熱さが心地よい。
「あっ……」
ヨコヅナくんが土俵に戻ってきて、二匹は健闘を称えるように向かい合うと、そのまま消えていった。
「イドちゃん、隣さん。二匹とも浄化されたよ」
「……そうかい。で、サンちゃんは成仏したかい?」
「正確には浄化ですね。成仏は生きた状態から魂が消えることで、浄化は霊となった状態から未練がなくなって消えることですから」
「逝ったのならどちらでもいいけれどね。何か言い残したりしたかしら?」
「はい。では、本人の希望どおり、そのままの言葉で伝えますね」
咳払いが、一つ。
「『リベンジ、待ってっから』」
ややあって、隣さんはため息をついた。
「あの子ってば、ようやく一勝だってのに何言ってんだか、まったく」
そう言って、左手で両目を押さえて、泣くように笑った。
「何が余生だか。人生に余生なんてものはないっていうのに。私の頭もずいぶんと鈍っていたみたいだねえ」
その姿に、虚無感はもう影も形もない。
笑いが収まったあと、隣さんは独り言ちた。いや、もしかしたら、私たちに問いかけたのかもしれない。
「今の子も、虫って好きになるのかしらねえ」
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