第22話:どうして私を選んだんだろう?
悪霊指定。
討伐部が退治のために動く段階。
ただ、交霊会に連絡を取ってみると、危険指定のまま行方が分からなくなったから悪霊指定に格上げされたとのことだった。
イドちゃんの居場所が分かったかどうかをまた聞かれたけど「分かりません」としか答えられない。
ふいに、ドアがノックされる。
「希砂? 宅配物が届いているわよ。交霊会って、バイト先よね。変なことしてないでしょうね」
お母さんだ。でも、今は文句を返す力すらない。
どうにか鍵だけ開けて布団に戻ると、そばにダンボールを置いてくれた。ねえ、そんな心配そうな顔しないでよ。
ドアが閉まる音がしたあと、しばらくぼんやりとしていた。
首を少し動かせば、目の端にダンボールが映る。
……開けてみようかな。
別に、興味が湧いたわけじゃないし、好奇心に突き動かされたわけでもない。
ただ、なんか、開けたほうがいいような気がしたってだけ。
ガムテープをはぎ取ると、中には三つの茶封筒が入っていた。
こんな状態なのに仕事しろってことかな……。
ふたを閉じようとしたけど、いつものとは違うことに気付いた。
ボールペンで日付が書かれていて、「動物霊識別者調査レポート」と題されている。
調査レポート。……もしかして。
一番古い年――三年前――の茶封筒から開ける。
中には綴じ紐でまとめられた分厚い冊子。表紙には「動物霊識別者調査レポート:井戸原由香里」って印字されている。
やっぱり。これ、イドちゃんの調査レポートだ。動物霊が視える人を観察したって言っていたはず。
一枚目から三枚目は調査対象のプロフィール。
つまり、対象になっているのは私も含めて三人。
一人目は
中一の女性。
栗色のボブカットとアーモンドアイが明るい雰囲気を出している。
ペットはいないけど、動物の動画を見るのが趣味。
イドちゃんと並んだら絵になりそう。
二人目は
高二の女性。
ぼさぼさの髪や目のクマがニヒルな笑いに合っている。
ジャンガリアンハムスターを飼っていて、趣味は慈善活動。
イドちゃんと組んでいたらクセのあるコンビになっていたかもしれない。
三人目は、私。
中二の女性。
いつ撮られたのか二つ結びを両手でつまんでいる写真が載っている。
ペットはいない。趣味はショッピングとカラオケ。実際は、クラスメイトに合わせていただけなんだけどね。
四枚目からは、……えっ?
多分、調査結果が書かれている。日付が記入されていて、氏名には相浦琴葉って書かれているから。
でも、走り書きの一文しかない。「明るい印象」。
次は黒木さん。同様の文字で「頑張っている」。
そして私。「ベンチに座っていた」。
なんでこんなに雑なんだろうって一瞬考えたけど、そうだった。調査レポートを出し始めたのは、動物霊を視る素質がないって言われて、お姉さんも亡くしたあとだった。
でも、どうして交霊会はこれを私に送ってきたんだろう。
ページをぱらぱらとめくっていく。
半分くらいのところで、気になる一文があった。
――この人も、孤独を抱えているのかもしれない。
調査対象は、私。
孤独。確かに抱えていたけど、イドちゃんほどに凄惨なことが起きたわけじゃない。単に私自身が周りと合わせるほうを選んだだけで。
でも、それ以降、私だけ一文じゃなくなっていた。
結構、目がくたびれている。
信じてくれる人がいない目。
私が鏡で見るのと一緒の目。
友達と一緒にいることが多いけど、楽しそうには見えない。
私はあんなにうまく、笑顔を繕えない。
今日は公園のベンチで微笑んでいた。
何かいいことがあったのかなと思ったけど、目線が斜め下のまま動かない。
動物霊がいそう。公園だからハト、多分。
そして、一年目の最後。一気に文章量が増えていた。
今のイドちゃんからは想像できないくらい感情的だったことも、驚いた。
友達みたいな人から結構ひどいからかいを受けていた。
うまく流していたけど、傷ついている、絶対。
怒ればいいのにって思ったけど、あの人は違うのかもしれない。
多分、心の根っこが優しくて、傷つけられない。
本人は周りと合わせようとしているだけって思っているような気がする。
あるいは、自分が傷つきたくないから、とか。
でも、周りと合わせることって、つまりは自分を抑えることだからつらいはず。
しかも、結局、自分は傷つくことになる。
自分を抑えない方が楽だし、多分、私は無意識にそうしている。
でも、両星さんは意識して自分だけが傷つくほうを選んでいる。
動物霊が視えることも、おそらくは誰にも言っていない。
言って、不快な気持ちにさせたくないから。
これも、何か言い訳を自分にしていそう。
動物霊が視えることも誰にも言っていないみたいだし、やっぱり、予想通りだった。
両星さんは、孤独感を抱えている。
あんなに優しいのに、違うか、優しいからこそ、自分だけ傷ついている。
パートナーになれたら、私と孤独感を共有できるかもしれない。
もしかしたら、孤独感を消し去ることまでできるかもしれない。
そうしたら、自分を傷つけなくなってくれるかな。
私は、あの人が苦しそうにしている姿を見たくない。
二年前の冊子は、調査対象が全部私になっていた。
だんだんと字が丁寧になっていき、途中から敬語を使うようになって、私と同じ高校を選ぶって決めたあたりから「両星さん」じゃなくて「リーちゃん先輩」に変わっていた。
三年目の冊子は分厚さが三倍くらいになっていた。それまでが一年で一枚ずつだったから、千ページは超えているかも。
一ページの量もぎっちりとしている。さすがに全部読んだら何日かかるか分からないからぱらぱらとめくる程度にしたけど、最後、三月三十一日だけ、一文だった。
もし、万が一、実は霊が視えないと言われても、パートナーにするのはありでしょうか?
ふふっ。何それ。
それじゃあ、ダイヤちゃんもお姉さんも関係ないじゃん。
うん。関係なくなっている。
……なんだ。
……なーんだ。
私が、馬鹿だっただけじゃん。
勝手に思い違いして、勝手にうじうじ悩んで。
ただの媒介役でも、ただの姉代わりでもなかった。
「私」を選んでくれたんだ。
「私」だから選んでくれたんだ。
こんなことで喜んでいる自分にちょっと腹が立つけど、このむかつきが今は心地よく感じる。なんか、変なの。
時間を確認すると、午後九時。
……追い焚きすれば、まだお風呂入れるよね?
いい感じに熱くなったお湯の中で情報を整えてみる。
良子さんは無指定だった。つまり、霊となっていること自体は交霊会で確認ができている。
会えないのは場所が不特定だから。でも、霊って確か、思い入れや未練のある場所に留まりやすいって話だったはず。
無指定から一気に危険指定へ優先度が上がったのは、イドちゃんが私に依頼書を出してからすぐあとのこと。
イドちゃんは幽霊が視えるのに良子さんをずっと探していた。嫌悪どころか良好な仲だったのに、良子さんは顔を見に来てすらいないってことになる。
ただ、イドちゃんは良子さんに依存気味だったところがあった。霊が視えることを信じてくれる人が他にいないせいで。
つながってきているような気がする。
何か、資料だけじゃわからない情報があるのかも。
こういうときに、イドちゃんがいてくれたら、って思ってしまう。
いつもアドバイスをくれて、浄化のサポートをしてくれていた。
ちょっとスキンシップが多めだけど、今はその温かさが恋しい。
そういえば、なんで、良子さんが危険指定になった理由を聞いたとき、イドちゃんの居場所を尋ねられたんだろう。
イドちゃんは良子さんを見つけられるどころか一回も視ていない。
幽霊が視える人だったらイドちゃん以外にもいるはず。
これを、単にイドちゃんの様子が心配だから、と片づけていいものなのかどうか。
……いや、待って、もしかして!
イドちゃんは言っていた。交霊会は霊を尊重する方針で活動しているって。
もしも、今ぱっと浮かんだ憶測が合っているのなら、……お風呂に浸かっている場合じゃない!
霊を相手にする仕事柄、夜勤の人がいるのは助かった。
「夜分遅くにすみません。調査部の両星希砂です。お聞きしたいことがあって」
尋ねることは、ただ一つ。
「井戸原良子さんに関して、何か箝口令って敷かれていませんか?」
一瞬の間があった。
返ってきた言葉は、「言えません」。
いません、じゃなくて、言えません。
「分かりました。ありがとうございます」
情報としては十分すぎるくらい。
いや、もしかしたら、託されたのかも。討伐じゃなくて、浄化って手段で解決してほしいって気持ちを。
やるべきことは、見えた。
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