第4話ダンジョンに潜る


「ここは俺が使ってるセーフハウスだ、家賃はいらねえから好きにつかえ」


 家から追い出された俺は父親に連れられ、桜木町駅近くの雑居ビルの三階にある父親所有の物件に連れてきてもらった。


 コンクリート打ちっぱなしの壁、フローリングの床、二十畳ほどのワンルーム、申し訳程度のキッチンとユニットバス。


「ママがああなっちゃ話しはできねえ、とりあえずお前はここに避難してろ、パパが何とか家に帰れるようにしてやる。すまねえが学校は一年休学してくれ、パパはその辺の手続きは分からねえからもうきっとママの手により休学になってるはずだ、その辺は我慢してくれ」


 と、父親が言い、本当にすまねえな、パパに学がなくてと、俺にぺコリと頭を下げた。


 俺は父親に頭を下げさせたことがあまりに申し訳なくて、涙が出そうになった。


 それにしても、母親を見るにつけ、俺に結婚は無理だと痛感する。


 結婚している父親は、本当の勇者だ。


「あのな皇海、女なんてもんはあんなもんだ。ママが特別ひでえわけじゃねえ、だからママを怨むんじゃねえぞ? 女は基本形があんなもんで、ママは学者だからな、ちょっとそのベースにエキセントリック感がのっかってるだけだ」


 マジで女ってあれがベースなの? 天使な真凛も育つとああなるの? 俺怖いよ。


「大丈夫だ皇海、男は女に惹かれるようにできてる、お前もそのうちそれが分かる。だから、大丈夫だ」


 俺がそのうちアレに惹かれるの? 俺、俺が怖いよ。


 父親はことあるごとに母親のことを、学者だからな、学者だからしょうがねえ、と言うが、確かに母親はマスターを持っているが、生まれてこのかた働いたことのない主婦だ。きっと学者とは研究機関で働いてる人のことを言うと思うので、母親は学者じゃないと思う。


 父親の顔はもう普通だ。怪我は一切ない。さすがダンジョンアタッカー、さすがの回復力だ。あんなジャガイモみたいに凸凹だったのに。


 父親と俺はとりあえず格好だけでもダンジョンアタッカーぽくしておかないと母親が納得しないだろうと、桜木町の向こう側、世界有数の難関ダンジョン『横浜ダンジョン』を持つみなとみらい地区へ向かう。


 さくら通りを抜け、帆が風をいっぱいに孕んだ形をしている白い建物、横浜ダンジョンの建物に入る。


 一階の受付で、ダンジョンアタッカー申請をする。


「ダンジョンてのはな、ダンジョン自身が人を選ぶんだ。一度ダンジョンに入ると、スキルが生えるやつがいる。そうすればダンジョンアタッカーとしてやっていける。スキルが生えなきゃ、ダンジョンアタッカーにはなれねえ、スキルがなきゃダンジョンの中じゃ生きていけねえからな。

 お前にスキルが生えなきゃ、パパがママに説明して、ダンジョンは無理だって説得するから。

 お前が家に帰れる最短ルートは、ここでスキルが出ないことだ」


 父親の説明をきいて、スキルが出ないことを祈りながら、父親と係の人と三人でダンジョンの入り口、二十メートルはある真っ白い半開きの観音開きの門をくぐる。


 そして頭の中に音が響く。


『スキルを取得しました。

 格闘系スキル・王道(プ)

 職業・プロレスラー』


「パパ、音がした」


「そうか、最短はなくなっちまったが、スキルが出たならしょうがねえ、スキルタイプは何だ?」


「格闘?」


「そりゃよかったな、装備に金がかからねえ、職業は?」


「ん? プロ、レスラー?」


「なんだそりゃ? きいたこともねえな?」


 父親がついて来ている職員にきいて、職員も全く知らないらしい。


 プロレスラーってなんだ? そんな仕事きいたことも見たこともない。


 俺も父親も職員さんも困惑した。


 受付に戻り、職員さんがデータベースに当たってくれたが、プロレスラーと言う職業は俺が初めてらしく、記録が全くないらしい。ウィキでも調べてくれたが、プロレスラーと言う言葉自体がこの世界では存在しないらしい。


「こりゃ困ったな、これじゃアドバイスもなんもない。まあ逆に言えばユニーク中のユニークってことだ、俺は息子がユニークで嬉しいぜ」


 と、父親が俺の頭を撫でる。


 ユニークスキルって言ったって、どんな職業かもわからなければ成長のしようもない。


 とりあえず、受付に備え付けてあるインターフェイスを使い、スキル樹形図を開く。


 スキル樹形図は、職業ごとにあり、ダンジョン内の敵を倒すと経験値が溜まり、次のスキルが解放され、そのルートがいくつもあり、自分なりのスキルを育成して行けるシステムだ。


『プロレスラー・スキル・王道(プ)

 →キック

 →チョップ』


「とりあえず格闘系っぽい感じだな、キックとチョップか、近接系かな?」


 父親は俺のスキル樹形図を見て難しい顔になる。


「まあキックを取れや。できるだけ間合いは遠い方が安全だからな」


 と、父親に言われ、キックを選択する。


「それじゃもう一度ダンジョン入るぞ」


 父親に言われ、もう一度ダンジョンに入る。ここまででダンジョンアタッカーの受付は終わり、職員さんにお礼を言い、父親と二人だ。


 普段着の俺と、普段着の父親、周りは全身を覆うプロテクターや身の丈を超える大剣を担いだり、重機関銃を小脇に抱えたりしている中、俺たちは完全に浮いていた。


 するする進んでいく父親の後ろにつき、石が積み上げられてできた洞窟のような、坑道のようなダンジョン内を緊張しながら歩く。


「大丈夫だ、一階部分は雑魚しか出ねえ、俺もいるしな」


 父親が緊張している俺に向かい明るい声をかけ安心させてくれる。


 多くの人が進む太い道を外れ、周りに誰もいなくなる。


「いたぞ」


 前を進む父親が、そう言って、歩みを止めた。


 目の前には身長百五十センチくらいの緑色した肌の小鬼が一匹立っていた。


「ゴブリンだ、それじゃ見本を見せるからな」


 父親はひょうひょうと両手をダルダルのサルエルパンツのポケットに突っ込んだまま近づき、あまりのひょうひょうとした態度にキョトンとしたゴブリンの頭部をビーチサンダルを履いた足で勢いよく上段回し蹴りで吹き飛ばした。


 ゴブリンの頭部は金属バットで殴られたみたいにべっこりへこみ、ぐにゃりと力を失い、土下座するように倒れこむ。


 五秒ほど父親は倒れこんだゴブリンの後頭部を睨みつけていると、ゴブリンの体がドロリと溶け、地面に吸収されていく。


 そこに残ったのは、小指の先ほどの、真っ黒いビー玉のような石。これが噂にきく魔石だろう。ダンジョンアタッカーは基本この魔石を集め換金することで生計を立てる仕事だ。


 父親は魔石を拾い、俺に見せてくれる。


「ゴブリンの魔石は一個五百円くらいだな。十匹殺せば五千円。日に四、五十匹殺せば食っていく分くらいは稼げる。借金だって返せる。どうだやってけそうか?」


 これ一つ五百円なら、やっていけるかもしれないが、父親は軽々殺していたが、それはベテランであり上澄みである父親だからのことだろう。まだ俺にできるか分からない。


「とりあえず一匹シバキ回して考えるか」


 と、父親が言い、また二人してダンジョンの中を歩く。


「いたぞ」


 すぐにゴブリンが現れる。


「皇海、やってみろ」


 と、父親に言われる。


「お前はスキルがあるからな、キックをイメージして足を動かしてみろ。お前のスキルが後はやってくれるからな」


 と、父親に言われ、恐る恐るゴブリンに近づいていくと、ゴブリンは興奮して両手を上げ、大きく口を開き、威嚇しながら襲いかかってきた。


 俺は頭の中でキックをイメージして足を前に出す。


 ゆっくりと俺の足が動き出す。


 吸い込まれるように、走りこんできたゴブリンの顔に、俺のあげた足の裏が当たる。


 ぺしゃん!!


 なんかいい音がして、ゴブリンが仰向けに倒れ、ピクピクと痙攣した。


 そのままゴブリンを見下ろしていると、ドロドロと溶け出し、地面に吸収されていく。


「おお、よくやったな。なんかすごいゆったりとした動きで心配したが、狙いも良かったし、けっこう威力があって驚いたわ。これ、お前、やってけるかもな」


 と、父親は嬉しそうに俺の肩をバシバシ叩いた。


『スキルが成長しました。

 スキルポイントを1ポイント取得しました』


 と、頭の中に声が響く。


 俺が驚いた顔をしていると、父親が、


「お、スキルアップか? 早いな」


 と、言った。


 二人で受付に戻り、スキル樹形図を見る。


『プロレスラー・スキル・王道(プ)

→キック→十六文キック

→チョップ』


 キックに新しい技が増えていた。


 父親が、じっくり俺のスキル樹形図がのっているインターフェイスを覗き込み、


「十六文キックか? きいたことねえな。とりあえず取っとけ」


 と、言うので十六文キックを取る。


 十六文キック、凄かった。


 足を前に出すと、俺の足の裏がほんわか光り出し、オーラで包まれる。まるで大男の足のように大きくなるのだ。


 そしてそこに吸い込まれるように、ゴブリンが頭をぶつけ、死ぬ。


 足をあげると、そこに敵が吸い込まれ、確実に死ぬ。


 とんでもない技だ十六文キック。


 父親と二人夜まで二人でダンジョン一階に籠り、ゴブリンを殺しまくった。途中スキルポイントをまた1ポイント所得したので、チョップも取った。


 チョップも一撃でゴブリンを殺せるが、なぜかチョップをしようとすると、


「あぽぅ」


 と、口から声が出てしまう。


 まあ、一撃必殺なので、気にはならないが。


 ポケットいっぱいの魔石をジャラジャラさせて、受付に帰り、機械にジャラジャラ魔石を注ぎ込み、ボタンを押すと、今日手に入れた魔石は七十八個、一個五百円で三万九千円だ。


「日給四万……」


「まあそんなもんだ、コツコツやっえりゃそこそこ稼げる。無理したら死ぬからな、コツコツ真面目にがダンジョンアタッカーの仕事だ」


 父親が機械から出てきたレシートを別受付にもっていき、金に換え、俺のポケットに全額ねじ込む。


「ちょっとはダンジョンに潜ってた方がママにも印象いいからな、無理しない範囲で、浅いところをちょろっと潜れ、無理はしなくていいからな、怪我してもバカらしいしな、稼いだ金は小遣いにすりゃいい。大丈夫だ皇海、俺ができるだけ早く家に帰れるようにしてやるからな」


 そう言って父親は、コンビニで大量の食糧と生活必需品を数万円分買ってよこし帰って行った。


 一人今日から住む雑居ビルの部屋に帰ると、凄く寂しく感じる。


 悲しみに負け、ウーチューブでぬこたむのチャンネルを見ると、今日はまだ配信がないらしく、動きがない。


 ぬこたむのツイックスをチェックしても、今日の朝の『おはよーにゃん』以来何も動きはない。  


 あきらめて、スマホから目を放そうとしたとき、通話を知らせる音が鳴った。


 画面を見る。


『麦くん』の表示。


 小一からの一緒、中学まで学校も同じで、今でもよく遊ぶ地元の友達の一人だ。


 電話に出ると、


『スカくん、今大丈夫?』


 と、いつもふわふわした麦くんの声とは違い、少し落ち込んでいるような、暗い声だった。


「大丈夫だよ、何かあった麦くん?」


『うん、ぼく、家追い出されちゃった』


「なんで?」


『芽衣ちゃん、彼女ね、お腹大きくなっちゃって、今日泊めて、ぼくと芽衣ちゃん』



 麦くん………………。

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