第4話

茜は満面の笑みで言った。

「ありがとうございました」

「こちらこそ、素敵な時間をありがとう。また来ますね」


 鈴木はそう言うと、大きなスーツケースを引いてオホーツクノ夜珈琲を出た。


 ソファに座っていたコンは、カウンターの茜に向かって感心したように言った。

「今日からマスターになったとは思えないほど、様になっているね」

「ここ最近は、一人でお店を回すことが多かったですからね」

「なるほど。西田さんは、計画を着々と進めていたわけだ」

「ですね。でも前もって言ってほしかったですよ!」


 そう言いながら、茜は今日出勤した時のことを思い出していた――。


 茜は軽い足取りで歩いていた。

ロータリーを抜けて、稲荷神社の横道を通ると、「オホーツクノ夜珈琲」が見えた。

ドアの前にキタキツネがいないのを見て、茜はつぶやいた。


「今日もマスターは遅い出勤かな。最近多いなぁ」


 茜はオホーツクノ夜珈琲のドアを開けると、スマートフォンのライトで店内を照らしながら、間接照明のスイッチを次々と入れていった。

 すると、カウンターに一枚の封筒が置かれているのに気づいた。


 茜は封筒を手に取り、宛名を確認した。

「『茜ちゃんへ』……マスターからか? 何だろう?」


 そう言いながら封筒を開け、中の手紙を読み始めた。


茜ちゃんへ

茜ちゃんがオホーツクノ夜珈琲で働き始めて、今日で三か月ですね。

茜ちゃんは仕事の覚えが良くて、一か月で教えることがなくなってしまいました。

それは、オホーツクノ夜珈琲での仕事が楽しいと感じてくれているからだと、楽しそうに働く茜ちゃんを見て感じています。

あの日、僕の言ったことは間違いではなかった。

茜ちゃんは悪くない。


 ここまで読んで、茜は目頭が熱くなっていた。

涙がこぼれないように上を向き、一呼吸してから、もう一度読み始める。


これで僕は安心して旅立つことができます。


「へっ?」


 茜は思わず素っ頓狂な声を上げた。そして、食い入るように続きを読んだ。


実は茜ちゃんには隠していたけど、僕は北見焼肉の伝道師「ヤキニキスト」なんだ。

これから一年間、北見焼肉を世界に伝道する旅に出ようと思う。


おめでとう! 今日から茜ちゃんが、このオホーツクノ夜珈琲のマスターだ。

このお店の経営を、すべて茜ちゃんに預けます。


もちろん、困った時のために相談に乗ってくれる頼れる先生を二人用意したから、安心して。


まずは、ダーツバーを経営している「コンさん」。

彼は若いのに長年バー経営をしていて、経験が豊富なんだ。

お店のファンを作る技術は一流だよ。


次に、稲荷神社の「北条さん」。

彼は地元の中小企業に太いパイプを持っているんだ。

なんでそんなに太いパイプを持っているのかは謎だけど……。

あと、玉葱パフェの熱狂的なファンで、玉葱パフェの布教活動をしている。


二人には話を通してあるから、何かあれば相談してね。

それでも解決しなかった場合は、事務所の引き出しに「虎の巻」を入れておいたよ。

本当にもうダメだってなったら開いてね。


一年後、成長した茜ちゃんと会えることを楽しみにしています。


「オホーツクノ夜珈琲マスター」改め

「北見焼肉の伝道師」

西田はじめ より


P.S. 茜ちゃんの新しい名刺を、カウンターに置いておいたよ。


 茜は手紙を最後まで読み終えると、大きく深呼吸をした。


「スー……ハー……」


 そして、大きな声で叫んだ。


「私の感動を返せー!」

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