ソフィア・クオーツ・フェロアオイの華麗なる日常 ~午後~


 日光が緩やかに照り付ける邸宅の出先。私と先生はお互いに杖を突きつけ合っていた。


「魔法の本質は、どこにあると思いますか?」


 まずは会話から始まるらしい。先生らしい質問だ。そして、難しい質問だ。


「……変換」

「なるほど?」


 何から行こう。先生、余裕そうな顔してるなぁ。後考えながら会話やるの難しいっす。


「えぇと……。言葉にすれば単純なんですが」

「元素に変換できてるのが変?」


 冷静に想像を組み立てろ。頭の中で世界を構築しろ。無いものを、あるように。魔石から火が飛び出し、先生を焼き尽す光景を。紫の魔石から赤色が徐々に漏れ出す。じゃ、まずはご挨拶を。


「近い概念ではあるんですが……『火よ、前にて、暴れよ』。いやゼロが四種類に変わってるのも勿論変で」


 やっぱりもう苦手です先生!これシングルタスクには無理です!

 でも、私の魔石から大量の赤い炎が飛び出し、先生をベールのように包み込もうとする。ワンチャン一手目で勝ったか?


「そもそも魔法は……『水よ』世界の魔力を自身に蓄積し、『身に』変換するものでは?『纏われよ』」


 軽く壁となった赤の向こう側から、軽やかな声がする。炎の間から見えた先生は、瞠目したようだった。その間に詠唱を挟んで来るヤバさよ。これマジ?


「そこは事実なんですよ『土よ、塊となり、前へ』」


 炎が途切れた直後に、バキバキバキとこぶし大の土くれを作り、射出する。魔法を使っている間は、並行して別のは使えない。魔石のメモリは常に魔法一個分。


「では何に疑問が?『土よ、塊二つ、前へ』」


 打ち消しともう一個が飛んでくるんですか?容赦なくない?ヒュゥゥゥと物が飛来する音が聞こえる。


「魔力の蓄積は呼吸や食事で納得できます『土よ、壁となれ』『風よ、収束し、進め』」


 発生した魔法は、杖の手を離れれば独立する。土はその点楽だ。物があるんだもん。本命の風塊を飛ばすのも忘れない。見えない空気砲、ガードしてみろ!


「……なら、発散?『風よ、旋回せよ』変換自体は、魔力の持つ力ですよ?」


 あ、やべぇ。これ大技が飛んでくる奴だ。私の空気砲、回転する風に取り込まれてますね。なんか倍近くの強さになってない?フュォォォ!とか聞こえてますけど。

 先生からまるで焦りは見えない。てか実戦豊富だしそりゃそうだよね。


「だから、その前提に違和感があるんです『火よ、三つ球、螺旋、前へ』」


 大慌てで追加の詠唱を行う。魔石がさっきよりも強く輝き、頭サイズの火球が三つ、螺旋状に先生の方へと飛んでいく。やり過ぎたか……?


「つまり、どういう……?『風よ、倒れ、回転し、進め』またまた難しい話を……」


 困惑しながらとんでもないつむじ風を飛ばしてこないで下さい!あ、火球が打ち消された!やば!


「ですから、『水よ、前に』えっと……『土よ……ぐぇ!」


 私が咄嗟に唱えた魔法たちは威力を弱めたのは弱めた。しかし、私は空気砲に吹っ飛ばされて円の外へ。やっぱつえぇ~。


「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫です」


 大きく舞った土煙。私は無様に転がっております。煙の向こうから先生がたったか歩いてくる。

 煙の向こうから出てきた先生はまるで疲労を感じさせない、いつもの様子である。マジか……。


「よかった……」

「……別に、怒りませんよ?」


 うぇっ!?と変な音を鳴らし、下手な口笛と明後日の方向に向けられる視線。この人、まだビビってるのか……。


「もう一戦、やりますか?」

「……やりましょう。流石に一戦では」

「素晴らしい意欲です」


──────そうして、三戦ほど“逆話”をやりました。


「いい感じですねぇ」


 え~、全敗。普通に強すぎ。でも宿題を何個か作ってやったからいいか。三回も土を舐めさせられましたからね。容赦ゼロ!


「あ、ありがとうございました……」

「課題は、イメージを固め過ぎる所でしょうかねぇ」

「気を付けます……」

「魔法において大事なのは、完全に囚われないことです」

「はい……」

「不完全を少しだけ、恐れ過ぎちゃってますね」

「それは、否定できません」


 そう言って優し気に笑う先生。仰る通り過ぎるな。前世の頃から、完璧主義の悪癖があるのも事実だ。どうにも、もう少しやれたはずの呪縛に囚われる。しかし、許し方が分からないんだよ。

 私は困った様に笑ってるんだろう。多分、私の悪癖その二だ。困ると、曖昧に笑ってしまう。


「先生も、同じ時期がありました」

「そうなんですか?」

「えぇ。学院に居た頃の話です」


 余りいい思い出ではないのだろう。少しだけ頬を掻きながら、先生はバツが悪そうにニヘラと笑う。私は珍しく、ポカンとしていた。


「もっと完全な魔法を、理論を、成績を」

「……」

「結果的に、私はベッドから起きられなくなりました」

「なぜ……」

「難しい問いです」


 私が地面を突いている杖に、力が入る。その症状は、私にも覚えがある。でも、どうやって戻ったんだ。心底不思議に思ってるのが伝わったのか、先生は安心させるように笑う。感情が、入り混じった笑みを。


「どうやって、解決したんですか?」

「私は自分に、不完全を押し付けました」

「……?」


 思考が巡るが、答えにならない。不完全を押し付けると、苦しくならないか?甘えてしまうんじゃないか?


「言い方が悪かったですね。えっと」

「許した?」

「う~ん、ちょっと違います」


 先生は、少しだけ考え込む。私はこの時、初めて先生という一人の人間を見ている気がした。異世界の誰かではなく、アイヴィー・アトモスという一人の人間として。


「……思い出すようにした、でしょうかね」

「というと?」

「何かできなかった、やらなかった時。貴方は、やらなくていいと」

「やらなくていい……」

「それを思い出すようにしました」


 よくある自分を許す論ではないのか?それは。それで許せるなら楽だ、なんて思ってしまう自分が少しだけ嫌だ。察したように先生は髪を指で巻き始めた。


「優しくするって訳じゃないんです」

「ほう?」

「これは諦めでもあるんです。今はやれなくていい、やらなくていい」

「……」

「そして、いつかを今にしない」


 いつかを、今にしない。


「数時間、数日、数ヶ月を求めないこと」

「…………」

「一年、数年、十年掛かったっていい」

「そんなこと……」

「ソフィア様。限界は、上限を増やすものであって……超えるものじゃないんです」


 完全に自分を許せる訳じゃない。まだ、求めてしまうだろう。でも、心の底から先生の伝えたい意志だけは届いた気がする。自分を殺さないで済むように。先生の言っていることは、ちょっとだけ心に響いた気がした。


「……そろそろ、教室に向かいましょうか」

「…………ですね」


 杖を突きながら邸宅の方へと向かっていく先生。貫禄あるな……心なしか背中が、大きく見える。

 私も追従する。珍しい構図だ。


「先生」

「なんでしょう?」

「ありがとうございます」

「……何かの役に立てれば幸いです。私は、先生ですから」


 そう言って私たち二人は、少しだけ暖かい空気で戻っていきました。多分、きっと。


/////////////////////////


「今日も、ありがとうございました」

「はい!お疲れ様でした!」


 座学も無事に終了し、ちょっとだけ近づいた距離感の中、先生を入り口まで見送る。いつも振ってくれている手、その距離が数歩だけ、長くなったと思う。私の見送る時間も、きっと長くなっていると思う。嬉しい事だ。


「お嬢様、夕飯の準備が出来ております」

「ん、今行くわ」


 送り終わった瞬間、後ろから声を掛けられる。例によってミモザである。タイミングの見計らい方が流石ねぇ。


「お嬢様。表情が明るく思います」

「正解。今日はよく眠れそうだわ」

「それは、よろしゅうございました」


 ミモザには見抜かれてるわよねぇ。食堂へと歩いていく途中、ミモザに言われた言葉が少し恥ずかしい。しょうがないじゃん、予想外のことに弱いんです私は。良くも悪くも。


「……お嬢様。よい事がございましたか?」

「そんなに分かりやすい?」

「知る者なら、分かるかと思われます」


 料理長が豚肉のグリルとパン、サラダをテーブルに置きながら声を掛けてくる。パッと見て分かるレベルなら、そりゃもういい笑顔してるんでしょうね。はぁ。


「天と地、巡る星の恵みに感謝します」


 夕飯はがっつり食べるのだ。てか胃腸が一番マシなのが、この時間だからどうしようもないね。お肉美味し~朝食ったら絶対吐くわこれ。サラダが沁みるわ。黒パンも栄養あるし。う~ん健康。


「料理の方は、如何でしょうか?」

「豚の油落としてくれてるし、サラダの味付けもいい感じ。柑橘とオリーブの美味しさが沁みるわ」

「……やはり、ご機嫌がよろしいようで」

「ま、そうねぇ」


 料理長も嬉しそうにしている。朝昼晩嬉しそうにしてれるから食べがいあるねぇ。うままま。


「ご馳走様」

「お嬢様。風呂の準備は出来ております」

「入るわ」


 四属性魔法で水はあるし、教会の教義が清潔のせいで助かるわ。毎日風呂に入れる幸せ。てか外で動いたし、入らずに眠れないよ。ここは現代の感性が生きてる感あります。


「沁みるわ~」


 寝そうになりながら髪を長時間かけて洗う。管理めんどくさすぎ。最初は身体に違和感しかなかったけど、逆に男の方が違和感あるだろうね、今は。慣れって悲しいな、忘れていってる。色々と。

 そして出る。寝間着に着替えて自室に戻る。そしてドレッサーの前で髪を乾かす作業が始まります。短い杖を持って風を吹かせる。髪梳きながら魔法唱えるのめんどくさ過ぎ。光源は祈祷で何とかしてくれてるけど、めんどいのはめんどい。


「やっと終わった……」


 ようやく乾かし終わり、ベッドに潜り込む。現代でも今でも、この瞬間が一番いい。


「……疲れた」


 でも、いい日だったわ。先生の言葉を何となく思い出しながら、目を閉じて力を抜く。やがて意識が遠くなり始める。


「……」


──────私の一日は、こうやって終わる。お休み。

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