序章 05


「そ。人間界は【十層界じっそうかい】で唯一、『善』と『悪』が混沌こんとんとした世界。見てて飽きないね!」


 人が聞いたら、頭に『?』マークが浮かぶところだが、人として人間界に来ていないメグルは、この世の成り立ちはあらかた理解していた。


 はるかな昔――。

 まだ全ての魂が混沌こんとんと混ざり合っていた頃。


 い魂、悪い魂の住み分けを望む者たちが突如として決起し、革命が起こされた。

 永い戦いの末に勝利した革命軍は、体制側として戦った者たちを魔界まかいへ追放。

 その後、全ての魂たちが転生てんせい(生まれ変わり)しながら己の霊格れいかくにふさわしい世界を目指す、十層に分れた世界を創り、魂をそれぞれの世界へ振り分けた。


 いわゆる【十層界じっそうかい】である。


十層界じっそうかい】は、四聖ししょうと呼ばれる四つの精神世界と、その下に続く六道ろくどうと呼ばれる六つの物質世界で構成され、下層世界へ行くほど、悪とされる魔界の影響を受けている。


 人間界は六道にあり、魔界側勢力の最前線。

 故に『善』と『悪』との境界線――。


 そこにいる魂は『善』に生きることも『悪』に染まることも本人次第、まさに『善』と『悪』とが混沌こんとんとした世界なのだ。



「光り輝く魂……。闇に染まりゆく魂……。このドラマチックな人間界を、いつまでも観察していたいのだ……」


 男は垂れ目を、さらにだらしなく垂らして、恍惚こうこつとした表情で言った。

 しかしメグルのいぶかしげな視線に気が付いたのか、はっと我に返り続ける。


「おいらは越界者えっかいしゃの情報を渡す。そのかわりお前さんはおいらを見逃す。ギブアンドテイクってわけよ」


 メグルはくせっ毛頭の前髪を、くるくると人差し指に絡ませながら考えた。


(面倒くさい管理人の仕事などさっさと済ませて、人間界のひとつ上の世界『天界』へ行きたいと思っていたところだ。この男と組めば効率よく仕事が進むかも知れない。いざとなったら利用して、使えない男だとわかったららえてしまえばいいか……)


「仕方ない。まぁ、いいでしょう」

 ずる賢い考えに頬が緩むのを必死にこらえて、メグルはこたえた。


「よし決まった! じゃあ、おいらの名刺を渡しとくからよ」


 男は胸ポケットからよれよれの名刺を一枚取り出し、メグルに渡した。

「カンノ ドリュウってんだ。いい名前だろ? 昔、世話になった管理人がつけてくれた名前でな」


 なるほどと、メグルは思った。

 確かに名刺には『菅野 土竜』と書いてある。

 が、土竜と書いてモグラと読むことを、この男は知らないのだろう。

 改めて見ると、まさに男の顔はモグラにそっくりなのだ。


「裏に住所が書いてあるからよ。困ったことがあったらいつでも訪ねてきな!」


 モグラはそう言い残すと、非常階段をするすると滑るように下りて、あっというまに繁華街のネオンのなかに消えていった。



「見るからに怪しいやつ……」


 モグラの姿が完全に消えるのを見届けてから、メグルは家路いえじへと足を向けた。


「ぼくみたいなエリートが、あんな怪しげな男と協力するだなんて、絶対にありえないけどね!」



 その怪しげな男とふたり、天魔との永く険しい戦いの道を歩むことになるなど、このときのメグルには、まだ知る由もなかった。





〜〜〜 この物語の世界〜〜〜


◆十層界◆

『真如界』四聖(精神世界)

『菩薩界』↓

『独覚界』

『羅漢界』

『天 界』六道(物質世界)

『人間界』↓

『修羅界』

『畜生界』

『餓鬼界』

『地獄界』

____________

◆魔 界◆


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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