第2話 隠れた銃口

 距離、約400メートル。  私はレンジファインダーを構えて、視線の先を測定する。 照準の先には、廃墟と化した都市フィールド。瓦礫と鉄骨、崩れかけた建物が視界を乱す中、目立たない暗い壁の隙間に、小さな影が一瞬浮かんだ。


 だが、私は撃たない。 このゲームでソロ狙撃手が位置を晒すことは、即ち死を意味する。


 目前で──正確には300メートルほど前方で、警察系スキンを着たプレイヤー、特殊部隊のような重装備の男が、伏せ姿勢から静かにトリガーを引いた。


 サプレッサーの付いた控えめの乾いた音とともに、ふたりの敵が即座に沈黙。 どちらも正確なヘッドショット。


 セミオートのスナイパーライフルを使った流れるような狙撃。完璧な位置取りと無駄のない動作。  ──私には、真似できない。


 ソロだから、という理由もある。


 しかし、私は単発ごとに隙ができるが、弾薬が強いボルトアクションライフルが好きだ。精度も良いし、何より格好良い。


 近距離では昔からのゲームと同様、頼りないのは否定しないが、スナイプするなら関係ない。


 観測役と思われる敵を私は狙う。  距離はおよそ415メートル。暗がりに溶け込むようにして、壁の崩れた隙間から覗く。


 私は静かに息を整え、スコープを覗いた。

「ふぅ……」

 ──射撃。


 狙撃の結果は見ない。


 サプレッサーは付けているが、マズルフラッシュと射角、消しきれないわずかな銃声で、きっと位置が知られたはず。


 狙撃後、私はわざとヘルメットをそれっぽく置き、銃のレーザーポインターを着ける。赤い点が敵のいる壁面を照らし、こちらの“居場所”を示すように演出する。


 レーザーポインターはゲームみたいに線上の可視光ではない。


 しかし、注意して見ればスコープで光っている位置は見えるだろう。


 


 おそらく敵は発光点に気付く。


 そして、すぐに隣室へと移動。 この建物の壁には、事前に工作兵スキルで空けておいた小さな穴がある。


 その部屋の外壁の隙間に、スコープの視界が通る程度の、極薄の遮光布を貼ってある。注意して見れば向こうから見られる可能性はあるが、さっき使った銃やヘルメット、目立つ場所にある装備の方に視線が誘われやすい。


 肉眼では中が見えず、こちらのスコープ越しだけが通る。


 その布越しに、再びスナイプの準備を整えた。


 まだ仲間がいるはず。先ほどの狙撃では銃撃戦の最中の狙撃だった。


 つまり、敵はアサルトやサブマシンガンの部隊がいる。


 ゆえに次の狙撃は外せない。


 次弾を発砲すれば、マズルフラッシュが見えた瞬間に避けられるだろう。そして今も、歩兵の哨戒が近くに来ている可能性すらある。市街戦では遮蔽物が多く、定点の狙撃が難しい理由でもある。


 ゆえに、私の狙撃チャンスは敵が弾を発砲し、銃の反動で跳ね上がりスコープから目が離れる一瞬。


 まだ。


 スコープ越しに敵は見えている。


 普通、観測者が撃たれたら逃げるが、ゲームだからかカウンタースナイプする気まんまんみたいだ。そういうプレイヤーは多い。

 映画やドラマみたいに、銃の先端が見える敵を撃つような、ブラインドショットを狙うプレイヤーも多い。


(落ち着け、見られてはいないはず)


 私は見られていると手が震える。


 だから近距離の銃撃戦は苦手だ。


 でも狙撃なら、一方的に打てるのだ。光った瞬間を見逃すな。


 敵の銃口が光りスコープが一瞬、跳ね上がったタイミング。 私はその刹那にトリガーを引いた。


 狙撃成功の確信はあったが、戦果を確認することなく即座に身を引く。


 このゲームでは、悠長に死体を眺めている余裕はない。


 ──後で聞いた話では、きっちり頭を撃ち抜いていたらしい。 奇襲で消えたスナイパーがいた、という噂と共に、ログには確かに“REY”の名が刻まれていたそうだ。 スコープから目を離した瞬間、胸を満たすのは甘い昂ぶり。――きっちり仕留めた。狩りは、とても楽しい。

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