第18話
二人は丘を突き破り、まるで神の弓から放たれた矢のように飛び出した。
風が顔を切り裂くように吹きつけ、草が足元で裂け散る。
そして次の瞬間——鋼が肉を裂いた。
シュイィン――!
ダリルのサーベルが、最初のゴブリンを一閃で両断した。
一歩、一息——刃は銀の弧を描き、常人の目では追えぬ速さで閃く。
別のゴブリンが棍棒を振りかざして突っ込む。
ダリルは軽やかに跳び上がり、マントをはためかせながら宙でひねった。
そしてそのままゴブリンの頭上に着地。
ブーツが頭蓋を踏み砕く、不快な音が響いた。
他のゴブリンたちが悲鳴を上げる。黄色い瞳が恐怖で見開かれる。
武器を構えて突き上げるが、その刃はダリルの足元の仲間に突き刺さった。
「愚か者どもめ……」
ダリルは低く呟くと、サーベルを突き下ろした。
一突きで三匹をまとめて貫く。
その頃——
「ヒャアアアッ!」
デイビッドは“スティッキー”を狂ったように振り回していた。
その動きは荒く、型も何もない——
だが、すべての一撃に“生き残るための必死さ”がこもっていた。
最初の一撃でゴブリンが吹っ飛び、二匹目の骨が砕ける。
だが彼はすぐに囲まれた。
刃が背をかすめ、焼けつくような痛みが脊髄を走る。
HP:15 → 12
「くっ……クソッ!」
デイビッドは呻き、よろめきながら前へ。血が裂けた上着を染めた。
ゴブリンの一匹が甲高く笑い、小さな瓶を掲げる。
中で赤橙の液体が怪しく光っていた。
その顔は歪みきった笑みに覆われている。
デイビッドの目が見開かれた。
「……まさか、やめろよ……!」
彼は近くのゴブリンを突き飛ばし、横へ飛び込む。
瓶が地面で砕け散った瞬間——
ボウッ!
液状の炎がゴブリンたちを包み、瞬く間に燃え上がる。
絶叫が草原に木霊し、地獄の合唱のように響いた。
焼けた肉の匂いが鼻を刺し、デイビッドはえずいた。
「なんだよこれ……火? ゴブリンが火なんて使うのかよ!?」
ダリルが土煙を蹴って着地する。
頬についた血を親指で拭い、険しい表情を浮かべた。
「やはり……そういうことか。」
炎の瓶が再び飛来し、彼は身をひねって避ける。
「学習している……進化してやがる。」
次の瞬間、彼が動いた。
サーベルが一閃——
二閃——
そして何度も、何度も。
空気が金属の唸りをあげるまで。
低く回転して脚を斬り払い、上体をひねって首を断つ。
一つ一つの動きが研ぎ澄まされ、無駄がない。
まるで死を踊る芸術。
ドンッ!
地を踏みしめた衝撃で地面がひび割れ、波紋のように衝撃が広がる。
ゴブリンたちが宙へ舞い上がり、無様に転がった。
デイビッドはその光景に見惚れる暇もなかった。
三匹のゴブリンが背後から襲いかかり、爪がコートを裂く。
彼は悲鳴を上げ、滅茶苦茶にスティッキーを振り回すが——多すぎた。
HP:12 → 11 → 10 → 9 → 8 → 7 → 6
「離れろ、この緑の悪魔どもがぁっ!」
一匹の顎を打ち砕き、もう一匹の拳を肋骨に受ける。
激痛が脇腹を貫く。
それでも、彼は止まらなかった。
恐怖ではなく、ただ意地だけが腕を動かす。
混乱の中で、ダリルの声が鋭く響いた。
「腰を落とせ! 死角を作るな!」
「んな余裕あるかああ!!」とデイビッドが叫び返す。
「なら今覚えろッ!」
ダリルは三匹をまとめて斬り裂きながら怒鳴った。
無数のゴブリンが二人を囲み、輪を狭めていく。
陽光が刃と牙に反射し、空気は熱を帯びる。
デイビッドは歯を食いしばった。
全身が悲鳴を上げている。
だが、横を見ると——
血にまみれながらも、静かに立つダリルの姿。
その瞬間、恐怖よりも熱いものが胸に燃えた。
(あいつが立ってるなら……俺も立つ。)
デイビッドは血に濡れた拳でスティッキーを握り直し、叫ぶ。
「かかってこいよ! 来いよ、このクソチビどもぉ!!」
ゴブリンたちも応えるように絶叫し、一斉に突撃した。
再び戦場が炎と金属音に包まれる。
サーベルが閃き、木の棍棒が砕け、火が野を染める。
やがて——
戦場は静まり返った。
血と煙の匂いの中、聞こえるのは二人の荒い息だけ。
ダリルとデイビッドは死体の山の上に立っていた。
夕陽に照らされ、長い影が伸びる。
腕から滴るゴブリンの血が草を赤く染めた。
「はぁ……はぁ……」
デイビッドは前かがみになり、スティッキーを杖のように支える。
全身が痛み、皮膚の下まで打撲している感覚。
隣でダリルは袖で刃を拭い、歯を食いしばりながら息を整えた。
静寂を破ったのは、震える女の声だった。
「……や、やったのね……?」
ミステイが蹄を鳴らしながら駆け寄る。涙が頬を伝っていた。
「農場を……本当に守ってくれたのね!」
デイビッドはよろめきながら振り向く。
膝は震え、肺は焼けるように痛む。
それでも、なんとか笑みを浮かべ、片手を上げた。
弱々しいサムズアップ。
「……ああ……楽勝、だぜ……」
ダリルは疲れた笑みを浮かべ、サーベルを鞘に収めた。
「問題ありません、ミス・ミステイ。任務完了です。」
ミステイは涙を拭い、尻尾をぶんぶん振って飛び跳ねた。
鞄から小さな革袋を取り出し、じゃらりと音を立てる。
「ほら、報酬よ! 約束の二十コイン!」
デイビッドの目が金貨のように輝く。
「……あぁ、最高の音だ……」
ミステイは彼の胸に袋を押し付け、笑顔で泣いた。
「私、あなたを誤解してた……ホークさん、いえ——“ゴッド・ホーク”!」
デイビッドはふらつきながらも胸を張った。
「よくあることさ。みんな最初は俺をただの負け犬だと思うんだ。でも結局、世界を救うのはこの俺。生まれながらのスター性ってやつだ。」
彼は袋をインベントリにしまい、ニヤリと笑った。
「さて……もう一つの“お願い”の話だけどな……」
ミステイの耳がピクッと動き、頬が赤く染まる。
「ま、まさか……命も農場も、そして心まで救ってくれたあなたに……どうすればいいのかしら?」
デイビッドは口の端を吊り上げた。
「いや、その……そのな、えっと——」
クスッ。
彼が固まる。
その笑い声——甲高く、喉を裂くような音——
まるで地獄の亡者の嘲笑のようだった。
ダリルの顔色が一瞬で青ざめた。
「……嘘だろ……またか。」
クスッ。
クスッ。
クスッ——。
幾重にも重なる笑い声。
崩れた納屋の向こう、煙の中から小さな緑の影が現れた。
夕陽を反射する赤い瞳、歪んだ笑顔。
ミステイが震え声で叫ぶ。
「そ、そんな……全部倒したはずなのに……!」
デイビッドの身体が強張り、拳が震える。
血管が浮き、歯を食いしばった。
「ふざけ……やがってぇぇぇ!」
スティッキーを地面に叩きつける。草が震えた。
「こいつら、どこまで出てくんだよ! 何度来ても同じだ、もううんざりだ!!」
怒りが恐怖を凌駕する。
全身が「戦え」と叫んでいた。
「来いよ! 今度は俺が全部ぶっ潰してやる!」
「ホークさん、ダメ! まだ怪我が——!」
ミステイが腕を掴む。
だがダリルが彼女の肩を押さえ、低く言った。
「放っておけ。」
「で、でも……死んじゃう!」
彼女の涙が落ちる。
ダリルの瞳は鋼のように冷たく、揺るがない。
「もし奴が死ぬなら、俺も一緒だ。それが、俺たちの絆だ。」
二人は並んで立った。
一人はサーベルを、もう一人は棒を構え。
逃げず、怯えず、再び群れに向き合う。
そして——
ドオォン。
大地が揺れた。
土煙が舞い上がる。
再び——ドン。
そして、もう一度。
空気が重く、圧が肌を押し潰す。
ゴブリンたちの笑いが止まり、全員が納屋の方を向いた。
崩れた壁の奥から、巨大な影が現れる。
それは——人の二倍はある巨躯。
頭には骨の王冠、目は溶けた金のように紅く燃えていた。
——ゴブリン・ジャイアント。
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