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それから夜、仕事を終えた千歳は自邸へと帰ってきた。
以前は灯りの消えた屋敷に帰る日々を送っていたが、窓から光が漏れる我が家を見るたびに、自分以外の人間が住まうようになったことを改めて感じさせられる。
「あ、旦那様!」
と、そのとき、がらりと玄関の戸が開き、中から妻の椿が出てきた。白地に菖蒲の花が描かれた涼やかな着物を着た彼女の手には、大根が二本抱えられている。
千歳の姿を捉えた椿は、「おかえりなさいませ」と続けて、にこやかに帰ってきた夫を出迎えた。無邪気な笑顔で見つめられるたびに、千歳はどうにも居心地が悪くなる。
「ただいま帰りました」
「ちょうどお風呂の準備が出来たところだったんです。ぜひ、どうぞ」
それから椿は「お隣に八重子さんがもらってきた大根をお届けしてきます」と言うと、たたっと小走りで隣家の方へと行ってしまった。自分がいない間に、隣人とも良好な関係を築いているようだ。そんな彼女の背中を見送りながら、千歳は小さく息を吐いた。
(何はともあれ、まずは風呂だ)
結婚前も自宅に戻る理由といえば、ゆっくりと風呂に浸かり、仮眠室とは違う広い布団で眠ることが主目的だった。千歳にとって、それは結婚後も変わらないことである。
社交パーティのことは食事のときに伝えよう。
そう決めた千歳は、明かりが灯る我が家の玄関へと静かに足を踏み入れた。
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