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◇◇◇
そうして迎えた見合い当日。葵と使用人たちに見送られ屋敷を後にした椿は、料亭の一室で、見合い相手の千歳のことを待っていた。事前に写真は見せてもらっているものの、「特務部隊の副隊長」ということ以外、ほとんど千歳についてのことは知らない。
「緊張してきたわ……!」
落ち着かない様子の椿は帯の結び目を確認したり、襟元を正したりして気を紛らわせていた。
今日の着物は、白地に色鮮やかな花が散りばめられた華やかな装い。椿の母が大事にしていた晴れ着である。長い髪はひとまとめにして、花飾りで上品に。屋敷の使用人たち総出で、椿の身支度を整え、送り出してきてくれた。
『やっぱり姉上は花柄が似合いますね』
『とっても綺麗ですよ、お嬢様』
そう言って送り出してくれた葵らのことを思い浮かべると、少しだけ緊張が緩む。
それから外の空気を吸おうと、椿は縁側に続く障子を開けてみることに。そういえば先ほどここへ案内してくれた従業員が、中庭も綺麗ですよと言っていたことを思い出したのだ。
「まあ、綺麗……」
障子を開けた先に広がっていたのは、風に吹かれて散る桜の花。
はらはらと舞う薄桃色の可憐な花に、思わず椿は魅入ってしまった。四ノ宮邸にも多彩な花が植栽されているが、桜の木は一本もない。美しい、風情ある光景はそれだけで心を和ませてくれるようで、椿はしばし桜鑑賞で気を紛らわせていた。
「いつまでそうしているつもりですか」
と、そのとき、背後から男の声が聞こえてきた。
ハッとした椿が振り向いた先にいたのは、濃紺の着物に灰色の帯と和服姿の男。頭の高い位置でひとまとめにした、色素の薄い長い髪。腕を組み、戸にもたれかかる男の鋭い瞳と目が合った瞬間、椿の胸がどくりと音を立てた。
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