第16話 あの子は私を“汚い”って言った

午後、園庭。

夕方の光が園庭を包み、子どもたちの笑い声が響いていた。


エミリー先生が見守る中、ミラはブランコを押し合いながら、カノンちゃん、ユウマくん、タクトくんと遊んでいる。


「ミラちゃん、もっと押してー!」

「いくよっ!」

「ずるいぞー! おれもー!」

「そんなに高くしたら落ちちゃうよ?」


「ふふ、みんな元気ねぇ。」


――そのときだった。風がぴたりと止まり、ミラの笑顔がすっと消える。

小さな手が耳をふさぎ、瞳が空を見上げて焦点を失う。


その瞳は、琥珀の奥にオレンジを溶かしたような色――見つめるだけで胸の奥があたたかくなる、はずだった。

だが今は、その光が揺らいでいる。


「……うるさい……やめて……やめてよ……」


カノンが心配そうに駆け寄る。

「ミラちゃん? どうしたの?」


「……こないで……」


その声は震え、今にも泣き出しそうで――次の瞬間、ミラはしゃがみ込み、頭を抱えた。


「いや……もう出てきちゃダメって……!!」


カノンが怯えて一歩下がる。ふさふさのまつ毛が揺れ、涙が光を受けた。

「ミラちゃん、こわいの……?」


「こないでっ!!」


叫びが園庭に響く。カノンの目から涙があふれた。

「やだ……ミラちゃん……どうしたの……」


タクトが困惑し、ユウマがすぐ先生を呼ぶ。

「せんせい! ミラちゃんが変だよ!」


エミリー先生が駆け寄り、しゃがみこんでミラを抱きしめる。

「大丈夫。ここは安全よ。深呼吸して、ミラちゃん。」


「……声がするの……あたしの中で、怒ってるの……!」


エミリー先生が柔らかく髪を撫でた。

「大丈夫よ、もう怖くない。先生と行こうね。」


泣くカノンを抱き寄せながら、ミラをそっと保健室へ。

ユウマとタクトは隣で立ち尽くす。


「……大丈夫だよ、カノン。先生がついてる。」

「でもさ……あれ、ミラちゃんの声じゃなかったよな……」

「……うん。」


夕暮れの風が、三人の髪を揺らした。



保健室


夕陽がカーテン越しに差し込む。

小さなベッドの上で、ミラは膝を抱えて座っていた。


マリア先生がそっと声をかける。

「ミラちゃん、怖かったね。でも、ここはもう大丈夫。」


ミラはうつむいたまま、小さく答える。

「……声がしたの。あたしの声なのに、ちがう声。

“そこにいるな”って……こわかったの……」


エミリー先生がそばで手を握る。

「もう大丈夫だよ。誰も怒ってない。」


マリア先生は静かにうなずき、ポケットから小さなガラガラを取り出す。

銀の柄と透明な球体が連なるガラガラがひとつ――内部の鈴が淡く光り、わずかに揺れる。

乳児のおもちゃのようだが、鳴らすたびに優しい音が空気を揺らした。


――ユラン。ユラン。


「ミラちゃん。今、少しだけ、その“声の子”とお話してみようか。

私たちがそばにいるからね。」


「……あの子、あたしの体を動かそうとするの……!」

「大丈夫。先生が守ってるわ。」


音が静かに響く。ミラのまぶたが重くなり、呼吸が深くなる。



心の中 ― 境界の声


「ミラちゃん、今どんな気持ち?」

「……暗い。寒い……でも、誰かが泣いてる……」

「誰が泣いてるの?」

「……あたしと、同じ顔。」


音が一瞬止まる。瞳が――青紫に濁っていく。

声の調子が変わった。


「……あんたたち、私を呼び出したの?」


マリア先生「あなたの名前を教えてくれる?」

「……ミレイ。」


「ミラちゃんの中にいるの?」

「違う。あの子が“私を閉じ込めた”の。

泣くのも怒るのも、ぜんぶ“悪い子のすること”って言って。

だから私が代わりに泣いたのに、あの子は私を“汚い”って言った。」


マリア先生「……ミレイちゃん、苦しかったのね。」

「苦しかったなんてもんじゃない。

あの子は笑ってたけど、あれは嘘。

その裏で、私はずっと泣いてたの。」



ミレイは、わずかな隙をついてスモックに忍ばせていたバブルガンを取り出し、両手を前へと掲げる。

唇が静かに震え、詠唱がこぼれた。


「――目覚めよ、共鳴の――」


次の瞬間、保健室の空気がびり、と震える。

壁の魔導紋が赤く脈打ち、低い共鳴音が満ちる。


その刹那――マリア先生が咄嗟にガラガラを鳴らした。


――シャラン。シャラン。


《警告:攻撃意識を検知。テリトリー保護領域、一次防御モードへ移行》


光が淡く滲み、空気が張りつめる。


――シャラン。シャラン。


澄んだ音が波紋のように広がり、赤い光をやさしく押し返していく。

その音には、怒りの感情を鎮める共鳴が仕込まれている。


ミレイの体がピタリと止まり、濁っていた瞳がわずかに和らいだ。

結界はまだ警告の段階――詠唱が途中で止まったから。

だが、あと一語でも続けば、保育園全体の防御が発動していた。


「ここでは、いっさいの暴力行為ができないの。

だから――誰もあなたを傷つけないわ。」


警告の光が静かに消える。



優しさの糸


エミリー先生が、そっとミラ(ミレイ)に近づく。

「ミレイちゃん、あなたはミラちゃんを守ってたんだね。」


「守ってなんかない。あの子を恨んでる。」

「恨んでてもいいよ。

でもね、こうして話してくれたのは、“見つけてほしかった”からじゃない?」


沈黙。ミレイの唇が震え、涙が落ちる。

「……見つけてほしかった。

でも誰も気づいてくれなかった。」


マリア先生は微笑み、彼女の手を包んだ。

「もう気づいたわ。あなたは、ちゃんとここにいるの。」


「……今日は、ここまでにして。」


ミレイの声がかすれ、静かに意識が沈む。

青紫の色がほどけ、瞳はやさしい金色へ戻った。



目を覚ますミラ


「……ねむっちゃった?」

「少しだけね。夢を見てたのよ。」

「……あの子、まだ泣いてた。」

「うん。でも、今はちゃんと見つけてもらえたと思うよ。」


ミラは小さくうなずき、窓の外の光を見つめた。



夕暮れ、園庭


カノンが泣きはらした目で駆け寄ってくる。

「ミラちゃん! もうこわくない?」

「うん……ごめんね。こわがらせちゃった。」


ユウマ「もう元気? 先生たちが心配してたよ。」

タクト「……なんかさ、ミラちゃんの後ろ、光ってた気がした。」

カノン「タクトくん、こわいこと言わないで!」


三人が笑い合う。空気が少しずつ、優しい日常に戻っていく。


そのとき――光る輪が風に乗って転がってきた。

ミラが拾い上げる。輪の中に、もう一人の自分の影が映っていた。


「……またね。」


ミラの耳に、ユラン……と優しい音がよみがえった気がした。


――夕陽が沈む。

まだ、心の奥で泣いている声がある。

けれど確かに、“誰か”に見つけてもらえた。

それが、癒しのはじまりだった。



🕊 次回予告


第17話 拷問部屋にヒーロー3人


捕らわれた3人のヒーロー。

逃げ場のない拷問部屋で、彼らを待っていたのは――

牙と爪を持つ、凶悪な“拷問官”!?


仲間を守るため、立ち向かうしかない彼ら。

だが次の瞬間、予想外の“おもてなし”が始まる……!?


運命はいかに――。


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