<ジェミニシリーズ> A Side = New Core
アオにネムレね
「1話 – オレンジ色の目覚まし時計」
ドゥドゥドゥドゥ……
耳鳴りのような音の中、一定のビートだけが刺激的に響いていた。
「ターゲット確認、制御喪失……撃墜。」
鼓膜を打つ機体の振動が、静寂であるはずの闇を揺らす。
漆黒に染まった空にはガラスのようなヒビが入り、あちこちで火花が走っていた。
地上に描かれた、残酷な星座のように。
VFのHUDに【ID: 458-カノン】と赤い表示が映った瞬間、ジンの心臓が跳ねた。
【CAUTION:距離の限界値に到達。高度計エラー。】
【ERROR:通信断絶。】
【NOISE DETECTED】
警告メッセージが赤い線となって視界を交差し、揺らめく赤が瞳孔を漂うようだった。
操縦桿を握る手のひらは、すでに汗で濡れていた。
ジンは自分が誰を狙っていたのかすら、もう確信できなかった。
目の前の敵機?仲間?それとも——自分自身の幻影?
「……俺、今……誰を撃ったんだ?」
遠くで光った閃光が闇を呑み込み、次の瞬間、視界が真っ白に染まる。
そして、機体のエンジン音をかき消すように、耳に飛び込んでくる目覚まし時計の音。
ピーー ピーー ピーー ピーー
光と音が入り混じり、世界がひっくり返る。
冷たい汗が顎を伝い落ちる。
暗闇に慣れたまぶたを刺すような光、空間を満たす秒針の残響。
急に起き上がった身体がそれに順応しようとするかのように、頭がふらついた。
そして——どこからか聞こえてきた、かすかな歌声。
「私は本物、Do you believe in the truth?」
その一瞬のリズムは、目覚ましの音よりもずっと強く胸を打った。
♪
09:00ちょうど。
自動カーテンが静かに開き、病室に朝日が差し込んだ。
ジンはベッドに半身を預けたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
夢の余韻が、まだそこにあった。
やがて、枕元のキューブディスプレイが青い光を灯し、点滅を始めた。
【DECGフロントラインリハビリセンター】
実験個体9486 – ジン / 本日退院予定
息を吐くような声が、唇の間から漏れた。
「また……あの夢か。」
夢だったのか、記憶だったのか。あるいは、その両方だったのかもしれない。
繰り返される情景。HUD、警告音、撃墜、閃光。
——だが、今日は何かが違っていた。
撃墜された機体の番号、458。
そしてその瞬間、耳に残った見知らぬ旋律。
「世界に一つだけのbrilliant jewel——」
ジンは目を閉じ、すぐに開いた。
指先が、無意識に小さく動く。
その言葉が何を意味するのか分からないまま、残響だけが頭の中に残っていた。
ノックもなく病室のドアが開き、医療用アンドロイドが入ってきた。
「起床を確認。血圧測定を開始します。」
無表情の顔、機械的な音声。機械に感情はない。
だがジンの耳には、その無機質な声の奥から、かすかな伴奏が重なって聞こえた。
「私を照らす shine on、人工の光——」
「……なんだ、今のは?」
ジンが小さく呟いたが、アンドロイドは返答しなかった。
数日前、ジンは医療スタッフに尋ねたことがある。
返ってきたのは、まるで録音のような機械的な答えだった。
「記憶が……消えた、ってことですか?」
「記憶消去反応は安定化しました。」
その答えは、とても軽く、そして冷たかった。
リハビリテスト、身体測定、シミュレーション。
被験者に知られることなく記録された全データは、標準兵士の200%を超えていた。
担当者は満足そうな笑みを浮かべて言った。
「回復力、適応力……優秀ですね。使いやすい人形です。」
その言葉が頭の中を渦巻く中でも、スピーカーから流れるノイズのようなメロディが耳に残っていた。
「ね?わからないだろ、ever… never, ever, never——」
ジンは無意識に、シーツを強く握りしめていた。
♪
廊下は無彩色だった。
同じ病衣、同じ髪型、同じ歩幅。
ある者は壁に向かって笑い、ある者は涙をぽろぽろとこぼしながら歩いていた。
ジンは彼らに目もくれず、ただ黙々と歩を進めた。
そのとき——
向かいから歩いてきた一人の患者が、口元をわずかに動かした。視線は合わなかった。
初めはうめき声のように聞こえたその音——
だが、それは確かな旋律だった。
「Feel free to look for me、本当の私を見つけて if you can——」
一瞬、ジンの視線がその唇に釘付けになった。
だが、歌はすぐに崩れ、患者は虚ろな笑みを浮かべながら通り過ぎていった。
まるで、何事もなかったかのように。
「……」
ジンはしばらくその場から動けなかった。
♪
病院が誇るリハビリ室は、消毒薬の匂いと金属の軋む音に満ちていた。
記憶が消去されたばかりの頃、ジンはここを「戦闘用ロボットのテスト施設」だとすら思っていた。
トレッドミルの上——ジンの身体は機械のようにブレることなく動いていた。
全身に貼られた電極パッチ、スクリーンには心拍数と脳波グラフが表示されている。
「スピードを上げます。」
アンドロイドの乾いた音声の直後——
室内スピーカーから再び、旋律のような何かが混じって流れた。
「眩しい光の中で、Feel free to look for me——」
リズムは機械音に埋もれていたが、確かに“そこに”あった。
ジンは自分の耳を疑った。リハビリ用のBGM? それとも——ただのノイズか?
しかし、医療スタッフはモニターを見つめるだけで、何の反応も示さなかった。
メロディーは、頭の中で繰り返されていた。
心拍グラフが跳ね上がる。
「患者、動揺反応。数値を記録します。」
反応を確認したアンドロイドが、キーボードを素早く叩いた。
立ち止まったジンは、顎に滲んだ汗を手の甲で拭った。
——これは、ただの音楽じゃない。
何か…もっと深い“何か”がある。
それは、確信に近かった。
♪
数日後。退院当日の朝。
ジンはベッドに腰掛け、カーテン越しに差し込む陽光を眺めていた。
風すらも、新鮮に感じられた。
「……振り返る必要はないさ。」
低く呟いた。持っていく荷物など無い。
何を持ち込んでいたかすら思い出せなかったし、支給された私服が全てだった。
受付で診察カードを渡すと、職員はそれを機械に通しながら無表情に言った。
「次回の来院時には、新規登録をお願いします。診療情報は本日をもって削除されます。」
ピッ——
【診療情報 自動削除:成功】
すべての記録が、目の前で消えていった。
あまりに自然すぎて、それが不自然なことだとすら気づけなかった。
ジンは静かにうなずいた。
病院ロビーは、天井が高くガラス張りになっていた。
人々が列をなし、巨大なホログラム広告がゆっくりと画面を切り替える。
「DECGのカルチャー、宇宙アイドル“モスナイン”——あなたの明日へ、響きを。」
そしてすぐに、音楽が流れ出した。
「私は本物、Do you believe in the truth? よく見て baby——」
「世界に一つだけの brilliant jewel——」
ジンの足が止まった。
ホログラムのステージには、煌びやかな衣装とダンスが映し出されていた。
人々は興味もなさそうに通り過ぎていく。
広告は、ただの広告——そのはずだった。
しかしジンの耳元には、誰かが個人的に囁くような響きが残っていた。
「私を照らす shine on、人工の光……」
心臓が一拍遅れて反応した。
視界が、一瞬だけ揺れた気がした。
ジンは首を振り、歩き出した。
出口前のガラス壁に、“DECGフロントラインリハビリセンター”という文字が反射していた。
その横——搭乗口へと続く通路の先で、誰かが手を振っていた。
「おーい、搭乗手続きが遅れてるぞ!」
ジンは軽くうなずいた。
だが、その胸の奥には、まだあの“残響”が残っていた。
「ね?わからないだろ、ever… never, ever, never——」
——これが、ただのCMソングなのか。
それとも、失われた記憶の断片なのか。
わからなかった。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
——その歌は、
今朝の夢と同じ震えを、ジンの中に残していたということ。
ジンはゆっくりと病院をあとにした。
新しい名前、新しい人生。
だがなぜか、それはどこかで——すでに何度も繰り返されていたような気がした。
——あの、オレンジ色の目覚ましの音のように。
止まることなく、リズムが響き続けている。
ジンは、DECG輸送船の搭乗ゲートへとたどり着いた。
手続きは、意外なほどあっさりと済んだ。
名前も、IDカードも必要なかった。
「搭乗対象:実験個体9486 – ジン。認証済み。」
冷たい機械音の背後から——
一瞬だけ、スピーカーから切れかけの“あの声”が漏れた。
「……私は本物……」
ジンは顔を上げた。
だが、誰もそれを聞いた様子はなかった。誰一人、足を止める者はいない。
ゲートが静かに開き、風の音が、消えた。
(ニュコア・ナイトシティ篇)
♪♪♪
夜のニュコアシティ。
低く垂れ込めた雲、ネオン看板の文字がガラス壁を滑り落ちる。
地表は鉱塵が風に押されて薄く積もっていたが、空に近い層はまるで別世界だった。
磨かれたスカイブリッジ、ガラス天井を貫くドローンライトショー。
自動運転車が無音で滑る高度差道路——
その中心に、DECGの巨大タワーがそびえていた。
ガラスと金属で築かれた、天を突く十字架。
その輝く表面は都市全体を鏡のように飲み込み、内部では密やかな会議が進んでいた。
エレベーターの扉が開くと、赤い照明が反射する中、二人の女性が足を踏み入れた。
ルビルビ — 赤い宝石があしらわれたドレスの上に薄手のコートを羽織り、指先で髪を払いつつ、周囲を一瞥する。
シャフィナ — 青系の簡潔な衣装、足音すら立てぬほど静かに、ルビルビの背後に従っていた。
二人は黙って歩いていたが、その歩調には明確な違いがあった。
ルビルビは舞台に上がる者のリズム、
シャフィナは作業台に乗せられる精密部品のように正確だった。
「ようこそ。」
エレベーターの正面、黒い会議室へ通じる扉が開いた。
扉上には《認可者以外 立入禁止》の文字が光る。
中には円形に配置されたテーブル。テーブル全面が発光ディスプレイになっている。
黒のスーツを着た幹部たち、アイロンの効いた軍服、白衣を纏った医療者まで。
その全員が視線で二人を品定めしていた。
空気はわずかに冷たく、それは単なる室温のせいではなかった。
中央に座る中年の男が口を開いた。
「本題に入ろう。
本日より、ステージ・プロトコルを一部修正する。」
彼の前に自動的に黒いケースが現れた。
手のひらサイズ。ロックが解除されると、銀色の小さなカプセルが整然と二列に並んでいた。
ライトの反射で、カプセル表面にごく細かな刻印が煌めく。
ルビルビが少し首を傾ける。刻印は数字。時間を示しているようだった。
白衣の女性医師が近づく。
紫の巻き髪——その瞳には、普通の臨床医では持ち得ない、あきらめ混じりの冷徹な観察眼が宿っていた。
「名称は《V-SYNC安定化カプセル》。」
声は低く、淡々としていた。
「ステージに上がる12分前、1粒ずつ。
水と共に服用。
絶食状態が最も効果的ですが、本日は例外とします。」
ルビルビ:「名目上は?」
医師:「声帯保護、呼吸器粘膜の保湿、心臓の伝導安定。公式には、そう表記されます。」
再びケースを閉じかけた彼女は、手を止め、再度開いた。
「実際には——波動位相の固定、
感情スペクトラムの偏差抑制、
送信出力の補正。
看護指針には書きません。」
短い沈黙。
幹部の一人が指でテーブルをトン、と叩く。
鈍い音がガラス面に響いた。
「我々は君たちの声に投資している。
歌は人を動かす。
感動を与える、というのは古くからの言い回しだ。
我々はそれを──」
「運・用・す・る。」
シャフィナはケースをじっと見つめていた。
その目には一点の揺らぎもない。
「副作用。」
医師は静かに頷いた。
「一時的な味覚の減退、
指先の痺れ、体温の低下、
発声の歪み。
回復まで平均16時間。」
「長期的には?」
「数値的には、位相固定の習慣化。
感情スペクトラムの自発的振幅が減少する。
通称『ステージ外での沈黙』と呼ばれます。」
「稀に、夢の中で声を失う。」
ルビルビは短く笑った。
それは喉元まで登った笑いだったが、金属のように冷たく沈んだ。
「夢の中でも沈黙か。
ステージではもっと泣きやすくなるくせに?」
幹部は肩をすくめる。
「我々は舞台を管理する。
日常を管理するのは別の部署だ。」
続いて軍服の将校がデータを提示する。
テーブル上に映るのは、直近の三回の公演データ。
感情誘導率、士気の上昇、敵通信の混線率、そして──
《自発的発信》の検知件数。
赤線のグラフは右へ進むほど上昇し、ある一点で細かく震えていた。
「この部分。」
将校がその箇所をコンと指差した。
「自発的発信。
漏洩と言い換えてもいい。
制御外の信号が出る。
それを、減らす必要がある。」
ルビルビ:「私たちを疑ってるの?」
中年の男:「君ではなく、《状況》を。」
「状況が君を揺るがさぬよう、君自身を固定する。
安定化カプセルは安全装置であり、
君が君自身を守る方法でもある。」
会議が終わると、再び自動ドアが開いた。
廊下の照明は、リハーサルステージのライティングと同期して色を変えていた。
赤から青へ、そして再び白へ——
二人は並んで歩いた。
外のガラス壁越しに、都市の心臓の鼓動がかすかに聞こえてくるようだった。
ドローンのプロペラが発する細かな振動、
広告スピーカーの低音、
遠くで管制塔の信号音が一定の間隔で点滅していた。
エレベーターが降下する間、医師がそっと近づいてきた。
三人だけの静かな空間。
彼女はポケットから小さなフォイルパックを取り出した。
「非常用。」
彼女はルビルビにだけ、低い声で言った。
「位相固定が過剰になったら、舌の下に入れて。
苦く感じるはず。
30秒で解ける。」
ルビルビが片目を細めて笑った。
「親切ね。」
「職務上、必要なだけ。」
医師は視線を逸らさず答えた。
「ステージが終わったあとも、声は残るべきだから。」
その一言に、ルビルビはそっと目を閉じた。
そして小さく頷き、
フォイルを手首のバンドの内側へ滑り込ませた。
エレベーターの扉が開く。リハーサルフロア。
広いホールの端にはステージへ続く長い廊下が見えた。
照明テストのため、人工的な太陽光が床を舐めるように走っていた。
ルビルビは一歩踏み出す。
その瞬間——
舌の先に残った金属の微かな余韻が鼻を抜け、
心拍が滑らかなリズムで流れ出した。
白い星マークが、どこか目に見えぬ場所に打たれる感覚。
シャフィナは廊下の壁にそっと手を添えた。
表面の微細な振動が指先を伝って上がってくる。
床を通して、舞台から返ってくるリバーブ。
彼女は小さな声で、音を一つハミングした。
その音は、まっすぐに伸びた。
本当に、整理されていた。
余分な不協和が、まるで綿で包まれたように消えていた。
「行こう。」
ルビルビが言った。
「うん。」
シャフィナが静かに応じた。
廊下の突き当たりで自動ドアが開き、
舞台裏の闇が二人を迎えるように広がった。
スタッフたちが慌ただしく動き回っていた。
装置チェック、ライン確認、衣装のスチーム、ヘッドセットのバッテリー交換……
誰かが「T-12!」と叫ぶ。
別の誰かが「カウントスタート!」と応じる。
そして、どこからともなく、
かすかな目覚ましのベル音が、
長年の習慣のように耳元を掠めた。
ルビルビはふと顔を上げ、
照明リグの金属部を見上げた。
その唇が、ごく微かに動く。
歌の最初の子音を、
まるでウォームアップするように。
絹の上を——
まだ言葉にはなっていない。
けれどもう、ステージは彼女を待っていた。
そして、彼女の身体には白い星が打ち込まれていた。
今夜、
この都市の最も高いタワーと、
最も低い広場のあいだで——
一粒のカプセルが、歌の形を決めようとしていた。
ショウはまもなく始まる。
誰にも記録されない合意のもとで。
そして遠く離れたどこかで、
その同じ瞬間、
目覚まし時計ひとつしかない部屋で目を覚ました誰かがいた。
そのふたつの音は、互いを知らぬまま、
ぴったりと同じテンポで流れ出した。
♪♪♪
輸送船の中は静まり返っていた。
「所属なし」と分類された数名の乗客が、無表情のまま静かに座っている。
ジンも席を見つけて腰を下ろした――その瞬間、機内放送が響いた。
「あなたはDECG所属です。しかし、公式記録には存在しません。」
機械的なノイズの中、微かに聞き覚えのない声の揺らぎが混じっていた。
「ナを照らす shine on, 人工の光——」
ジンは眉をひそめた。
これは声なのか、歌なのか?
隣の兵士は目を閉じたまま、微動だにしない。
まるでジンにしか聞こえていないかのようだった。
「……どういう意味だ?」
「非公式です。名前も、所属もなく……失敗すれば、存在さえも消えます。」
淡々とした案内だが、骨の芯まで凍るような冷たさがあった。
ジンは窓の外を見た。
宇宙空間に浮かぶ巨大な惑星。
ニューコア。
乾いた大地の表面には、DECGの採掘施設がまるで人工的な傷跡のように刻まれていた。
そのとき、機内の照明が暗転した。
壁面のキューブが明滅し、地図を投影する。
《探査船ペガサス21号 / 目的地:ニューコア》
窓ガラスに映ったジンの顔の上に、VFのシルエットが重なる。
DECG式のコードネームは「イカルス」――戦闘機と人型兵器の両形態を併せ持つ兵器。
そのとき、ジンのうなじに微かな振動が走った。
この感覚――覚えている。
操縦桿を握る感触、HUDに表示される敵マーカー…
「俺は……」
ジンは呟いた。
「……誰だった? 今の俺は?」
その言葉が終わるより早く、機内に微かな雑音が走った。
ジジッ——
「…だから言ったろ、You never know, ever…」
「……今のは?」
ジンが振り返った瞬間、別の通信が割り込んだ。
「ワスプ、待機中。座標は四五八。応答願います。」
その数字。458。
夢の中で撃墜した機体の番号。
HUDに最後に映った敵ID――カノン。
血が皮膚の下で冷たくなる。
記憶は消されたはずなのに、身体が先に反応していた。
遠くで目覚ましの音が、またしても幻聴のように響く。
ピ――ピ――ピ――
これは現実。
だが、同時に現実ではないのかもしれない。
ジンは静かに目を閉じた。
ペガサス21号は、ニューコアの大気圏へと突入していた。
着陸時、気圧バルブが開いた瞬間、耳がきゅっと痛んだ。
壁のキューブが冷たく点滅し始める。
《到着:ニューコア惑星 – DECG区画C-4 / 隔離着陸進行中》
ジンは窓の外を見つめた。
乾いた風が吹き込み、荒れた地表には深く抉られたクレーター。
無理やり打ち込まれたような柱と、広がる鉄製のスロープ。
煤けた煙突からは、絶え間なく黒煙が立ち昇る。
遥か遠く、点のような人影が何かを運びながら蟻のように動いていた。
「下船準備を。」
ドアが開くと、熱を含んだ砂埃と金属の匂いが顔に触れた。
そのとき、風の隙間から、聞こえるはずのない旋律が滑り込んだ。
「…shine on, 人工の光…」
ジンはすぐに周囲を見渡した。
だが誰も反応を見せない。
機械のような足取り、感情のない目線。
この歌を聴いたのは、自分だけのようだった。
重力は地球よりやや重く、足元が地面に張り付くような違和感。
荷物もなく降り立ったジンは、ぼんやりと空を仰いだ。
灰色の靄が太陽を隠し、光を濁ったフィルターのように変えていた。
訓練施設――DECG非公式兵員の収容区域。
第一印象は工業地帯、二度目の印象は……牢獄。
通路は低く狭く、壁には装飾ひとつなかった。
遮音どころか、制音装置もなく、どこからか反響のように音が届いてくる。
誰かの掛け声、金属のぶつかる音、爆発音。
その中に混じって、一瞬だけ意味の分からないフレーズが流れた。
「…You never know, ever, never…」
ジンは足を止めた。
だが隣を歩く案内係は全く反応を見せない。
灰色の制服を着た男は無表情のまま、ジンの腕をしっかりと掴んで一言。
「ついてきて。」
その表情に感情はない。
だがその手の力は、まるで骨が軋むような精密さ。
少しでも逆らえば、簡単に折れてしまいそうだった。
ジンはおとなしく頷き、歩調を合わせた。
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